ハジメテ
『……ただいま…』
返事なんて返ってくるはずもない。静かすぎるその空間で聞こえるのはゴーッという自分の中を血液が流れる音だけだ。
私はジャージのまま寝室へと行き、ベッドへと飛び込んだ。
……私はどうしたのだろうか。
何故断りきれなかったのだろう。
褒められたくらいで……。
いや…褒められたからか…?
褒められたのなんて…何年振りだろう。あの程度できて当たり前な世界だったから。
急に鳴り響くのは固定電話。しかし3回も鳴れば自動で動き出す。FAXのようで固定電話が音を立てながら紙を吐き出している。
メールでもいいだろうに。あの中沢は若いのにすこしだけ頭が固いから。
『はぁ……今回の書類は何かな?』
私はFAXから出てきた書類に目を通す。
“イングランド社との統合及び統合方針と株主の配当について”
その見出しが最初に飛び込んできたものだ。
“…イングランド社は完全にこちら側に入ることとなり、それに伴ったイングランド社の株主に対しての配当金が問題視される。金額によっては問題を起こしかねなくなる。十分に検討すべきである”
どうやら頭の痛い話をしているようだ。
イングランド社をたてるにはイングランド社の株主に対して配当金を多くすればいいが、逆にそれを知ったこっちの株主が不満を覚える。少なくすればイングランド社を引き入れた意味がない。
同じ量なら利潤が減るだけ……。もっと売り上げをあげるしか……。でも、これ以上何に手を出したら……。
『あー!!!!もう!!!なんで私がこんなことっ!』
私は手に持っていた書類を床に叩きつけソファーに飛び込む。
『疲れた……』
今日感じた感情と今在る焦りのせいで頭がおかしくなりそうだ。
今日感じた感情??
……ヒル魔…さん……か。
あの人にはなにかある……。じゃなきゃこの私がこんなに……こんなに………苦しくなるはずがない。
この感情がなんなのか……。苦しいし、もやもやする。でも……嫌じゃない。この感情を持つこと自体は、悪い気がしない。
だからこそ、もやもやする。
こんな感情、初めてだ。
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