必要価値
審判から鳴らされるホイッスルが試合の再会を告げる。
「“残り9秒、キューピッドのキックオフです”」
キューピッドのキックは高く、いいキックだった。 それをヒル魔さんがキャッチし、セナにパス。しかしなぜかセナは逆へと走っていた。
しかも、履いている靴はスパイクではなく運動靴。
溜め息しかでない。いや、ため息も出ない。
それでもトップスピードに乗ったセナを止める術を相手は持っていない。
タッチダウン!!!
「Yaーーhaーー!!!」
ヒル魔さんは雄叫びとともに用意されていた花火に点火する。
セナの走りははっきり言ってすごい。きっとセナにはデイライトが……光の差す路が見えているのかもしれない。
試合終了と共に感じる地響き。その方向を見やればアイシールドに集まる各部活の助っ人たちの姿が目に入った。
「すげー感動した!」
「今すぐ野球部に!」
「誰だか知らねーがぜひサッカー部に!」
「ひぃ!」
「り、陸上部にぃいいいいい!」
「ヒャアアア」
他の部活、すごい迫力。
「糞デブローック(糞デブブロックの略)」
するとヒル魔さんが栗田さんを使ってセナをガード。
「あいつらに正体バレたら……壮絶な拉致合戦だろうなぁ?」
「!」
「休む暇もなくこき使われるズタボロの高校生活……ま、それも味があるちゃあるけどな?」
これがかの有名な脅しというやつなのだと私はただただ呆れた。セナの顔が悲惨なことになってる。
そんな時だった。
「あ、石丸君!セナいる?」
見たことはあるような気がする。でも知り合いではない、そんな女の人だった。
「主務でミスったとかヒル魔が……裏で殺されてる」
「!!」
会話を聞く限りセナの知り合いのようだけれど。
「チッ、めんどくせーのがきやがった、ホレ急いで裏に戻れ!バレたらブチ殺すぞ!!」
まあ私には関係ないと、私は片付けを始めることにした。
コップは使えるものと、使えないものに分ける。タオルはめんどくさいので自分の家で洗うことに。
「ヒル魔!くん!」
大声でヒル魔さんの名前を呼んでいたのは先ほどの女の人だった。
すごい怒っているようにみえるけれど……違う。なにか内心、違うことを考えてる感じがする。
違和感を感じる。
「今まで一年間、泥門高校でのあなたの蛮行、言っても聞いてくれないから風紀委員会でも諦めてた。でも、今日だけは……今日だけは私が許さない!」
そこで私はようやく思い出した。
風紀委員2年、姉崎まもりさん。容姿端麗、才色兼備、風紀委員として真面目に働いている所謂優等生。その為、男子からは絶大な人気があり、ファンクラブも存在するという噂も聞いたことがある。
「ほ〜〜?許さないとどうなる?」
「許さないと……………」
ヒル魔さんのその問に姉崎さんは口をつぐむ。何も考えていなかったようだ。
「部活停止処分の申請でもするか?」
そういいながらヒル魔さんが手に取ったのは、言わずと知れた脅迫手帳だ。部活停止処分にでもしようとしたらそれで脅す三段なのだろう。
「そんなことはしない、今大会中でしょ……失格になっちゃうじゃない」
「……」
するとヒル魔さんは持っていた脅迫手帳から手を離した。
「とにかく!セナをいじめるのだけはやめて!もうセナに関わらないで!」
第一印象としてはセナに大して過保護すぎるということだ。
通りでセナがあんなに貧弱に育つわけだと。
「私がもっといいクラブ探してあげる。ほら行こセナ!」
「あ、」
本当は口を出してはいけない場面なのだろう。でも、口を出さずにはいられなかった。
『セナ!それでいいの?人に勝手に決められて、それでいいの?自分の考え、口に出して言ってご覧!』
「!あなた誰?あなたこそ何も知らないのに勝手なこと言わないで」
『セナ、あんたが決めたことなら、誰も止めないよ』
「あ、また、あなた……!」
「いいんだごめん、まもり姉ちゃん。続けたいんだ、アメフト部」
『セナ………!』
セナのその言葉に、私は純粋にうれしかった。
嬉しい?私は、嬉しいの?
「セナ………、で、でもここにいたら何されるか。」
……今ヒル魔さんの顔が、何か思い付いた顔になったのに気付いたのは、私だけだろうか。
「いやーセナ君に仕事押し付け過ぎた。そりゃミスもするね!主務とマネージャーの仕事両方やってっからな〜〜マネージャーさえいりゃセナ君の負担も減って上手くいくんだがな〜」
「マネージャー?女子でもいいの?誰も入れるの?」
栗田さんは頷く。
「じゃあ私が入る!」
「「えー!?」」
「これで安心だよ、セナ!」
「労働力ゲ〜〜〜〜ット」
さて、マネージャーの仕事は終わりなようだ。
私は帰り支度を整え足早に会場を去ろうとした。
「……おい、糞碧眼、どこ行く?」
『マネージャー、入ってよかったですね。それじゃ』
「まて、何言ってんだ?……あーまさかアイツが入ったから私はもう必要ない、とか思ってんじゃあねぇだろうな?」
『その通りじゃないですか』
「馬鹿かテメー、俺がテメーみてーなつかえる奴、手放す訳ねーだろ」
『選手3人のチームにマネージャーが2人もいると?』
「仕事なんて山とあんだ。それにUSB、良かったぜ?」
『……』
「今日のスコア、ゲーム内容、全てデータ化できるよな?」
『……明日の朝、渡せばいいんですね?』
「!……あぁ」
『わかりました。………最後に一つ。私あの……姉崎先輩、生理的に受け付けないです。それじゃ』
断れたはずだった。なのに、ヒル魔さんにああ言われて、断れなかった。
すると、持っていたケータイが鳴り響く。私は手早くケータイを開き通話ボタンを押す。
『……もしもし、』
『悠里様、見ていただきたい書類を家にに送らせて頂きました。一度お目通しいただきたく存じます』
『わかった、今日の夜、改めて連絡を入れよう。……今何処にいるんだ?中澤』
『……今はイタリアの方に』
『……父は……』
『アメリカでございます』
『そうか、じゃあまた』
『はい、よろしくお願いいたします』
電話を切れば、一気に襲う倦怠感。
自分が一体何をしているのかわからない。
わからなかった。
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