黄金の脚
ヒル魔さん曰く、今日から本格的に朝練らしい。きっと、小早川が入ったからだと思う。でも、小早川のことだから知らないんだろうと予想。
私はいつもより早く準備に取り掛かり、昨夜終わらせたデータの入ったUSBをカバンに入れる。
『これで、よし』
私は、学校へと向かった。
部室に近づくと聞こえてきたある声。
「さあ、朝練だ!!」
「嘘ばっかし〜〜〜!!」
やはり騙されていたようだ。私は早速練習に混ざることにした。
『おはようございます』
「あ、おはよー、悠里ちゃん!」
「ケケケ、やっときやがったか糞碧眼」
『やっぱりその呼び方どうにかならないんですか』
「あの……」
『どうしたの?小早川』
「な、名前……聞いていいか…な……なんて、」
『……一応同じクラスなんだけどな』
「ゴ、ゴ、ゴ、ゴメン!」
『いや、いいんだよ。名前は碧路悠里。よろしく』
「あ、今年の新入生代表の言葉……」
『ご名答』
「凄いね!緊張とかしないかったの?」
『……あんなんじゃ、しないよ』
「人前で話すの慣れてるんですか?」
『いつのまにかね。そうそう、別に敬語じゃなくていいよ。タメだしね』
「は……じゃなくて、うん」
小早川には……汚れが無いな。まっさらで綺麗。そう思った。
「あのさ!」
『ん?』
「僕のこともセナでいいから」
『……ん、わかったよ、セナ』
そう言えばセナは照れくさそうに笑った。
『……ところで、栗田さん早いですね』
「うん!4人なんて、初めてで張り切っちゃって朝の2時から練習始めちゃったよ」
『……2時……あ、さ……?』
「ケケケ、バカだ、バカがいるぞ」
個人的意見を言わせてもらえば2時は明らかに夜中だ。それを聞いたセナなんて顔面蒼白。
ふと視線をずらせば目に入ったスレッドマシン。どこかバランスのおかしいそれはまたたく間に大きな音を立てて壊れた。
『あ』
「あー!バカぶっ壊しやがったな!!」
「ご、ごめん………」
先程まで栗田さんが練習していたスレッドマシン。きっともう耐え切れなかったのだろう。そしてまたセナの顔面が蒼白だ。
「……チッ、しゃーねぇーまた校長脅して買わせっか」
まさかの校長脅迫発言についに震えだしたセナ。とまあ、茶番はここら辺にしてもらって。
『で、何をするんですか?ラダー?40ヤード走?』
「新人もいることだし、一通りラダーからやるかぁ」
「いや待って、さすがに首痛いや。僕は後40ヤードダッシュでもやって終わりにしようかな」
「40ヤード走か、久しぶりだな。おい、糞碧眼!」
『わっ、と』
ヒル魔さんから投げられたものはストップウォッチだった。
「測っとけ」
『わかりました』
「ケケケ、朝練の成果見せやがれッ」
「そんなすぐ速くならないよ!」
「40ヤード走って何秒くらいなものなんですか?」
「普通の奴なら5秒台」
『5秒の壁が凡人と短距離選手の境界線。ちなみに5秒5が高校生男子の平均』
「高校生で4秒8とか出したらどこ行ってもエースだ。高校最速は進って奴の4秒4。ま、こいつはバケモンだけどな」
「準備出来たよー」
「おっし、じゃ行くぞ」
ヒル魔さんが担いでいるのは、雷管ではなくバズーカだ。
「よーい………」
ドゴンッ!
バズーカが放たれて校舎が揺れた。
そしてグラウンドをドスドスと栗田さんが走り抜けてゆく。
「何秒?」
『6秒5です……』
「こ・の・糞デブ!!前より遅くなってんじゃねーか。何が朝練だ!!」
「しょうがないじゃん疲れてんだから〜〜〜ッ!」
「えーい、見てやがれ!」
「『!?はやっ!!』」
あたかも瞬間に移動したかのようにスタートラインにつくヒル魔さん。
『ヒル魔さん、5秒1です』
「YAーHAー!自己ベストタイ!!」
「「おぉー!!」」
「さて、最後は……」
「いやあ、僕はいいで「なに?走りたくて仕方ない?」」
明らかに無理やりだ。
しかしセナの走りが見たいのも事実。
結局走らされたセナは5秒ジャスト。
そのあとケルベロスに追走され、4秒2を叩きだした。
4秒2と言えば、NFLでもあまりいない黄金の脚。
こんなに近くにいるなんて……。
「あ、そういやもうすぐだね、大会」
「そろそろ助っ人集めねえとな」
「で、いつからだっけ大会?」
「明日」
「はやーーー!!!」
『……』
私は苦笑いするしかなかった。
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