「使えない忍びなどただの人以下ですよ」
「だが…」
「貴方様の影はもう俺ではありません」
「佐助」
「忍びとして生きた猿飛佐助はもう死にました。此処にいるのは名も無き男」
「それでもお前は俺の忍びだ。猿飛佐助だ」
「最後まで貴方様の影でいたかった。貴方様と共に逝きたかった」
「さすけ」
「最後まで貴方様の影でいられなかった自分をお許しください」

男は深々と頭を下げた。
幸村は声もなく涙した。
男はもう忍びではないのだ。忍びとして生まれ忍びとして死ぬはずだった猿飛佐助はもういない。いるのはただの男。猿飛佐助は幸村が己の影に名付けた名前。影になれない忍びは必要されない。名前も消える。

「それでも」
「源次郎様」
「それでも俺はまだお前が愛しい」
「そのお言葉だけで、そのお言葉だけで私は、猿飛佐助は心置きなく消える事ができましょう」

お世話になりました。

男は小さく微笑んでまた頭を下げた。

「…佐助っ!」
「…っ!」

気付けばその腕に引き寄せられ、抱き締められていた。

「駄目です源次郎様」
「俺はお前がいい!お前じゃなければ嫌だ!!」
「………無茶言わないでよ、旦那」
「佐助…」
「俺は幸せだったよ、アンタに仕えて影でいられて」
「さ、すけ」
「最後までお供出来ないのは悔しいし悲しいよ」
「なら、一緒にいればよい!」
「使えない忍びなんて囲ったって意味ないんだよ、旦那」
「佐助、俺は…」
「もう時間だ。ねぇ旦那。本当に俺は幸せだったよ。アンタの忍びで影でいられて、愛されて」
「佐助、」
「アンタの事、好きで愛しくてたまらないよ」
「行くな!佐助!」

腑甲斐なく泣き崩れる幸村の腕から逃げて佐助は襖を開けた。

「もう泣かないの」

(泣き虫だね、弁丸様。どうしてそんなに泣くの?佐助がずっとお側にいますよ)

懐かしい声と懐かしい笑みが最後に見えた。
それが別れだった。
もうあの優しい夕日色が見えない。
もうあの優しい声で名を呼んでくれない。
もうあの優しい笑みが見えない。

嗚呼、まるで自分が死んだ様だ。影は自分の体の一部。それが消えた。生涯共にあると約束したたった一つの影を失った。
それに幸村は嘆いた。
もう手に入らない、体から離れてしまった愛しい影を思って泣く事しか出来なかった。



影が消えた日



08.0803
風花


(忍びとして生きれなくなった佐助)





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テーマ「人外ファンタジー」
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