それは、生まれ落ちる、ずっとずっと昔に決まっていたもの。
その音は、たった一人のために鳴り続けている。



心臓



「佐助」

聞き慣れた片割れの声に振り返る。自分とは似ても似ない双子の妹、かすが。
かすがの声は何処にいても聞こえる。何故なら自分達は双子だから。
母親の腹から生まれ落ちる前からずっと2人は一つだった。懐かしい鼓動を佐助は覚えている。しかし、それが、かすがのものかと聞かれたら佐助は首を傾げるのだ。
確かに佐助は自分以外の鼓動を、命を知っている。憶えている。とても熱く、切なくなる命の鼓動を佐助は憶えている。
それが誰のものかを知らないまま、佐助はその鼓動を探している。

「最近よく思うんだ」
風呂上がりに濡れた髪を拭きながら佐助はリビングのソファで雑誌を読んでいるかすがに話し掛ける。
「俺達って似てないよなぁ」
「………嫌になるくらい似てると思うが」
「なんで?」
雑誌から視線をあげてかすがは笑った。
「お前も私も求めているものはたった一つだけだ。お前は昔から変わらない」
かすがの言葉を理解出来ずにいると彼女は視線をまた雑誌に落とし小さく呟いた。
「何故、私達は双子なんだろうな」
互いが求めるものは全く違うものだというのに。2人はどちらかが欠けるわけにはいかない。ずっと共にいたのだ。2人の命はまるで繋がっているかの様に共鳴し、呼びあう。
だが、かすがは知っている。佐助が己から離れる事を。佐助の魂が求めている。佐助の本当の魂の片割れを。それを彼は無意識に求め探すのだろう。
それ程、佐助の魂には刻みこまれているはずだ。
遥か昔の紅蓮の魂の傷痕が――。
だから、かすがは少し寂しく思うのだ。佐助の片割れが、佐助の一番が己でない事が少しだけ悔しく思う。
(私の方があいつより先に佐助と出会っているのに…)
何時だってあの男は佐助を奪っていく。




隣のクラスに転校生が来るのだと噂を聞いた。
「おい、大丈夫か?」
かすがに声をかけられ佐助は力なく笑った。
先程から酷い頭痛と吐き気に襲われ佐助は顔色を悪くしていた。
「次の時間は私がノートを取っておくからお前は保健室に行け!」
「うん、頼む…」
ぐらぐら揺れる脳内と頭痛に佐助は保健室に向かう途中で足を止め、その場に蹲った。
(吐きそう…)
ガンガンガン!頭が音を立てる。
(なんだよ…!)
何かが佐助を攻め立てる。気持ちが落ち着かない、呼吸が、鼓動が乱れる。
(なんだ、…これ…)
苦しい。呼吸が上手く出来ない。
(助けて…!)
ぎゅっと胸元を押さえ佐助は声なき叫びをあげた。
「大丈夫だ」
ふわりと温かい何かに包まれた気がした。
霞む視界で見た先には見知らぬ少年がいた。
佐助の背をゆっくり撫でながら彼は笑った。
「もう大丈夫だ。ゆっくり息を吐け」
肩を抱かれ、彼の胸元に頭を預ける形になる。
「もう大丈夫だ、佐助。俺が傍におる。安心しろ」

懐かしい声だと思った。
酷く穏やかな気持ちになれる。温かいものに包まれ胸に熱いものがこみあげる。
視界が涙に歪む。
「佐助」
その声に涙が零れ落ちた。
「だ、れ…?」
「真田幸村と申す、転入生だ」
「…何処かで会った事ある?」
「……いや、初めてだ」
彼は少し哀しげに笑った。
「変なの…、俺、あんたを知ってる気がする、懐かしい気がする」
トクントクン、と彼の心臓の音に瞳を閉じる。
(懐かしい、俺は、知ってる…)
この音を、ずっと待っていた。求めていた気がするのだ。
すりっと佐助は無意識にその胸に耳を寄せる。双子のかすがと重なる事がなった音が初めて、佐助の鼓動と彼の鼓動の2つがぴったり重なりあう。

「会いたかったぞ、佐助」

その声に佐助の心臓が歓喜の音を震わせた。



22.1007
風花



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -