改めて猿飛佐助についてお話しましょう。佐助の両親はすでに他界しており、今は武田信玄に引き取られ武田家で生活しています。その武田家は武術の道場で有名なお家でした。
信玄は武田道場の師範であり門下生からは親しみを持って「お館様」と呼ばれています。
そのお館様が佐助を武田家に引き取ってから数年した頃、武田信玄の旧友から電話がきました。息子を預かってもらえないかと頼まれたのです。
旧友からの頼みを断る理由もないため信玄は旧友の真田夫妻の次男を武田家に受け入れました。真田夫妻の次男坊の名前は真田幸村と言います。
佐助は武田家に預けられた幸村の世話をするようになり、二人で町を歩けばまるで本当の兄弟の様に見えるほど佐助は幸村の面倒をよく見ていました。
幸村は兎に角佐助に甘えるのです。
「佐助!甘いものが食べたい!」
「夕御飯はオムライスが食べたいでござる!」
「佐助ぇぇ!ジャージがないでござるぅぅ!」
と幸村は何かあるとすぐに佐助を頼ります。佐助はといえば自分を頼ってくる事が嬉しく思いました。
両親を早く亡くした佐助は家族を知りません。ましてや佐助は一人っ子。兄弟が欲しいなと思った事もありました。だから幸村が武田家に預けられたのはちょっと嬉しかったのです。そして幸村は佐助の事が大好きなのです。手のかかる弟が出来たと佐助は喜びましたがお館様に言わせたら、あれは兄弟というより母子の様に見えるのだがのぅ。と仰いました。
そんな幸村と政宗は同い年くらいでした。佐助は無意識だったのできっと気付かなかった事でしょう。政宗に手を差し出した事は武田道場の門下生、特に真田夫妻の次男坊の幸村くんの世話をする佐助にとってごく当たり前の事なのです。
ですが政宗には家族がいません。実際はいるのですが幼い頃に病気で右目を失った時に家族の仲が悪くなりました。それ以来政宗は実家を出て小十郎と一緒に暮らす様になりました。政宗は夢に描いていた母親の姿を佐助に見たのです。
しかし、一目でお分かりいただけると思いますが猿飛佐助は正真正銘男です。母親にはなれません。まぁ、あの小十郎と付き合っているのですから佐助は女役なのは明白ですが、ここでもう1つ忘れてはいけない事があります。
政宗はあの片倉小十郎に幼い頃から育てられた事です。片倉小十郎という男は常識人と見られますがどうやら人の話が通じない人でした。空気が読めないのか、はたまた天然なのか他人と比べたら少し、いやかなりズレた思考の持ち主です。
そんな小十郎に育てられた政宗もまた少し思考がズレていたのです。
「聞いてくれよ!元親!俺にmotherが出来たんだ!!」
「良かったじゃねぇか。でも珍しいな。オメェが素直に片倉さんが紹介した女を受け入れるなんて」
「女じゃねぇよ!男だ」
「なんだってぇ!?」
「佐助は俺の理想のmotherなんだよ!ほら見ろよ!今日の弁当は佐助の手作りなんだぜ!」
一人ハイテンションな政宗にどうリアクションを返していいのか元親は分かりません。ですが政宗はとても幸せそうなので元親はこの際、どうでもいいかと思いました。
(待てよ、佐助って名前どっかで聞いたような…)
何処かで聞いた事のある名前に元親は首を傾げましたが悲しい事に彼の記憶力はそんなにいい方ではありません。元親にはとても頭のいい幼馴染みがいます。その幼馴染みが大体の事を覚えてくれているので頼りにしてしまい元親は頭を使わないのです。
(覚えてたら元就に聞いてみるか)
しかしここでまた大事な事を忘れてはいけません。元親の記憶力がとても酷い事を。後に元親は元就に佐助の名前を聞く事さえも忘れてしまうのです。
もしここで元親が佐助の名前を思い出したら彼らの人生は変わっていたかもしれません。
ですが政宗がとても幸せそうに子供の様に無邪気にお弁当を食べる姿を見てしまったクラスメイト達はひっそり心の中で涙を流しました。



へっくしょん!
「…風邪かな?なんだろー嫌ーな感じがしたんだけど…。疲れてんのかな?」
そう言えば一番大事な事を話し忘れていました。
猿飛佐助の未来予想図は普通に可愛い女の子と結婚して子供が産まれて老夫婦でまったり余生を暮らして畳の上で眠った様に死ぬ事でした。それなのに猿飛佐助は片倉小十郎という男と出逢い、伊達政宗という自分とあまり年の離れていない息子を持ってしまいました。互いに男なので子供は望めないのですが息子の様な子供が佐助に出来たわけです。政宗も佐助を自分の母親だと胸を張って言っているので世間的に佐助の立ち位置は子連れの男とゴールインした女性と同じ立場と言えるでしょう。
ここまでならよくある話ですが佐助は忘れていました。真田幸村の存在を。
幸村はもはや佐助がいなくては生活出来ないほど駄目な青年に育ってしまいました。掃除洗濯料理。全て佐助が手を出していたため幸村はそれらを自らやる必要性がなかったのです。
そんな佐助を見て育った幸村は誤解をしてしまいました。男の佐助が出来るのだから女性ならもっと完全なのではないかと。掃除洗濯料理、それらを完全にこなせる現代女性の数の少なさを彼は知りませんでした。真田幸村の未来予想図はお館様の道場を継いでこのまま佐助と二人で暮らしていく事でした。隠居したお館様と週末にお酒を飲んだり、佐助と二人で次の道場の継承者を育ててもよい。佐助が俺の子供を孕んだらその子を鍛えるのも楽しみだと幸村は思いました。
幸村の勘違いは佐助が子供を産めると思った事でしょう。幸村はその可愛らしい顔に反して、とても漢らしい男だったのです。

幸村の将来の夢は佐助を嫁にする事でした。
佐助の夢は可愛いお嫁さんを貰う事でした。
政宗の(叶わないと思っていた)夢は家族(母親)が出来る事でした。
小十郎にはこれといって夢はありませんでした。
一番叶いそうな一般的な普通の将来の夢を描いたのは佐助でしたがどうやら叶う事はないそうです。
佐助の平凡な未来予想図は片倉小十郎という男に出会った事がきっかけで平凡と言えない人生に転がっていってしまったのです。
佐助の波乱万丈な人生が幕を開けた瞬間でした。ですが彼は伊達政宗という暗い闇を持った子供を救ったのです。佐助自身に自覚はありませんが政宗は救われたのです。


「佐助のハンバーグが食いてぇな…」
お弁当を食べ終わった政宗は幸せそうな表情でそう呟きました。
佐助はまだ知りません。
これから先の未来を。
「あ、もしもしー?夕飯は何がいい?え?ハンバーグ?うん、いいよ。うん、分かってるって。そっか、それなら俺様頑張っちゃうよー。期待しててよね!あ、やべぇ!タイムセール始まる!切るよ?あ、うん、分かってるって!じゃあ、また後でね。お仕事頑張ってね、小十郎さん」

未来は予想した通りにはいかないものです。ですがそれもまた人生。夢に描いた未来予想図ではありませんが佐助はどうやら幸せの様です。


政宗が佐助のお手製ハンバーグを食べるのも、元親が佐助の名前を思い出すのも、佐助が小十郎と政宗のマンションに同棲し始めるのも、幸村が親離れせず佐助にくっついてマンションに押し掛けてくるのはまだまだ先のお話。


end.


220517
風花
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