「大将、竜の旦那から文ですよー」
「うむ」

佐助は伊達政宗からの文を信玄に手渡した。すぐにそれを読めば、うむ、どうしたもんかと信玄は唸った。

「どうしたんです?」
「すまぬ、幸村を呼んできてくれるか」
「真田の旦那?呼んでくるからちょっと待っててくださいねー」

佐助が消えたのを見て信玄はもう一度唸った。

「どうしたもんか」

こんな日がいつかは来ると予想していたが思ったより早かった事に信玄は頭を悩ませた。

「お館様ぁぁ!」

相も変わらず大声を上げる幸村に普段なら同じ様に声を大にして返事を返すのだが今はその事さえ億劫な信玄は深く溜息を吐いた。

「お館様?」

辿り着いた部屋で深い息を吐く信玄の様子に流石の幸村も何か感じ取ったのか大人しく正座をする。
幸村の後ろに従い同じ様に姿勢を正す佐助を見て信玄は覚悟を決めた。

「幸村よ」
「はっ!」
「お主、いい加減身を固めたらどうだ?」
「はっ!………今、なんと……」
「そろそろ嫁を貰えと言ったのだ」

信玄の言葉を聞いた幸村はがちりと固まった。その次には冷や汗をダラダラを流し続けたのを佐助は見て、あちゃーと苦笑を浮かべた。

「旦那、大将もこう言ってるだから、やっぱり俺様の言う通り早くお嫁さん貰っとけば良かったんだよ」
「だ、だが、佐助っ…!」
「大体さー、旦那は」
「佐助、お前もだ」
「そうそう、俺も……えっ!なに、それどういう事よ!?大将!」
「前に儂に言ったではないか、幸村が嫁を貰うまで己も結婚せんと」
「確かにそう言いましたねぇ」

信玄の言葉にかつてそう告げた事を覚えていた佐助は頷いた。

「幸村ももういい年じゃ」
「そうですけど、それと俺が関係あるんですか?」
「大有りじゃ!馬鹿者!お前は幸村より年上じゃろう!幸村の年で普通は嫁を貰い、子を産んでなければならぬ年じゃ!むしろ今の幸村でも遅い」
「は、はれん…っ!」
「そこ破廉恥禁止」

佐助は咄嗟に破廉恥を叫ぼうとした幸村の口を押さえ込み、溜息を吐く。

「ってか、旦那が女の子に免疫ないのは今様でしょー?今まで大将だって別にとやかく言わなかったじゃないの」
「確かに幸村だけなら儂だってとやかく言わん。しかし、今の幸村を見てるとな、まだ2年……、いや、5年先になっても嫁をめとらぬ様に思えてのぅ」
「確かに、それは…」

佐助も信玄の言葉に深く頷いた。このままでは一生嫁を取らないかもしれない。そんな考えが浮かんで佐助はどうしよう、この人結婚しないで、俺が一生この人の面倒を見るんじゃない?いや、まさか…、でも、あり得る…、まさかこんなに女の子に免疫がないなんて、だってこの人が弁丸様の時はそんな事予想もしなかったし。いや、でも、旦那を育てたのって俺だよな。責任はやっぱり俺にあるのか。いや、あるんだよね…。

そこまで考えて佐助は泣きたくなった。

「どうした?佐助」
「なんでもないよ、旦那。ただ俺がどれだけ旦那を甘やかして育てたか後悔してるだけ」
「と言うわけで、佐助も後悔しておる。しかし幸村が嫁を迎え跡継ぎを残すのが遅くなろうともいまさらじゃ。だが、佐助はそうとも言ってられぬ。幸村がいくら晩婚でもよいが」
「いいの!?旦那が晩婚でもいいの!?」
「構わん、むしろ幸村が嫁を貰った方が奇跡じゃわい。しかし、佐助は違う。そろそろ身を固めて世継ぎを残さねばならぬ」
「いや、まだ俺はいいですよ、大将」
「よくない、幸村はまだまだ遠くても構わないが、そんなものを待ってから佐助が結婚するのは儂は許さんぞ。大体、佐助お前だってかなり年じゃろうが」
「うっ、確かに旦那ほど若くはないですけど…」
「佐助は今、何歳なんだ?」
「……多分、片倉さんよりは年下だよ。ってか、片倉さんだって結婚してないし」

片倉小十郎、現在29歳。独身。この男も佐助と同じで主が結婚しない内は己も独身であると日頃から公言している。

「それがのぅ、伊達の小倅もついに結婚を考えておるみたいでのぅ」
「政宗殿が!?」
「へぇ、あの竜の旦那がねー」
「伊達の小倅も今回ばかりはかなり本気のようで他の者とは考えられぬ。その者としか結婚せんと言うのだ」
「でも竜の旦那が相手ならどんな女の子だってすぐにいいって言うんじゃないの?」
「それでお館様!政宗殿はその方に想いを告げてあるのですか!?」
「旦那…、いつも破廉恥破廉恥言ってるくせにこーゆーの意外と好きだね…」
「なにを申す!あの政宗殿が想いを寄せる女性がいるのだぞ!気になるに決まってるではないか!それで、政宗殿は…」
「その者を甲斐から奥州に寄越せと言ってきてな…」
「甲斐?甲斐にそんな美人なお姫様いました?旦那知ってる?」
「いや、某も心当たりがない」
「正直、儂はその者を伊達に嫁がせたくないのだが…、そうも言ってられなくなってのぅ」
「相手はどの様な方なのですか!?お館様ぁ!」

幸村の輝く瞳を横目で捕えて信玄は佐助を見た。

「なんですか?」
「佐助お前、あの独眼竜に嫁ぐ気あるか?」
「はぁ!?」
「なっ!なっ!」

佐助は突然の事に声を上げ、幸村は顔を赤くしたり青白くさせたり忙しくしている。

「独眼竜がどうしてもお前を欲しいとの事じゃ、伊達に佐助をくれを言って来た」
「それはまた物好きな事で…」

佐助はまるで他人事の様に呟き、信玄もまた困ったものだと息を吐く。

「で、佐助」
「はい」
「どうする?」
「もちろん、」
「駄目でございますぅぅぅ!お館様ぁぁぁ!!佐助は、佐助は某の忍びでございます!政宗殿には渡しませぬぅぅ!!」
「って旦那が言ってますし」
「だが、」
「佐助は某の嫁でございます!!」
「え!なにそれ、聞いてないよ!?」
「某は佐助以外を嫁にする気はありませぬ!佐助こそが某の嫁!」
「待って!待って!俺、旦那の嫁にならないから。大体、旦那は俺にとって弟みたいなもんだし」
「佐助ぇぇ!嫁に来い!」
「嫌だよ!それに俺は大将みたいなはげと髭の年上がいいの!」

つい今まで誰にも言った事がない本音が佐助の口からこぼれ落ちた。

「さ、佐助、お、お前…!」

目に見えて動揺する幸村と少なからずとも驚愕している信玄を見て佐助はあちゃーと顔を手で覆うと、腹を括った。

「そー言う事だから、竜の旦那からの話はお断りだからね!」
「ま、待て佐助!」

幸村が佐助を呼び止めるが、佐助はすっと姿を消した。残された幸村は拳を握り締め身体を震わせるが勢いよく顔を上げた。

「佐助は某の忍び!お館様には渡せませぬ!」

御前失礼いたしまする!と深く頭を下げるとドタバタと部屋を後にした。

「……少し遊びすぎたかのぅ」

信玄はぽつり呟いて、政宗からの文に目をやった。

「さて、どうなる事か」




09.1116
風花




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