「だったら、生きる事は死ぬ事じゃないの?」

この拷問とも呼べそうな押し問答に佐助はついに声を荒げた。

しかし、幸村は穏やかに微笑んだまま告げた。

「そうだ、生きる事は死する事だ。しかし、死ぬ事は生きる事でもある」

幸村はそう穏やかに佐助に告げた。






事の始まりは、なんだったのか佐助はもう覚えていない。ただこの拷問の様な押し問答が始まったのは確か、己が主に「この世とはなんだ?」と問い掛けたのが始まりだった気がする。

佐助はただ純粋に、そう、まるで何も知らない幼子が親に尋ねるかの様にごく自然にそれを口にした。

「この世は無常だ」
「どういう事?」
「常に同じではないのだ」
「当り前じゃん、変わらないものはないよ」
「そうだな、なら人はどうだ?」
「人?」
「ああ、」
「人は変わらないよ、どの時代だって…」

(いつの世だって人は汚い生き物だもの)

「しかし、俺達もまたすぐに変わりゆく生き物だ」
「え?」
「なら、聞き方を変えよう。佐助、生きる事はなんだと思う?」
「生きる事…?」
「そうだ、俺が此処に生きてる事、お前が此処に生きてる事、それはなんだと思う?」
「生まれたから生きてるんじゃないの?」
「それもあるな、しかし、それは違う。俺達は死ぬべく生まれたのだ」
「は?」
「分からぬか?なら、生きてる事はどういう事か、佐助は答えられるか?」
「そんなの命があるからじゃない」
「そう命だ、命は巡るのだ、地に還って、その草を動物が食べる、そして俺達はその食物を食す、だから命は巡る」
「それが一体…」
「なら、生きる事は死ぬ事と同じではないか?生きる事は命が生まれる事だ、命は死ぬ時に巡る、同時に生きていく中に生まれる命もある。何かわかるか?」
「赤ん坊?」
「あぁ、人の子であったり、動物の子もまた生きてる限り新しい命が宿る。そして同時に死もまた同じ。人は死を目指して生まれるのだ」
「だったら、生きる事は死ぬ事じゃないの?」

この拷問とも呼べそうな押し問答に佐助はついに声を荒げた。

しかし、幸村は穏やかに微笑んだまま告げた。

「そうだ、生きる事は死する事だ。しかし、死ぬ事は生きる事でもある」

幸村はそう穏やかに佐助に告げた。

「生まれた瞬間、俺達は死という終着点を目指して生きるのだ」
「終着点?」
「しかし、考え方を変えれば、生まれなければ死する事もない、ならば死とは生きる事ではないか」
「ちょ、まって、よく分かんない…」
「生まれた瞬間、俺達は死ぬために生きるのだ。そして終着点を目指すために生きる、それは生きる事が死ぬためだと思わぬか?」
「生きる事が死ぬ事?死ぬ事が生きる事?」
「あぁ、そうだ、生まれた瞬間、死ぬために生きる。ならば、それば生とは死であり、死は生なのだ」
「……同じ、なの?」
「他にもある、苦痛とは生きてなければ生まれない、そして同時に苦痛と共に幸福も生まれる。苦痛とは幸福がなければ生まれない、そして幸福がなければ苦痛もまた生まれない、ならば、生まれなければ何も存在しなかったのだ」
「俺達は…生まれなきゃよかったの?」
「いや、違う。生まれなければそれらもまた無いのだ、無だ」
「無?」
「無であれば何も無い、言葉のままだ、無であれば人は苦痛も幸福も生も死もない」
「無って死じゃないの?」
「いや、違う。無は死もないのだ」
「命もないの?」
「そうだな、そう思う」
「なら、どうしたらいいの?」
「此処からは、俺の考えだ。笑って聞けばよい」

そう笑って幸村は空を仰いだ。

「死ぬために生まれる。死を目指して人は生きる、ならば生まれて死ぬまで、それまでの間、俺達はどうして生きればよいと思う?」
「それは…」
「幸福である事と不幸である事は同じだ、ならばどうやったら幸福でいられると思う?」
「不幸じゃなきゃいいんじゃないの?」
「そう不幸でなければいい、ならば不幸だと思わなければいいのだ」
「でも、それを決めるのは、」
「それもまた人だ」

幸村は視線を佐助に戻した。

「だからな、佐助。俺は後悔のする最後を迎えないために今をこうして生きている」

そこで佐助はハッと息を飲んで幸村の言いたい事に気付いた。

「それが旦那の、……豊臣につく事の答えなの?」
「あぁ、人は、この世は常に同じではない、そして人は生きてる故に死に近付く、そして死ぬために人は生きるのだ。ならば、その死ぬまでの間、どう生きればいいか?」
「後悔する事のない…」
「そうだ、さっき、俺が言った事だな。後悔する最後を迎えないためにも、俺は考え、悩む。そしてたどり着いた先が、」
「豊臣…」
「あぁ、それが真田家のため、そして俺という命のためなのだ」
「旦那……」
「佐助、お前はどうする?」
「俺は、正直よく分からないよ、でも俺は旦那に着いていくよ」
「そうか」

幸村はまた空を仰いだ。

「人とは難しいものだな」
「旦那…」
「しかし、愛しいものだと思う」
「そうなのかな…」
「あぁ、そう思う」

幸村は穏やかな表情を浮かべて瞳を閉じた。

「こうして、今もこの世に生まれる命もあり、死に逝く命もある。そう思うととても命は尊く、愛しいものであると俺は思う、だから、佐助」
「なに?」
「生きよ、何があろうと死ぬ事を選ぶな。生きる事を選ぶのだ」
「旦那…」
「俺はお前に生きて欲しい」
「旦那、俺は…」
「生きよ、佐助」


幸村はその震える佐助の身体を抱き締めた。

「愛しく思う」
「旦那、俺、俺は…!」
「生きよ、佐助」


涙で霞む視界で見た幸村の笑顔は、世界で一番美しく輝いて見えた。
全てを受け入れた者の表情だった。

(あんたは、いつもそうだ)
(一人で何でも決めちゃうんだ…)
(俺は、いつもその背中を見てるだけ)

「着いていくから…!何処にあんたが行っても!何年、何百年経っても絶対あんたを探して追い付いてやるから!」

佐助は涙でぐしゃぐしゃになった顔を幸村の胸に押しつけて叫んだ。

「だから、待っててよね…」
「あぁ」

幸村は優しく佐助の髪を撫でた。

「待っている、佐助」



巡り逝く命の果てに


09.0821
風花



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テーマ「人外ファンタジー」
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