「それ」
「あ、これ?伊達ちゃんから借りたの。これさ、中々手に入らないから」
そう言って笑みを浮かべる佐助に幸村は表情を消した。佐助の部屋に漂う異質な匂い。それに幸村は反応した。
CDから匂うのは政宗が好む煙草の香り。
CDに染み付いた煙草の匂いが佐助の部屋に漂う。
幸村はそれが酷く気に障った。
「窓を開けるぞ」
「旦那?」
幸村は佐助の言葉を待つ前に佐助の部屋の窓を開け、振り向き様に佐助に向かって告げた。
「この部屋に俺以外の男の匂いを入れるな」
「……ッ!」
一瞬にして佐助の頬が真っ赤に染まる。
「…旦那の馬鹿」
「なんだと?」
「無自覚な旦那が悪い…!」
幸村は佐助の言葉に首を傾げるばかりだ。
幸村は無自覚に嫉妬してるのだ。それを当の本人は気付かない。佐助は自分の物だと思っている幸村にとってこの佐助の部屋に幸村以外の男の匂いが漂うのは癇に触るのだ。
「そうだ佐助」
「なに?」
「どうせ借りるならチカ殿に借りよ」
チカ殿なら煙草の匂いがしないからな。と幸村は言葉を続けた。
「旦那だって煙草吸うじゃない」
「政宗殿の匂いが嫌いなだけだ」
ズバっと切り捨てた幸村に佐助は苦笑した。
「それにお前を取られた気分になる」
「え…、」
「だから嫌なだけだ」
そう言って幸村はポケットから煙草を取り出すと慣れた仕草で、煙草に火を着け吸い込んだ。
「旦那の方が煙草臭いよ」
「家限定でな」
幸村は外出先や学校では一本も吸わない。家にいる時だけ吸う。
「一緒にいる俺も煙草臭くなるよ」
「なればいい。俺の匂いに染まるだろ」
「……恥ずかしい人」
真っ赤になった佐助を見て、幸村は満足気に笑うと先程まで気にしなかったメロディに気付いた。
「まるで俺達みたいだ」
歌われる詩を聴き取り、幸村はそっと煙を吐き出すと共に小さくそう呟いた。
「佐助、腹減った」
「はいはい」
佐助は近くに置いてあったエプロンを手に取ると立ち上がった。
「待て佐助」
「なに?」
「曲はこのまま流しておいてくれ」
「うん、いいよ」
佐助は少しだけボリュームを上げると部屋を後にした。
残された幸村はまた口元に煙草を寄せ息を吸い込む。
「あぁ、ホントに俺達の事だ」
その歌に満足したのか幸村は煙草を灰皿に押し付け、オーディオを消してから佐助の後を追った。
「佐助、」
「旦那、何食べたい?」
「佐助が食べたい」
にこりと笑って幸村は、佐助の腰に腕を回して引き寄せた。
「だ、旦那!?」
「夕飯は後だ」
「で、でも…」
「今は佐助が食べたい」
幸村はその唇に己のそれを合わせた瞬間、ふわりと佐助の髪から微かに香る幸村の煙草の匂いに、幸村は小さく満足気にひっそり微笑んだ。
姫林檎
08.0711
風花