ある校舎の一室、体育準備室に彼らはいた。
「どうだ?」
「今から楽しみです」
「このためにお前はこの道を選んだのだからな、なぁ幸村よ」
「はい、お館様」
幸村と呼ばれた青年は、スーツを纏い、眼鏡のレンズ越しに微笑んだ。
今日から婆裟羅高校の新年度が始まる。幸村は今年から婆裟羅高校の体育教師に配属された。
「わしは一足先に行っている」
「はい」
信玄が立ち去った後、幸村は懐かしさの残る校舎を見た。此処は幸村が卒業した高校でもある。
「変わらないな」
クスリと笑うと、準備室のドアが開いた。
「大将います?って、あれ?」
猿飛佐助は驚いた。この準備室には信玄しかいない事を知っていた。過去にこの部屋に留まっている者などいない。常に信玄は謙信のいる美術準備室に入り浸ってるからだ。
しかし今日に限って人がいた。しかも見知らぬ男が。
「名は?」
男が尋ねた。
「佐助。猿飛佐助。二年です」
「俺は今日からこの高校の教師の真田幸村だ」
「大将…武田先生は?」
「もう体育館だ」
「そうですか」
「佐助、」
「え?」
「佐助と呼んでもいいか?」
「好きに呼んでくれて構わないですよ」
「なら、佐助」
幸村は佐助に近づくとその黒縁眼鏡を外した。
「なんですか?」
眼鏡を取った瞬間、(童顔!)だなんて思ったのは内緒だ。
「お前が欲しい」
カシャンと眼鏡が落ちる音と同日に佐助は幸村に抱き締められていた。
「な、に…?」
「俺は佐助が欲しい」
ニタリと笑って幸村は佐助に口付けた。
(なにされてんの?俺…)
知らない男に、知らない唇、奪われる。
だが何処か懐かしさを感じた。
(駄目だ!!)
何が駄目かよく分からない。しかし佐助は幸村の胸を押して、飛び退いた。
「あの、俺…」
「佐助」
その声で呼ばないで。
「佐助」
知らない想いが溢れてくる。
「スミマセン…失礼します…」
佐助は逃げるかのように体育準備室を後にした。
(なんだよあれ…!!)
廊下をバタバタを走りながら佐助は下を向いた。
(なんであんま甘い声で呼ぶんだよ!?)
今でも耳に残っている。
(佐助)
嗚呼、あの甘い声が頭から離れそうにない。
voice
08.0531
風花