「何故だろうな」
幸村はそんな言葉を呟いて、穏やかに笑った。
「こんなに穏やかな気持ちは初めてだ」
「旦那?」
世の中は戦国時代を終わせて泰平の世になった。
伊達軍と武田軍の連合軍によって織田は倒れた。
幸村は武田軍から離れ、生まれ故郷の上田の人里から離れた場所で暮らしていた。武田は織田との戦いの途中、信玄が大怪我をして、信玄は前線から離れたが政は未だ信玄がやっている。その時、信玄の代わりに前線に立って戦ったのは幸村だった。
そのためその功績は高い。
未だに軍に戻って来て欲しいと言われるが幸村はそれを全て断った。
そしてその功績の報酬を幸村は二つだけ望んだ。
一つは軍を離れ、人里離れた場所に隠れ住む事。
そしてもう1つは、佐助を連れて行く事。
「良かったの?旦那…」
「この世はもう俺を必要としてない。政宗殿がいる。それに上杉殿も、西には元就殿と元親殿が、俺はもう必要ない」
上杉は武田と戦い、負けた。そして武田の傘下に入った。そして西では、中国の毛利と四国の長曾我部が同盟を組んだ。そしてまた中国と四国も武田と伊達と上杉の同盟軍に負け、傘下に入った。
「それなりに皆、自由なのだ」
「自由…?」
佐助は小さく幸村の言葉を繰り返した。
これが自由なのか。佐助には実感が湧かなかった。
ただ、武田軍といた時と同じ様に朝、幸村を起こし、朝食を作り、共に食べる。もう武将ではないのだから、共に食事を摂るのだと幸村は言って引かなかった。
それによって佐助は負け、今まで頑なに拒んでいた、食事を共にするという事をするようになった。
「自由であろう。この世は泰平なのだから」
もう紅蓮の焔を纏う事も、紅蓮の二槍を奮う事もない。
幸村は瞳を閉じて笑った。
「生きてこの様な世を見るとは思ってはなかった」
「旦那…」
「もう泰平の世には俺は必要ない。だから、こうして現世に留まっているのは、佐助。お前がいるからだ」
「ぇ…?」
「お前を愛しく思う。お前と共に暮らしたかった」
「旦那、」
「まるで普通の夫婦の様だろう?」
そう言って幸村は楽しそうに笑った。
確かにそこら辺にいる普通の夫婦に似ている。佐助は幸村の言葉に納得した。
しかし、恥ずかしい。
「佐助、顔が赤いぞ」
「見ないでください!」
戦化粧をしない佐助は前より血色が良く、健康に見える。そのため表情が前に比べ鮮やかに浮かぶ。
「それにしても、上田の桜は相変わらず美しいな」
幸村は屋敷の庭に降りて、庭に咲く桜を見上げた。
「綺麗だね」
佐助も幸村の後を追って庭に降りた。
「なぁ、佐助」
「なに?旦那」
「何時までも共に桜を見よう。来年も再来年ももっとずっと共に」
「はい。貴方が望むなら」
佐助は微笑んだ。
風が吹く。優しく温かい風。
「あぁ、美しいな」
幸村の目には優しく穏やかに微笑む佐助の姿と上田の懐かしい桜の花弁が映っていた。
「これぞ、夢みた世界」
幸村は光溢れる世界で眩しそうにそっと目蓋を閉じた。口元には笑みが浮かんでいた。
四月一日
09.0401
風花
四月馬鹿の日に
まともな話を書いてみました。
しかも珍しく
ハッピーエンド。