「この世の流れは速いものよ」

幸村はそう空を見上げてそう笑った。

「なぁ佐助、」
「なに旦那?」
「俺は来世というものを信じているのだ」

おかしな話だろう。と幸村は空を見上げたままそう笑った。
佐助は幸村の言葉にどうリアクションを取っていいのか悩んだ。
なにせ佐助にとって死とは終焉なのだ。
終焉、その言葉の通り。
次があるわけではない。
だから幸村の言葉に佐助は少しだけ驚いた。

「どうして、来世なんて信じてるの?」
「……それはな、もう大阪は負ける」
「旦那、それは…」
「お前ももう気付いておるだろう」
「……」
「俺の我が儘にお前を巻き込んですまないと思ってる」
「旦那…」
「だけど、佐助。俺のこの魂は死んでも残ると思うのだ」
「魂が残る?」
「そうだ、確かに俺、真田幸村という存在は死ぬのだ。しかし、真田幸村であった俺の魂はな、佐助。またこの世に運ばれ新しい命として生まれ落ちるのだと思うのだ」

幸村の言葉が正しいなら、もしかしたら自分も同じ様に新しい命として生まれ落ちるのだろうか。佐助はそう思った。
もし新しい命として生まれ落ちたならどうなるのだ。
死んだ“猿飛佐助”の記憶はなくなる。そして魂はそのまま新しい命として生まれる。
それは今の自分とは別人なのではないだろうか。否、違わない。別人なのだ。
しかし、

「それでも、俺は輪廻というものを信じておる」
「輪廻?」
「そうだ、廻るのだ。必ず命は廻ると思っておる。だから、俺はまたお前に、佐助に会えると信じておる」

会えるのだろうか。会えるのだろう。
幸村がそう言ってるのだから会えるのだ。
昔から幸村は本能で生きていた。直感といってもいいだろう。誰よりも核心に近付いているのは幸村だった。
その幸村が言うのだから正しいのだ。佐助はそう思った。

「ならさ、憶えていてくれる?」
「当たり前だ。お前を忘れるわけがなかろう!」
「そうだね」

もし猿飛佐助としての記憶がなくとも、魂が幸村を憶えているのだろう。
幸村の魂のその色を、その熱を、その形を、きっと佐助の魂は憶えているのだろう。そしてそれは幸村も同じ。

「ならさ、もし俺が忘れてたらさ、会いに来てよ」
「あぁ、必ず会いに行こう」
「それでさ、殴ってよ。いつもみたいにさ、その声で怒って」

まだ思い出さないのか!と殴って、怒鳴ってよ。と佐助は言った。

「それでさ、思い出させてよ」
「必ず、会いに行こう」
「約束だよ?」
「あぁ、約束だ」

佐助は最後になるであろう幸村との約束をした。
果たされるのは幸村の言う来世。
それが何時になるのか佐助には予想も付かないが、何故か絶対という確信が持てた。

「佐助、この世の流れは速いものよ」
「そうだね」

乱世が終わる。
時代が変わる。
そして二人の未来も。

「約束、絶対守ってね、旦那」
「あぁ、約束だ」

幸村は笑って右手の薬指を出した。
佐助は笑って、その薬指に自分のそれを絡めた。
幼い頃に、よくしたそれ。
指切り。
まだ幸村が弁丸と呼ばれていた頃、佐助は何度も弁丸と指切りをした。
それが違えた事は今まで一度もなかった。
だからだろうか、佐助の頬にはいつの間にか涙が伝っていた。

(約束だぞ!佐助!)

あの頃の、少年はもういない。
此処にいるのは立派に育った武人だけ。
散りゆく事を決意し、死地に迎う勇敢なる青年。
日の本一の兵。

「行くぞ」
「はい、幸村様」
「佐助」
「はい」
「来世で会おうぞ」

それは何処までも清々しい表情だった。


約束をした。
この世の流れは速いと主は言った。
嗚呼、確かになんてひととせ。
廻る、廻る命。
影の魂は廻り、廻って、その色を見つけるのだろう。
紅蓮の魂に廻り会うために。
いつか、また。
その魂に出会える時まで。
ひととせの眠りに落ちよう。
また、その魂に廻り会うために。


廻り、廻りて


09.0313
風花



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テーマ「人外ファンタジー」
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