「いらっしゃいませ!ぁ…」

佐助はレジから視線を上げて其処にいる客に思わず声を上げた。

此処最近の学生の常連客。近くの高校の学生服に、見た通りの体育系のスポーツバック。
額にはこれまた暑苦しいく思える赤い鉢巻き。
髪は後ろ毛だけ伸ばしていて、それは少し歪んでいた。
佐助はレジの時計をチラッと見て(あぁ、部活帰り)と思った。

彼は、ポイントカードに書かれた名前は、真田幸村。
多分、記憶が正しければ今年、高校二年だろう。
去年の暮れに誰か、(確か彼によく似ていた男性と)と来て、その日ポイントカードを作ったのだ。
多分あれは彼の兄なのだろう。彼を優しく大人にしたらああなるんだろうと思った。
ポイントカードの記入欄に生年月日があった。ついそこに目が行ってしまい、其処で年齢が判明したのだ。

彼は、甘味が好きらしくよく値引きされている団子を買っていた。今日も同じで、値引きされたみたらし団子を買った。

「袋どうしますか?」
「い、いいでござる…!」
「ありがとうございます。袋のポイント入りますね」

そう告げて佐助はレジを打つ。
慣れればいいのだが、最初の頃はよく袋のポイントを入れ忘れてよく客からクレームが来た。
そんな事を思いながら、レジを打つ。
彼はお釣を手にすると、佐助のレジの近くに設置されてる長椅子に駆け寄る。
スポーツバックを椅子に置いて座る。
そして嬉々として、団子のパックを開ける。

(団子、好きなんだ―…)

佐助は目で真田幸村を追っていた。ちょうど、レジはピークを過ぎて落ち着いている。暫くレジを抜けても平気だろうと、佐助はレジ内に溜まったカゴを抱え、他の使用されたカゴを集めて回った。
回収したカゴを纏めて、出入口に向かった佐助は、つい彼、真田幸村と視線が合ってしまった。

「ありがとうございます」
「あ、いや…こちらこそ」

彼、真田幸村はモゴモゴと団子を頬張りながら喋ったため、上手く聞き取れなかったが、佐助はふと幸村の顔を見てそこに付いているみたらしのタレに気付いた。佐助はカゴをその場に置いてレジに戻る。
レジにはティッシュが置いてあるのだ。
佐助は二枚程それを手にするとまた彼、真田幸村の元に向かった。
レジは二台動いている。自分が入らなくても回るだろう。
佐助はティッシュを彼、真田幸村に差し出した。

「タレ付いてますよ?」
「え!あ、」

手で触れようとした彼、真田幸村に慌てて佐助は直ぐ様、タレの付いた頬にティッシュを押しつけた。

「すみません、」

少し乱暴だったかな。と佐助は思った。
真田幸村は何故か顔を赤くして(ああ、そうだよな。いい年してこんな事されたら恥ずかしいよな)俯いた。

「すみません」

接客業の癖でその言葉がスルリと零れ落ちる。

「いや、助かった」

真田幸村はニッコリ笑っていた。その真っ直ぐで輝きある笑顔に佐助はくらりとした。

(まさか、まさか)

そんなはずはない。だって相手は年下だ。ましてや、常連客。そして同姓だ。
しかしこの感情に名を付けるならそれしかない。

(これは、恋?)

佐助はその答えに気付いた瞬間、その場から逃げたくなった。
佐助は「失礼しました」と告げてカゴを運んだ。

そして真田幸村を見ないようにしてレジに入った。
レジはまた混雑しているようだ。
あぁ、早く行かなくては。

佐助はレジに入って、また接客用の笑みを浮かべた。
しかし、佐助のレジからは真田幸村が座る長椅子が見える。
真田幸村が佐助を見ている。
その事に気付かないふりをして佐助はレジを打つ。
しかし、視線は外れない。
視線を感じる。チラリと視線を一瞬だけやれば、それは見事かち合った。

バッと佐助は視線をレジに戻し、またレジを打つ。

「ありがとうございます」

佐助は先程から外れない視線に内心焦った。

(どうしよう、どうしよう)

ただその事だけが心を満たし、精一杯平常心を保つ事に専念した。

時計を見た。上がりの時間だ。いつの間にか真田幸村は視線から消えていた。長椅子を見ればそこに姿は無かった。
佐助はふぅと溜息を吐くとレジを後にした。
ロッカーで着替えを済ませて、店を後にした。
自転車置き場に足を向ければ彼はそこにいた。

「さるとびさん」
「あ、」

なんで名前を知ってるんだ!
佐助は思わずそう叫びたくなった。
しかし、次の瞬間真田幸村が笑って教えてくれた。

「ネームプレート」
「あ、あぁ…」

そうか。確かにネームプレートには平仮名で「さるとび」と書かれている。

「帰らないんですか?」

自然と敬語が離れない。確かに仕事も終わり、相手は年下。敬語じゃなくてもいいのだろうが、何故か敬語が離れない。
相手が常連客だからだろうか。いや、それだけではない。と佐助は思った。

「一緒に帰らないか?」

一瞬、固まった。真田幸村はなんと言った。

「え、でも方向…」
「同じだ」
「でも、俺、チャリ…」

いつの間にか敬語は消えていた。それに佐助は気付いていない。

「鍵は?」
「これ」

真田幸村は佐助から鍵を奪い取るかのように鍵を手にして自転車の鍵を開けた。そして前輪のカゴにスポーツバックを突っ込むと真田幸村は自転車に座った。
え?と佐助は真田幸村の行動にまたも戸惑った。

「乗れ」
「え?えぇ!」

やっと真田幸村の行動に理解が出来た。
二人乗りをするのだ。

「で、でも、」
「いいから」

真田幸村の押しに負けて佐助は後輪に足をかけて、真田幸村の後ろに立ち乗りした。

「行くぞ」
「わっ!」

あまりの勢いに佐助は思わず声を上げた。

「ちょっと!家知ってんの!?」
「知らぬ」
「もう!ナビするから」
「分かった」
「それと、俺は猿飛佐助。苗字はあんま好きじゃないから下の名前で呼んで」
「佐助だな!俺は、」
「知ってるよ。真田幸村だろ」

佐助は自転車が空気を斬る音に負けない様、声を張り上げた。

「旦那って呼ばせてもらうよ!」
「何故旦那なのだ?」

幸村も負けずに声を張り上げる。

「なんか、懐かしい感じがするから!」

佐助はそう言って空を見上げた。
夕暮れの空には月と一番星が輝いている。

(明日も晴れるね)

佐助の心は晴れ晴れとしていた。
最初から真田幸村が気になっていたのかもしれない。
仲良くなりたかったのかもしれない。
もっと話したかったのかもしれない。
それが今日、叶った。

(今日から友人だよね)

佐助は酷く嬉しげに笑ってから、小さく歌を歌った。

真田幸村に近付けた。
それだけで佐助は幸せだった。


始めの一歩


09.0305
風花





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