(嫌だ)

その背が遠くなるのをただ立ち止まり見ていた。

(だめ、いかないで)

足を動かそうにも石の様に動かない。

(動け、動け…!)

己の無力さに泣きたくなった。

(いかないで…!)

声にならない叫びに、彼は立ち止まり振り返った。

(佐助)

嗚呼、何故貴方はそんなにも穏やかな顔で笑っているのですか。

(旦那…っ!)
(佐助、もういい)
(だめ、だめだよ)

何がもういいの?
だってまだ貴方は…

「だんなっ!」

自分の声で目を覚ました。
徐々に現実に戻ってきた佐助は苦笑を浮かべた。

「昔の事なのに…」

そう、昔、昔の話。
過去(前世)の出来事。

幸村はあの日、大阪に散った。満足気に、穏やかに笑って散った。

「もう、昔の事なのに…!」

何度この夢を見ただろうか。
毎日、不安を抱えながら眠りに落ちる。
この夢を見るのが怖いのだ。
あの時の事を思い出すだけで躯が震える、目が霞み涙が溢れる。

「旦那…」

佐助はふらりとベッドから抜け出すと隣部屋に向かった。

「旦那…」

寝息を立て眠りに落ちてる幸村を見て、佐助は小さく息を吐いた。

(生きてる…)

あの日、幸村は散った。そしてその遺体を守るために戦った佐助もまた散った。
そして気付けば、現代に生まれ落ちていた。
気付けば、隣には主の姿があった。佐助はその事に酷く安心した。

「旦那…」
「…さすけ?」

佐助の気配に気付いた幸村は目を覚ました。

「どうした?佐助」
「旦那、」
「怖い夢でも見たのだな」

幸村はベッドから出ると立ち尽くしてる佐助を抱き締めた。

「大丈夫だ、佐助。怖くない」

髪をゆっくり梳く幸村に、(嗚呼、昔は逆だったのに)と思った。
しかし佐助は幸村に身を擦り寄ってその背に腕を回した。

「旦那、」
「なんだ?」
「旦那は此処にいるよね?」
「当たり前だ、馬鹿者」

くすりと笑って幸村は佐助を強く抱き締めた。

「何処にもいかぬ」
「何処にもいかないで…」

はらり、はらり。零れ落ちる佐助の涙を幸村は舐めとり目蓋に口付けた。

「何処にもいかぬ。だから安心して眠れ佐助」
「うん…」

幸村は佐助を己のベッドに導くと一緒のベッドに入った。
シングルベッドに若い青年が二人。狭いが何処か満足だった。

互いの温もりを感じる。

「俺が起きても傍にいて…」
「あぁ、いる。だから眠れ、佐助」
「おやすみ…旦那」
「あぁ、おやすみ佐助」

佐助が眠りに落ちたのを確認してから幸村は苦笑を浮かべた。

(まだ俺はお前を縛り付けてるのか)

幸村は眠る佐助の髪を撫でた。

(すまぬ、佐助)

手放せない。離れたくない。

(俺はお前を縛り付けてる事を嬉しく思ってしまう)

それはエゴだ。

「佐助、どうかいい夢を」




(旦那、)

立ち止まり、振り返った幸村。
彼は酷く満足気に、穏やかに笑い、佐助に手を差し出した。
佐助は今まで石の様に動かなかった足が嘘の様に軽く感じ、足を動かした。

(動ける…!)

佐助は駆け出した。
風と一体になる瞬間。佐助はそれが好きだった。
風と共に幸村の元に駆け寄れば幸村は佐助の体を受け止め抱き締めた。

「佐助」
「いかないで」
「何処にもいかぬ」
「傍にいて」
「ずっと傍にいる」

佐助は嬉しさに涙を溢した。




「お前は本当に泣き虫だな」

くすくすと笑い声が聞こえ佐助は瞳を開けた。

「おはよう佐助」
「旦那?」
「まだ目が覚めてないか?」
「ねぇ旦那、俺いい夢が見れたよ」
「それはよかった」
「旦那のおかげだね」

くすりと佐助は笑って、繋がれた手を見つめて笑みを浮かべた。

「おはよう旦那」
「おはよう佐助」


おはよう、愛しい人


08.1023
風花



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