「佐助」
泣くな、泣くな…!
自分は忍びだ。
感情など捨てろ。
「旦那、」
擦れた声が響く。
「まだ早いか…」
嗚呼、貴方はまだ。
俺を呼びに来たんじゃないんだね。
「もう、疲れたよ」
佐助は泣きながら本音をつるりと零した。
「大阪が落ちて、アンタが死んで、もう何年も経った」
世は徳川。
「俺達、忍びはもう必要とされないんだ」
それでも生きているのは。
「アンタが最後に言った言葉、ずっと守ってきたよ」
真田六紋銭。
あの大阪の陣で佐助は幸村の影武者をして戦った。
他の十勇士達もそれぞれ首に六紋銭を身につけ戦いに臨んだ。
あの戦で幸村は佐助と離ればなれになった。
「何処だよぉ…!!旦那ぁぁ!!」
戦場で叫び、駆けた。
あの紅蓮の焔が見えない。
それが怖かった、不安だった。
「佐助…、」
「旦那!」
「お前に…まだ早かったな…」
「な、に?」
幸村は自らの血に染まり微笑んだ。
「最後の、最後で、失ってしまった…」
(何を失ったの?)
幸村の全身を見る。
其処で気付いた。
ない。ないのだ。
彼がずっとその首に身につけていた六紋銭がない。
「だ、んな、」
「お前は、生きろ…」
幸村は最後の力を振り絞って腕を伸ばして、佐助の首元にあるそれを掴んだ。
ぶちり。
幸村の手が傷ついた。そしてその手には佐助の六紋銭。
「借り、るぞ…、返し、にくる」
「旦那!」
その崩れ落ちる体を抱き留めた。
「返し、にくる、まで、死ぬな…さすけ…」
「旦那、旦那!」
「さすけ、どうか…」
其処で幸村は息絶えた。
十勇士達も散って逝った。
各自持っていた六紋銭を握り締めて。
残ったのは六紋銭を失った佐助だけだった。
そしてまた、十勇士の中で唯一生き残ったのが才蔵だった。
「もうあれから何年も経ったよ。もう返しに来てくれてもいいんじゃないの?」
「佐助、」
「俺は生きたよ。何していいか分からなかった。主を失った忍びなんて生きる価値なんてないのに、がむしゃらに生きたよ」
最初の一年は、死人の様だった。
次の一年は泣いて過ごした。
その次の一年は幸村を恨んだ。
またその次の一年は山に小屋を作った。
死ねなかった。生きろと言われた。
恨んでも、愛しいという感情が強かった。
「死ぬ気で生きてきたよ」
佐助は笑った。
「だってアンタにもう一度会える日をずっと待ってた」
六紋銭を返しに来てくれるその日まで。
「……悔いは残ってないか?」
「ないよ。あるのは俺の六紋銭だけ」
「そうか…。なら返そう、あの日のお前の六紋銭を」
幸村は自分の首から六紋銭の首飾りを外し、佐助の首にかけた。
「約束、守ってくれたね」
「当たり前だ」
「俺の六紋銭…」
「佐助、」
呼ばれて顔を上げれば幸村が手を差し出していた。
「来い、佐助」
「いいの?」
「お前は嫌か?」
「また一緒にいていいんだね?」
「あぁ」
「ずっと寂しかったんだ」
ぱたぱたと零れる涙。
「貴方に早く会いたかった。貴方がこれを返しに来るのをずっと待ってた」
「待たせたな」
幸村は佐助の体を抱き締めた。
「よく頑張ったな佐助」
「貴方のためだもの」
幸村が望んだ。
だから佐助は生き続けた。
「才蔵には悪い事をした」
「才蔵なら大丈夫だよ」
「そうか」
二人はそっと体を離した。
しかしその右手は繋がったまま。
「行くぞ、佐助」
「はい、幸村様」
佐助は笑った。
心から満たされた。
「ばーか、」
小屋の中で眠る一人の男を見て、才蔵は呟いた。
「やっと迎えに来たのかよ、遅ぇよ」
才蔵は眠る男に近付いた。
「馬鹿みたいな顔しやがって」
才蔵は小さく笑った。
「あの世で幸せになれよ、佐助、若旦那…」
才蔵は眠る男、――佐助の顔に白い布を被せた。
「じゃあな、佐助」
才蔵は手を上げて小屋を後にした。
ちゃらり。
才蔵の首元から六紋銭が擦れる音がした。
「ねぇ旦那」
「なんだ?」
「沢山、色んなもの見てきたんだ」
「そうか。それはぜひ聞きたい」
「うん、教えてあげるよ」
「時間は沢山ある。佐助、ゆっくり話せ」
「うん、何から話そうかな。ずっと考えてたんだ。旦那に会ったら何を話そうかなって」
「決ったのか?」
「うん。好きだよ、旦那。今までも、これからも」
「俺も佐助が好きだ」
二人は微笑んだ。
水音が近くに聞こえる。
嗚呼、近い。
その手が二度と離れない様に幸村は強く強く握り締め、佐助は強く握り返した。
もう二度と離れない様に
08.1016
風花
上田から帰って来て
六紋銭について考えてみた。
らっどさんの祈/跡を聴いてたら
凄く書きたくなりました。