城下町に入れば噂が絶えなかった。

(あの真田様がお櫛をお買いになられたの)
(ついにいい人でも見つけたのかしら)
(羨ましいわ)

その噂話しを聞き、苦笑して夕日色の忍びは苦笑を零した。

(ホントだったら、天変地異だよなぁ…)

自分の主に対して失礼な事を考えた夕日色の忍び。



「ただいま戻りました」
「入れ」
「はっ、」

了解を得てから襖を開ける。其処には硯と筆を持った主が座っていた。

「珍しいですね」

つい報告より先にそんな言葉が零れた。

「そうか?…しかし上手く書けないな」
「噂聞きましたよ。櫛を買ったんだって?」
「……やはり、噂になってるか」
「城下町から城内まで凄い事になってますよ」
「才蔵に止められたのだ」
「才蔵に?そりゃまたなんで?」
「身分が違うと言われた」
「旦那のいい人は平民なの?」
「俺のいい人?」
「あれ違うの?だって旦那、ついに好きな人が出来たんでしょ」
「馬鹿者。……ただ櫛を渡したいだけだ」
「で、誰なんです?その子」
「こっちに来い、佐助」

手招きされ、佐助は幸村に近付きまた正座した。

「後ろを向け」
「え?あ、うん」

方向を変えると幸村が動く音が聞こえた。

「旦那?」
「そのままじっとしてろ」

なに?

声になる前に髪を梳く感覚に体が固まった。

「やはりな、手入れしてない」
「だ、んな…?」
「どうした?」
「それ、まさか…」
「これが噂の櫛だ」
「え…」
「お前の髪が傷んでる様に見えてな。ついこれを見たら買ってしまった」
「う、そ…」

ゆっくり振り向く佐助の表情は驚愕の色をしていた。

「何をそんなに驚く?」
「だって…」
「ただ俺がお前に渡したかっただけだ」
「だからって…」

其処で気付く。才蔵の言葉に。
身分が違う。
そうだ、身分が違う。
自分と幸村は身分が違う。
主と従者。城主と忍び。

「だめだよ、旦那…」
「佐助」
「だめ、旦那」
「受け取れないか?」
「だって…俺は…」
「俺はただの男としてお前にこれを渡したい」
「でも…」
「何度も言うが、俺はお前を愛してる」
「だめ、旦那…!」
「お前は聞かないふりをするが許さない」

やめて。やめて。聞いてはいけない。

「佐助」

名前を呼ばないで。

「佐助、愛してる」

背後から抱きすくめられて佐助は涙を零した。

(嬉しい、嬉しい。だけどだめ)
(どうしてこの人は)
(やさしすぎる)

その優しさが苦しい、切ない。

ふと涙で霞んだ視界に入ったのは台の上に置かれた文を見た。


愛してる、佐助。


文に何度も書かれた言葉。よく見れば他にも愛の言葉が書かれている。

(どうしよう…)
(嬉しすぎるよ)
(甘えたくなる)

悲しみではなく、愛しさに佐助は涙を零した。


(どうしよう…俺、ホントにこの人が好きだ…)


優しく頭を撫でる手の温もりに佐助は俯いた。
泣き顔なんて見せれない。

「佐助、好きだ」

(俺も……、好き。)


この気持ち、伝われ


08.1013
風花

上田に行った時、浮かんだお話。



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