冷たい体温しかくれないきみの体温を知りたかった
赤い紅いアカイあかい血が辺りに散らばっている。それは一見すると美しく見えるけれど、とても歪んでいると思う。赤い血はそんな簡単な飾りじゃなくて、もっと重い、生命の源。それを失い過ぎれば、人は死ぬ。それが自然で当たり前の事だった。何故そうでなければならないのか、何て問いかけた事は今までなかった。そしてこれからもないのだろうと、信じて疑わなかった。
「あは、あはははは…、アハハハハハハハハハハ!!」
なのに今、無性に問いかけたくなった。何故人は血を流しすぎると死んでしまうのですか?何故血が足りないだけで人は死んでしまうのですか?
彼女は、死んでしまうのですか?
「やったわ、世界樹!あなたの敵であるギルガリムはこれで消える!ウィダーシンを倒したの!ねぇ、世界樹!!」
血塗れの剣を握り締め、彼女は天を仰いだ。その腹からは大量の血が溢れ出ていた。
手遅れだ。
頭は妙に冷静で、彼女がもう助からない事を理解していた。
「世界樹の救世主」
あいつの声が聞こえた。みんなが一斉に振り返ると、あいつは悲しそうに、しかしその瞳に殺意を抱きながらその場に立っていた。
「ジン!やったわ、ギルガリムを倒したわ!」
彼女は嬉しそうにキラキラ笑いながらあいつに言った。しかしその血塗れの格好にはとても不似合いだった。
「嗚呼、そうです。あなたはウィダーシンを倒し、ギルガリムを破り、世界樹を救った。あなたは救世主です。世界樹は喜んでいる」
あいつの言葉にはまるで感情がこもっていなくて空虚なモノだった。しかし彼女はそんな事に気づかずに、あいつが言った言葉に喜んだ。
私が世界樹を守った、私たちの源、全ての命の母を!
「ええ、喜んでいます。悲しみと苦しみを抱きながら」
ぴたり、と彼女の動きが止まる。
「何故…?私は世界樹の悲しみも苦しみも取り除いたでしょう…?」
彼女の目に光が徐々に失われていく。それは絶望を見たからなのか、生命の限界だからなのか。
彼女の華奢な体がふらりと揺れ、地面へと崩れ落ちた。彼女の髪が地面に広がる。あいつは彼女の傍によって膝をついた。
「世界樹は全ての命の母です。もちろん、あなたもですよ?」
あいつが囁くように言った言葉に、彼女の瞳が大きく見開かれた。その瞳からはハラハラと涙が零れ落ちてきた。彼女が初めて人らしく見えた。
「ねぇ…ジン…。彼を呼んで…」
あいつの視線が自分に向いた。その目は先ほどと変わる事なく殺意を抱いていた。自分はそれに臆する事なく彼女の近くに寄った。周りがざわめいても俺は足を止めず、彼女の傍で膝をついた。
「ねぇ…全部お芝居だったの…?」
彼女の瞳から徐々に光が失われて、悲しさが滲み出ている。
今まで結論が出せずにいた自分の感情に、ようやく終わりが見えた気がする。そうか、自分は最終的に中途半端な位置にいて、みんなのように憎む事も、あいつのように信用する事も出来なかった。
「……お前はみんなを騙していたのか…?」
もはや立ち上がる事の出来ない彼女の手をそっと触れる。その手は氷のように冷たくて、思わず目を伏せた。
「私は…世界樹の為に…頑張って、来たの…。世界樹を…裏切るなんて……有り得ない…」
それだけで、彼女の罪を晴らせた気がした。実際信じるのは自分とあいつだけだと思うけれど。自分は彼女の手を握って、信じる、と囁いた。その時の顔は昔見たあの明るい彼女と重なった。まだ失う前の美しい彼女に。
「おやすみ…」
開いたままの彼女の瞼に手を被せて、その目をゆっくり閉じさせた。生命を育んでいた彼女の呼吸が弱まり、やがて止まった。
もう二度と、彼女は動く事はない。
冷たい体温しかくれないきみの体温を知りたかった
(最期まで君は冷たかった)