繁栄世界へ


 
 
 
 
 
重たく開きづらかった目を無理矢理開けてみるものの、視界は掠れていてあまり上手く機能しているとは言えなかった。しかしそれでも構わずに目を凝らして周りを見回した。先ほどの声の主。その人物はそこにいた。長いプラチナブロンドに全身を包む白い服。その胸元にはエクスフィアが装着されていた。その背中にはクラトスとは違った、紫色に似た羽が存在していた。体中が痛くてあまり動かせないけれど、唯一動く首だけをずらして他の人たちがどうなってしまったのか確認すると、ロイドの以外の人は僕と同じように飛ばされ、意識を失っているようだった。ロイドは、たった一人クラトスの近くに立ち、怪我した場所を押えながらクラトスたちを睨み付けていた。
 
 
「お前が、ロイドか…?」
 
 
「人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗れ」
 
 
問いかけられた質問に困惑しながらも、いつものようにそう言うと、声の主はまるで馬鹿にしたように鼻で笑った。口元に貼り付けられた笑みも冷たさだけを孕んでいた。
 
 
「ハハ…。犬の名前を呼ぶ時にわざわざ名乗る者はいまい」
 
 
「何だと!」
 
 
声の主は冷め切った笑みを浮かべたまま、両腕を微かに広げた。そして少しばかり天を仰ぐようにしてから再び笑った。
 
 
「哀れな人間のために、教えよう。我が名はユグドラシル。クルシスを…そしてディザイアンを統べる者だ!」
 
 
ユグドラシルと名乗った声の主は、その瞬間に凄まじい魔力を僕たち全員に向けた。僕は咄嗟に初級治癒術を唱えて体を楽にして、まだ痛む体に鞭を打ってその攻撃を回避した。そんな僕の事をに気付く事無くユグドラシルは地面に倒れこんだロイドの方へと歩み寄った。ロイドを見下ろすその瞳は冷たく、まるで氷のようで鳥肌が立った。
 
 
「クラトス、異存はないな?」
 
 
よく分からなかったが、ユグドラシルは傍に立っていたクラトスへと視線を送る。名前を呼ばれたクラトスは特に何も反応せず、黙ったままだった。その沈黙をどう取ったのか分からないが、ユグドラシルはゆっくりとその手を上げ、ロイドへと向けた。その行動の意味など、聞かなくとも分かるだろう。ユグドラシルは、ロイドを殺そうとしているのだ!
そんな事をさせるわけにはいかない。彼は、僕にとって希望なのだ。いや、彼だけじゃない。彼らは、僕にとってとても大切な存在だ。こんな所で、失われて良い命ではない!!
 
 
「止めろ!!」
 
 
地面を強く蹴り、ユグドラシルの前へと躍り出る。そして背後にロイドの気配を感じながらも、両手を広げて彼を庇うように目の前に人物を睨みつける。すると、ユグドラシルは先ほどまで冷たさしか孕んでいなかった青い目を見開き、口を微かに動かした。音は、出なかった。しかし、僕は確かに音にならない音をこの耳で聞いてしまった。
 
 
「ま、さか……」
 
 
その名は、僕を脅かし、僕に強い劣等感を抱かせる人物の名だった。そして僕の人生が始まり、狂わされた名だった。彼の人の、名前。尊敬すると同時に深い嫉妬を抱き、そして最も恐怖する存在…。
一瞬、その名の恐怖に取り付かれそうになったが、左右に首を振り、震える両手を無視して二丁銃の銃口をユグドラシルへと向けた。
 
 
「僕の仲間を殺させはしません!」
 
 
今は、そんな事をしている場合ではないのだ。それに、彼の人はもういない。僕の人生が狂わされようとも、彼の人の影が僕に付き纏っていようとも、今あの人はいないんだ。気にする必要はない。そう、今は僕が彼の人の代わりなんだから。
 
 
「ほぅ?そんなボロボロの体で何が出来る?」
 
 
一瞬だけ驚いたように目を丸くしたユグドラシルはすぐに目を細め、酷薄な笑みを浮かべる。しかし次の瞬間、別の方向から魔術の気配を感じると、僕とユグドラシルの間を邪魔するように光の弾が飛んできた。その方向に視線を走らせると、そこには今まで僕たちの事を散々邪魔してくれたボータたちの姿があった。しかし彼らはいつもと違って敵意がない所か、ロイドを担いでどこかへと連れて行こうとしていた。僕はその行動の意味を図りかねたが、ボータの上にいた人物を思い出して、彼の元まで一気に跳躍した。
 
 
「一体どういうつもりです……?」
 
 
「今はそれどころではない。我々と来い」
 
 
ボータはそう言うといきなり僕の腰に腕を回し、俵のように担ぎ上げた。本来なら嫌なのだが、ほとんど体力がない今、抵抗するだけの力がない。仕方がないので担がれたままその場を離れる事になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
懐かしい夢を見た気がした。どこか綺麗な森の中に僕はいて、そこには僕が確かに好きだと感じた仲間がいて、平穏に旅をしていたはずだった。でも、ある日を境にその平穏が奪われてしまう。仲間たちのせいではない。全ては彼ら以外の人間のせいだったのだ。僕は、ただ彼らと共に在りたかった。俺は……!!
 
 
「!!」
 
 
心臓が強く高鳴った気がして、急に意識が浮上する。勢い良く目を開くと、そこはどこかの部屋のようだった。見たことのない天井…。まあ、僕の場合大体の天井が見たことない場所なんでしょうが…。
 
 
「目が覚めたか」
 
 
不意に聞こえた声に驚いて、そちらの方を向くと、前に一度会ったことのあるユアンがそこにいた。彼は僕が目覚めた事に気付くと近寄ってきて、ベッドに腰掛けた。その表情は何とも言えず穏やかで、僕はどうすればいいのか分からなくなった。この胸の奥で、僕じゃない誰かの感情が、懐かしいと叫んでいるように思える…。僕のものではないのに…。
 
 
「ここ、は…?」
 
 
「我々の基地だ。お前たちの仲間も全員いる。安心しろ」
 
 
まだ少しばかり痛む体を起こして周りを見回すと、確かに彼と最初に会ったときの部屋と同じだった。そして僕がロイドと最初に会った場所。
なるほど、納得出来ました。クヴァルが言っていたレネゲードという組織とは、彼らの事だった。………しかし、何故?クラトスもユグドラシルも、僕と似た彼の人を知っているようだった。だったら彼の人はあそこにいたのか?と思われるが、ユアンもまた僕の事を知っているようだった…。
 
 
「一つ聞きたい事があります」
 
 
「何だ?」
 
 
「あなたは僕に…、いえ、僕に似ている方に会った事がありますか?」
 
 
そう尋ねると、ユアンは僕の予想通りの反応を返してくれた。見開かれた目。それは彼の人と会った事がある事を明白に示していた。やはりユアンもクラトスと同じく彼の人に会っている。しかし、この三人に何の繋がりが?クラトスとユグドラシルなら分からない事もない。同じ機関に所属しているのだから。しかし、ユアンは?彼は一人だけ接点がないように思われる。それとも……彼の人は全ての機関が生まれる前にこの三人に接触している…?いや、それなら何故?何故彼の人に会える?
 
 
「何故それを…?」


「…クラトスも同じ事を言っていましたし、あなたの最初の反応で薄々…。何故なのです?何故彼の人に会うことが出来るのですか…?だってあの人は…」
 
 
最も聞きたかった答えは、ユアンの口から開かれる前に部屋の中に入ってきたロイドたちによって掻き消されてしまった。ああ、何てことだろうか。タイミングが悪すぎですよ…!
 
 
「ようやく目覚めたか」
 
 
ユアンは僕が寝ているベッドの側から離れてロイドたちの方へ近寄った。ユアンは自分たちレネゲードと、クルシスについての情報をロイドたちに話した。ディザイアンはクルシスの下位組織であり、それを統べているのはユグドラシルという人物らしい。そして天使とは元々特殊なエクスフィアで進化したハーフエルフにしか過ぎない。そしてこの二つという歪んだ世界を作ったのが、クルシスの指導者ユグドラシルだ、と。
 
 
「どうして俺たちを助けたんだ?」
 
 
「…我々の目的はマーテル復活の阻止。その為には、マーテルの器となる神子が邪魔だったのだ」
 
 
「もっとも…神子は完全天使と化してしまった。その神子は防衛本能に基づき敵を殺戮する兵器のようなもの。下手に手出しは出来ん。しかしマーテル復活の阻止という我々の目的を果たすために最も重要なものは、すでに我らが手中にある。もう神子など…必要ない!」
 
 
そういえば今思い出しましたが、ユアンってロイドと初めて会った時に、お前を我が物にするとか言ってましたよねー。これってアレですか?あのうら若き乙女とかが興味を持つアレって奴ですかねぇ?
なんて暢気に考え事をしていたら、いつの間にか部屋には沢山の兵士が入ってきて、ロイドたちの事を囲んでいました。これってピンチって奴ですね。
 
 
「な、何だ!?」
 
 
「我々に必要なのは貴様だ!ロイド・アーヴィング!」
 
 
うら若き乙女の皆様!この場は僕が代わりに発言しましょう!やはり、彼は大変な事に…。
 
 
「あなたはホモだったのですね!?」
 
 
皆様は自分の発現に責任を持って喋りましょうね!誤解されるような物言いや、行動は慎みましょう!そうでないと僕のように勘違いされる方がいますよー!
 
 
「そんなワケあるかぁ!」
 
 
一人でずっこけていたユアンが勢い良くそう叫んでみるものの、ロイドたちの反応は実に冷たいもので、まるでユアンの事を蔑むような視線で見ていました。ユアンはその視線に一度は負けそうになりましたが、何とか耐えてロイドへと手を伸ばそうとしていました。僕はもうだいぶ良くなってきた体を動かして、勢い良くベッドから飛び出し、ユアンの体に体当たりを喰らわせた。すると意外な事にユアンはその場に膝をついた。あまりにもあっさりとしていたのでどうしたのかと様子を見ると、脇腹から血が滲んでいた。どうやら誰かに刺されたようだった。僕の体当たりで開いてしまったのだろう。何とも運のない人だ。
 
 
「ロイド、今のうちに逃げましょう!」
 
 
ユアンの怪我の理由を知っているのかロイドは困惑していたが、その手を引いて走り出した。道はしいなが開いてくれた。レネゲードの追っ手が何人か来たが、その人たちを気絶させて、漸く落ち着けそうなところまで逃げる事が出来た。全員が一息ついていると、ロイドが唐突にコレットを助けたいと声を上げた。それについてリフィルがしいなに様々な事を聞き、文明の発達したテセアラの事を聞いていた。そして、結論はテセアラの技術を借りてみる、というものだった。
 
 
「ですが、テセアラにどう行くのですか?」
 
 
今まで黙って聞いていましたが、さすがに時空を越えるとなると黙ってはいられません。方法が分からずに首を傾げていると、しいなが胸を張って答えた。
 
 
「レアバードって乗り物があるのサ。レネゲードの連中が持ってるはずだよ」
 
 
しいなの言うレアバードとは、時空を越える事の出来る乗り物らしい…。しかし、簡単に時空を越える事が出来るのでしょうか…?いえ、あの世界なら何が何でも成し遂げて見せるのでしょうね…。禁忌を犯したとしても、彼らはきっと気にも留めない。そう、彼らにとって大切なのは今生きているこの時間。この瞬間だけなのだから…。
 
 
「よし、行こうぜ、みんな」
 
 
ロイドはすぐに行動を起こし、迷路のような部屋を駆けていく。まあ、この手の建物は大体奥に大切な物があるというのが決まりですからね。色々と複雑な造りの建物の中にある仕掛けを解いて、目的の部屋へと辿り着く事が出来ました。そこにはコウモリのような翼が畳まれた機械が有りました。これがレアバード…。
 
 
「おっしゃあ!待ってろよテセアラ!!」
 
 
ロイドは軽やかにレアバードに乗り込むと、ハンドルを強く握り締め、大空へと飛び出して行った。
 
 
「さあ、早く行くよ!」
 
 
しいなが後を追うように乗り、ハンドルを回して飛び出して行った。僕は虚ろな目をしたままのコレットの手を引いてぼくの後ろに乗るようにして、ロイドたちの後を追ってレアバードを発進させた。
何も起こらなければいい。時空を越える事の恐ろしさを知っているからこそ、僕は何も無いと言い切れない。そして、テセアラで簡単にコレットを治せるとも思わない。だってテセアラにとって一番邪魔な存在は神子という存在であるコレットなのだから…。
 
 
 
 
 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -