無情な仕組み


 
 
 
 
 
結局、僕たちは無力で、何の解決方法も見出せず、マナの守護塔へと来てしまいました。手がかりが何も掴めない以上、何をしても無意味。封印を解いて、先に進むしか道はなかったのです。このマナの守護塔には鍵がありましたが、ハイマで偶然であったクララさんが落としていったため、鍵を開けて中に入る事が出来ました。
現在、僕たちは転移装置の目の前に立っています。この先には祭壇が存在し、そして守護する魔物が存在している。その魔物を倒し、祭壇に祈りを捧げれば、またコレットは人間らしさを失う事になる。それがどんなに苦しい事か理解していたとしても、僕たちに出来ることは何もない。なんて悲しい事でしょうか…。
 
 
「…行こう…」
 
 
さすがのロイドもこの状況で明るくいられる筈もなく、静かに、そして緊張した面持ちで転移装置へと乗った。
転移装置の向こう側には、美しく広がる広大な青い空。青青と、まるで引き込まれてしまいそうなほど、綺麗なものだった。
 
 
「マナだ…マナが来る。物凄い勢いで…!」
 
 
ジーニアスが微かに体を震わせながら祭壇を見上げると、その瞬間、祭壇に魔物が降臨した。馬のようなしなやかな体に、鋭い角。そしてその背には鳥のような巨大な翼。マナはかなり強い方で、強敵とも言える。魔物は、勢いをつけるようにその前足を高々と上げると、一気に突進してきた。
 
 
「散ってください!」
 
 
突進してくる魔物を避けるために、横へと飛び退きながら、ホルダーに収まっている二丁拳銃を引き抜いて構える。ロイドやクラトス、しいななどの前衛は魔物へと一気に駆け出して攻撃を仕掛ける。魔物は、時々その尾を振るってロイドたちを吹き飛ばすが、きちんと着地しているのでそこまで怪我はしていないようだ。
 
 
「アクアレイザー!」
 
 
僕は魔物の尾を避けながら、距離を縮め、銃口を魔物に向けて銃弾を放った。銃口から飛び出した水の塊は魔物の顔面を強く打ち、魔物の気が一瞬だけ逸れる。ロイドはそんなチャンスを見逃さず、双剣を強く握り締めて魔物の懐へと飛び込んだ。
 
 
「綜雨衝!」
 
 
鋭い突きが、魔物の柔らかな腹へと突き刺さる。いくつも降り注がれる突きの雨に、魔物は悲鳴をあげ、その肢体を地面へと打ちつけた。そしてその魔物は生き絶え、ゆっくりとマナへと還り、空へと消えていった。
コレットはそんな魔物の末路を見届けると、祭壇へ一歩踏み出して、胸の前で手を組んだ。
 
 
「大地を護り育む大いなる女神マーテルよ。御身の力をここに!」
 
 
コレットが凛とした声でそう言葉を発すると、いきなり祭壇が輝きだし、一つの影が光の中から現れた。人間の形を模ったそれは…。
 
 
「…アスカはどこ?」
 
 
長く、背中まで伸びるような金色の髪。そしてその人物が乗っている月。その姿は、まさしく精霊、ルナだった。
ルナはアスカの影を求めて辺りを見回すが、アスカを見つけることが出来なくて悲しそうに目を伏せた。
 
 
「…アスカがいなければ何も出来ない。契約も誓いも…何も…私の力を取り戻すためにも、お願い…アスカを探して…」
 
 
そしてルナは、最後にこちらを見ると一瞬驚いたように目を見開いたが、そのまま姿を消してしまった。僕たちがルナの登場に驚いていると、レミエルが降臨して、コレットに天使の力を授けていった。
 
 
「いよいよ世界再生なんだね」
 
 
レミエルは言った。救いの塔を目指せ。そこで再生の祈りを捧げろ。その時コレットは天の階に足を乗せるだろう。と。
ロイドが脇で悔しそうに顔を歪めている中、僕は違う事を考えていた。彼女は、確かに光の精霊ルナ。常にアスカと共にいるはずなのに、何故彼女は今あそこに一人でいるのだろうか…?アスカも、何故いるべき場所にいないのだろうか…?
 
 
「フェルディ、戻るぞ」
 
 
思考の海に浸かっていた僕を呼び戻したのは、クラトスの声だった。僕はハッとして、先程まで考えていた事を無理矢理押し込んでロイドたちを追いかけるために走り出した。しかし…。
 
 
「嫌な、予感がする」
 
 
塔を降りて出口まで来た僕たちの前で、不意にコレットが膝を突いた。どうやら毎回建物内から出て来ると起こるようだ。ロイドは崩れそうになった体を咄嗟に支えて、声をかける。コレットがロイドに対して、おそらくお礼を言おうとしたのだろうが、その喉から声は出なかった。
 
 
「コレット。どうしたんだ?」
 
 
喋らないコレットに首を傾げるロイド。彼は本当に気がついていないみたいですね…。僕はそんなロイドの事を一瞥しながら、彼女のすぐ近くに膝を突いて、彼女の表情や行動を見た。喉に手を当てて、必死に何かを喋ろうとしていた。嫌な予感、当たったかも知れないです。
 
 
「声が、出ないんですね…」
 
 
僕の声は震えていました。本当ならこの状況を一番恐れていたのはコレットのはずなのに、何故か僕は泣きたくなってしまいました。そんな僕の事を見ながらコレットは必死に首を動かしてコクコクと頷く。僕はコレットの手を優しく取って経たせると、呆然としたままのロイドに野営の準備を頼んだ。ロイドはハッとしたような顔をした後に、急いで野営の準備をするために駆け出していった。
 
 
「落ち着いてくださいね、コレット。大丈夫ですよ、きっと」
 
 
一番落ち着いていないのは僕じゃないか。そんな事を考えながら、ロイドが急いで用意してくれた焚き火の前へコレットを静かに座らせた。全員が焚き火の近くに寄ると、しなが静かに立ち上がって全員を見回した。
 
 
「…みんな、聞いてくれないかな」
 
 
静かに放たれた言葉には、人知れず緊迫感が滲み出ていました。その声から真剣な話だと感じ取ったロイドたちは、口を開く事無く黙ってしいなの言葉を待った。おそらくしいなは、テセアラの事を話すのでしょうね…。
 
 
「どうしてあたしが神子の命を狙っていたのか、話しておきたいんだよ」
 
 
「聞きましょう。この世界には存在しない、あなたの国の事を」
 
 
リフィルが冷静にそう言うと、しいなは驚いた声を上げて、それから僕の方を睨み付けた。その視線には誰にも言わないんじゃなかったのか、という意志が見えた。そんなしいなの視線を受けながら、僕は微かに、しかししいな以外にバレないように首を振った。
 
 
「その通りさあたしの国はここにはない。このシルヴァラントには」
 
 
「どういう事なの?」
 
 
「あたしの国は『テセアラ』…そう呼ばれてる」
 
 
「テセアラ!?テセアラって月の事?」
 
 
このシルヴァラントでは、テセアラとは月の事を指す。しかし、僕はテセアラが存在している事をあらかじめ知っているので、そこまで大きなリアクションは取らなかった。反対に、テセアラを月だと教わった人物は目を丸くしてしいなの事を見ていた。
 
 
「まさか。あたしの国は確かに地上にある。あたしだって詳しいことは分からないんだ。でもシルヴァラントには、光と影のように寄り添いあうもう一つの世界がある。それがテセアラ…つまりあたしの世界サ」
 
 
「寄り添いあう、二つの世界?」
 
 
「二つの世界は常に隣り合って存在している。ただ『見えない』だけなんだ。学者たちに言わせると、空間がズレてるんだと。とにかく二つの世界は見ることも触れることも出来ないけれど、確かにすぐ隣に存在して、干渉し合ってるってワケさ」
 
 
「干渉しあうってどういうことだ」
 
 
「マナを搾取しあってる。片方の世界が衰退するとき、その世界に存在するマナはもう片方の世界へ流れ込む。その結果、常に片方の世界は繁栄し、片方の世界は衰退する。砂時計みたいにね」
 
 
「そう考えると現在シルヴァラントのマナはテセアラへと流れている。だからこの世界は衰退し、いつかは人が生きられないほど衰退する。おそらく世界再生とは、その砂時計を逆さにする行為ではないですか?そしてあなたはその行為を止めるために、空間を越えてやって来た。この衰退世界まで」
 
 
大まかな説明を述べると、しいなは驚きながらも頷いて、そうさ、と答えた。ロイドはその話を聞いて眉間にしわを寄せるが、しいなは反論する。この二つの世界が砂時計である以上、どちらかは衰退し、どちらかは反映しなければならない。それが世界の秩序となっている。そしてテセアラは自分たちの国の繁栄を守るために、衰退世界の神子を殺そうとしている。
しかし、このままコレットを放置しておくと、反映世界にはまずいことになる。コレットの天使化はもう最終段階。後は救いの塔に行き、祈りを捧げるだけ。そうすれば、この世界シルヴァラントは救われる。テセアラを犠牲にして、ね。
どうして世界はこんなにも無情なのでしょうか…。コレットも、世界も救う方法はないのでしょうか…。
視界の端で、ロイドが唇を噛んでいるのがやけに頭に焼きついた。
 
 
 
 
 
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