出来損ないの想い


 
 
 
 
 
エクスフィアの正体。それは人の命を犠牲にして作られるもの。エクスフィアのせいで沢山の罪のない命が消されていった。沢山の人が犠牲になり、帰らぬ人となってしまった。そして、僕たちの身に着けているエクスフィアもまた、誰かの命を犠牲として作られている…。ロイドは誰かの命を犠牲にして生まれるエクスフィアを一度は拒んだものの、クラトスの言葉により、その命を背負って生きることを決意した。犠牲になった人たちの想いを、全て背負っていくと。
そんな事があった次の日、僕たちは再びクヴァルの牧場に潜入する方法を求めて、少しばかり離れたところに存在するハイマという町にやってきました。このハイマの町には、クヴァルの牧場から逃げてきたピエトロ、という人物がいるそうです。
 
 
「ピエトロはどうしたんだい?」
 
 
ハイマの宿屋に入ってすぐ、階段を塞ぐようにして立っていた女性に、しいなが声をかける。どうやらしいなとこの女性は知り合いのようだ。しいなに声をかけられた女性は、ピエトロさんの事を聞かれると、顔を伏せ、彼は亡くなりました、と告げた。その言葉に、ロイドたちは少なからずショックを受ける。クヴァルの牧場から逃げ出した唯一の人間が亡くなったという事は、牧場に潜入する方法が失われた。そういう事を示していた。しかし、僕はどうしても彼女の言葉が引っかかりました。明らかに不審な所が見られる…。
 
 
「何か言ってませんでしたか?人間牧場のこととか」
 
 
リフィルがせめて少しでも多くの情報を手に入れようと彼女に問いかけますが、彼女はどこかわざとらしく受け答えをし、僕たちに有力な情報を与えてくれませんでした。リフィルはそんな彼女の態度を疑問に感じながらも、どうしようもない事だと感じているのか、最後に墓はどこか、と尋ねました。彼女はその問いかけに案外簡単に答えてくれましたが、墓を暴くな、と忠告されてしまいました。
 
 
「彼女、何か隠してますね」
 
 
緩やかな坂を上りきった先には、牧場で命を落とした人たちの墓がいくつも存在した。その中にはピエトロ、と刻まれたものもあった。それを見つめながらリフィルとクラトスに視線を送ると、二人も彼女の行動がおかしいと気付いていたのか、眉間にしわを寄せていた。
僕たちが悩んでいる時、一人の男性が墓へと近づいてきました。その男性は小さな声で何かを呟いたまま、墓の前に立っていました。その男性の様子は明らかにおかしかった。ここから見える瞳は虚ろで、生き物としての意志、感情などが全く窺えませんでした。まるで人形のようで…。
 
 
「ピエトロ!あんた死んだって…」
 
 
振り返ったしいなが男性を見て声を上げると、全員が彼の方を向く。しいなは男性の事を見て目を見開き、彼に駆け寄った。どうやらこの人がピエトロさんで、先程の女性は彼の事を隠していたという事ですね…。薄々気付いていましたが、確信はありませんでしたから言いませんでしたが…。
 
 
「こんなところにいたのね」
 
 
先程宿屋で見た女性が坂を上がってきて、墓を見つめたまま何かを呟く彼の手を引いてどこかへと去ろうとしていた。そんな女性を見たリフィルが声を上げた。
 
 
「やはり嘘をついていたのね。この人が牧場から脱走した人なのでしょう!」
 
 
リフィルが問い詰めるように言うと、女性は顔を俯かせ、表情を暗くした。それに気付いているのかいないのか、ロイドはどうやって牧場から脱出してきたのか尋ねるが、彼はただ良く分からない言葉を呟いて、虚ろな視線を虚空に向けているだけだった。
 
 
「…もう放っておいてあげて!」
 
 
女性が耐え切れなくなったように叫ぶと、しいなが顔を歪め、女性を説得しようとする。しかし女性はピエトロさんのためを想っているのか、首を振り、何も話そうとはしなかった。もう何も聞かないで欲しいという女性の表情は必死だったが、こちらもそう簡単に引き下がれるようなものではありません。
 
 
「分かってください」
 
 
確かに彼女はピエトロさんのためを想ってそのような言葉を言っているのでしょう。しかし、それは単なる自己満足に過ぎない。彼が逃げてしまった事により、多くの人が牧場に連れて行かれ、エクスフィアの犠牲になっている。その事から目を逸らす事は、赦されない事なのです。
 
 
「あなたが彼の事を隠してしまう事により、多くの人たちの命が奪われていくのです。彼を匿ったせいで連れて行かれた人も、同じです。連れて行かれてしまった人たちには時間がありません。しかし、今彼はここに生きている。彼にはまだ時間があるんです。生きる時間、やり直す時間。全ての時間が彼にはある。しかし、牧場にいる方たちは違います。その命はいつ消えてもおかしくないのです。彼を元に戻す方法なんて、探せばきっと見つかるはずです。お願いします。多くの人の命を救うためには、あなたの協力が必要なのです」
 
 
「…分かった。協力してもいいわ。その代わり、彼の呪いを解いて。マナの守護塔にボルトマンが残した治癒術があるの。それなら呪いが解けるかも知れないって聞いたわ」
 
 
穏やかに、しかし事態は深刻である事を伝えると、彼女は漸く僕たちに教える気になったのか、話してくれました。曰く、彼は牧場の庭から逃げ出し、岩で出口を塞いできたと言うこと。墓には彼の持ち物であった宝石のような物があった。これがあれば、再び牧場に潜入する事が可能らしい。
牧場に潜入する方法を手に入れた僕たちは、明日のためにここで休憩をとることにしました。明日、クヴァルの牧場に潜入し、捕らわれの人々を救い出す。
 
 
「エクスフィア…か…」
 
 
夜の帳が訪れ、太陽が地平線に沈み行く光景を見ながら、僕は建物の屋根で思いを巡らせた。エクスフィア。人の命によってその効力を開花し、人の本来眠っている力を増幅させる物体。何も知らぬ人から見たら何と素晴らしく、何と焦がれるものでしょうか…。しかし、僕たちは知ってしまった。エクスフィアが何によって作られているのかを。知ってしまった以上、僕たちはエクスフィアを命として見る事しか出来ない…。
 
 
「悲しい存在だ。命を糧として作られるなんて…」
 
 
エクスフィアはあってはならないものだ。この世界のためにも、僕のためにも…。
一体いつからこの世界は変わってしまったんだろうか…。ずっと昔はもっと綺麗で美しかったはずなの、に…?
 
 
「!?」
 
 
今、僕は一体何を…!?
 
 
「何をしている?」
 
 
突然聞こえた声にビクリと肩を揺らし、勢い良く振り返ると、そこには無表情でこちらを見下ろしているクラトスがいた。その姿を見た瞬間、先程まで考えていた事が少しばかり紛れて、ホッと息を吐いた。
僕は、先程何を考えていたのでしょうか…。僕には、そこまで前の記憶は無いはずなのに…。
 
 
「…明日は早いぞ」
 
 
「ええ、分かっています。分かっていますとも…」
 
 
僕を見下ろすクラトスの瞳は確かに無表情のように見える。しかしその瞳の奥には何とも言えない感情が潜んでいるようだった。それこそ、僕を通して別の誰かを見ているような、そんな感じ。僕はクラトスの瞳を見つめながら、ゆるりと目を細めた。
 
 
「僕は、そんなに似ていますか?」
 
 
多分僕は酷く意地悪な事を聞いてしまったと思う。クラトスが僕と彼を重ねてしまっている事なんて、随分前から知っていたのに。
 
 
「何を言っている…?」
 
 
クラトスはそんな僕の行動を不審に思ったのか、眉間にしわを寄せてそう返してきた。
分かりきっているくせになんてわざとらしい。思わず嘲笑してしまい、僕は口を歪めた。
 
 
「あなたがそういうつもりならいいでしょう。僕は何も追及しません…。しかし、あなたは僕に何か聞きたいことでもあるのではないですか?」
 
 
まるで僕らしくない。いつもの僕ならばもっと冷静に、会話をするはずなのに、今の僕はおかしい。冷静どころか相手を煽るように会話をしている。何故、僕はこんな会話をしているのでしょうか…?
 
 
「…お前は何者だ?」
 
 
カツン、と靴音が聞こえてきて、クラトスの表情が闇に紛れて見えなくなる。僕はそんなクラトスを見上げながら、ただ楽しそうに口元を歪めていた。その問いかけが滑稽で、笑わずにはいられなかった。
 
 
「何者…ですか…。凄く今更な気がしてなりませんね…。何故今この時に尋ねるのですか?もっと前に確認してもいい気がしますが?短い間とはいえ、僕は一緒にここまで来てるでしょう」
 
 
少しばかり馬鹿馬鹿しく感じて、嘲笑を浮かべたままそう言うと、クラトスは微かに顔を歪めた。その鷲色の瞳の奥には、僕ではない何者かの姿を映していた。
 
 
「それに…そう言うあなたこそ何者です?」
 
 
今度は、こちらから攻撃させてもらいたいと思ってそう返すと、クラトスは黙って目を閉じて短くただの傭兵だ、と返した。僕はその返答に、クスリと笑う。
 
 
「嘘つき」
 
 
下ばかりを見ていた視線を上に上げて、藍色に染まった空を眺めた。その空が何だか可笑しくて、良く分からない笑みが零れた。
 
 
「あなたの体の時間は異常です。その見た目に合わない時間の流れ。一体あなたはいくつなのですか?エルフではないあなたがそんなに長く生きているなんて有り得ない。あなたは、何者ですか?」
 
 
空に向けていた視線をクラトスの方へと戻して、下から見上げると、その瞳は何かを確信した目だった。おそらく彼は、僕に似ていると言っていた彼の正体を知っているのでしょう…。だから、どうして僕が彼の事について聞きたがるのか、クラトスの時間の流れの異常に気付くのか、理解しているのでしょう。
 
 
「お前は…」
 
 
「……失礼します。明日の準備があるので」
 
 
クラトスが何か言葉を紡ごうとする前にそれを遮り、彼から視線を外す。このままここにいても、きっとどうしようもないでしょう。ここにいるのは愚かな僕と、僕の存在し理由を知っているクラトスだけ。きっとクラトスは僕の事について聞きたいのでしょう。だけど、僕はそれについて答えるつもりはありません。
クラトスを振り返る事無く屋根から一気に地面へと飛び降りると、もう既に辺りは藍色を通り越して闇へと染まりきっていた。
明日は、いよいよ人間牧場潜入…。エクスフィアを作るクヴァルを倒せるのです。気持ちを落ち着けなくては…。こんな自分でも理解出来ない感情を抱えたまま行っても、きっと役には立たないでしょうし。
 
 
「僕は、単なる出来損ないなんですよ…」
 
 
誰も聞いていないと知りながらも、僕はあの時の問いに対しての答えを呟いた。
 
 
 
 
 

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