家畜もしく道具


 
 
 
 
 
次の封印が北西にあると言う情報を手に入れた僕たちは、目的地を探す途中でアイテムなどの調達をしようとルインの町に立ち寄ったのですが…。
 
 
「酷い…」
 
 
ルインの街はすっかり廃墟と化し、人の気配も、動物の気配ですら失せていた。崩れ落ちている建物、橋。攻撃により傷つけられた地面。それはあまりにも酷い有様でした。そんなルインの町を歩きながら、誰かいないか確認していると、破壊された噴水の前に、人影を発見した。しいなだ。しかし彼女はいつものような元気さは無く、着ている服もボロボロで、傷だらけった。
 
 
「どうしたんだ?傷だらけじゃねぇか」
 
 
噴水の前で膝を突いているしいなの近くにロイドが膝を突き、しいなの事を覗き込んだ。ロイドの事を視界に入れたしいながゆっくりと俯いていた視線を上げる。上げられたしいなの顔は疲れきっていて、とても弱々しいものだった。
 
 
「…あんたたちか。今ならあたしにとどめを刺せるよ。今のあたしには、戦う力は残ってないからね」
 
 
自嘲を含んだ弱々しい笑い。明らかに無理して笑っているように思える。傷も相当深いように見えるし、実際顔色は良くない。
 
 
「どうしてこうなったのか、話していただけますか?でないとどうしようもありません」
 
 
僕はロイドと同じように彼女の傍に膝を突き、弱っている彼女の声に耳を傾けた。すると彼女は案外簡単に事情を説明してくれた。
 
 
「ここから東北に人間牧場ってのがあるのを知ってるかい?ここの街の人たちは、牧場から逃げ出した奴をかくまったんだよ。それがバレて、全員強制的に牧場送りの上、街は破壊されちまったのサ」
 
 
「それじゃあ、あなたの怪我は…」
 
 
「何でもないよ。ちょっとドジっただけさ」
 
 
何でもない、というわけではないだろう。話の流れから言えば、彼女は町の人々を助けようとして怪我をしたのだろう。
彼女の怪我の理由を考えている最中、僕の耳に微かに重く、ゆったりとした足音が聞こえてきた。どこかで聞いた事のある音…。そんなに昔ではないはず…。
 
 
「うわわっ、助けてくれ!」
 
 
ドシンという音が聞こえたのと同時に、男性の悲鳴が僕たちの元に飛び込んできた。その声に驚いて振り返ると、そこには司祭の格好をした人が、変わり果てたクララさんに追いかけられている姿がありました。あの足音は、クララさんのものか…!
 
 
「止めろ、この化け物!」
 
 
しいなはこの化け物が昔は人間である事を知らない。僕は慌ててしいなを止めるために手を伸ばすが、その前にクララさんがその長い腕を振るい、しいなを吹き飛ばしてしまった。
 
 
「しいな!」
 
 
女性である事と怪我をしているという事で簡単に飛ばされてしまったしいなを受け止めると、彼女の体からは大量の出血が見られた。
微かに聞こえた呻き声に視線を上げると、クララさんが僕たちの事を見下ろしていた。僕には理解できませんが、きっと彼女は苦しんでいるのでしょう。自分ではどうする事も出来ない自分に。そんなクララさんを見ていたら、視界の端からコレットが飛び出し、クララさんの前に浮かび上がったが、クララさんはそれを振り払うとどこかへと逃げ出してしまった。
 
 
「…出血が酷いですね…」
 
 
ここに来た時点で怪我だらけだったにも関わらず、無理に体を動かし、なおかつクララさんの攻撃をまともに喰らってしまったため、怪我が悪化して血が流れ出ていました。僕はその傷口に軽く手をかざし、詠唱を唱える。
 
 
「ファーストエイド」
 
 
初級治癒術ですが、無いよりはマシでしょう。実際しいなの傷口は薄くなり出血も止まっているようですし。それを何回か繰り返して怪我を治療していると、脇の方でリフィルが驚いているようだった。
 
 
「あなた、治癒術を使えたの…?」
 
 
「ええ、一応…」
 
 
別に隠しているつもりはありませんでしたし、魔術を使える事を隠してはいなかった。だから特に気にしていなかったんですが、治癒術はさすがに驚かれたようですね…。クラトスも使えたと記憶しているんですが…。
そんな事を考えていると、治療が終わったしいなが僕の事を見つめていた。
 
 
「…なんで、あたしを助けたのサ」
 
 
「あなたが先ほど司祭を助けようとしたのと同じです」
 
 
心優しき暗殺者にそう言って微笑むと、彼女は照れたのか少し視線を下げて俯いてしまった。しかし僕から見えるその表情は嬉しそうなものでした。
 
 
「…あ、ありがとう。虫の良い話かも知れないけど、あんたたちに頼みがあるんだ」
 
 
しいなは先程まで緩めていた表情を引き締めると、俯いていた顔を上げて僕たち全員を見回した。
 
 
「この街の人には、一泊一飯の恩義があるんだ。頼む。この街の人を助けてあげてくれよ!そのためなら、あんたたちと一時休戦して協力してもいい」
 
 
その目はあまりに真剣で、誰もが嘘だとは思わないだろう。それに、たかだか一泊一飯のために町の人を助けるなんて、普通の人ならしないことを彼女は当たり前のように思っている。なんて義に厚い人なんでしょうか…。コレットの、神子の命を狙っているにも関わらず、町の人たちのために休戦して僕たちに助けを求めるなんて…。なんて、優しい人なんでしょうか。
 
 
「…僕は彼女を助けたいと願います。皆さんはどうでしょうか?」
 
 
僕には旅の決定権は無い。この旅の全ての決定権を握るのは神子であるコレット。彼女の言葉一つで僕たちの行動は変わってくる。しかし、コレットもしいなと同じようなお人よしで優しい人。断る事なんてしないでしょう。
 
 
「もちろんだ」
 
 
「私も賛成!」
 
 
「構わんだろう」
 
 
意外な事に、クラトスはこの意見に反対していないようです。それに、どこか普段とは違った表情をしていました。無理矢理怒りを抑えようとした、厳しい表情…。僕には分かりませんが、彼もこの町の惨劇に怒りを滾らせているのかも知れません…。
しかしリフィルはいつものように慎重で、渋っているようでしたが、自分で視点を変えて何とか納得しているようでした。
 
 
「さて、では行きましょう」
 
 
ルインの人たちを救い出すために。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今まで異常に厳しい警戒態勢を突破するために、僕たちは見回りのディザイアンの服を奪い取り、ロイドを捕獲したという嘘をついて牧場内に潜入する事に成功しました。あまりにも簡単に入れてしまったので拍子抜けですが、油断は禁物。入り口の警戒から見て、中もそれなりに警戒しなければなりません。
 
 
「ここはエクスフィアの製造所なのね」
 
 
牧場に潜入した際、真正面にあったモニターには、沢山のエクスフィアが映っていた。信じられないほどのエクスフィアの数。その光景は、何だが恐怖に駆られるものでした。
 
 
「…しっ。隣の部屋から、声が聞こえる」
 
 
コレットが口元に人差し指を当てて、耳を澄ます。ロイドは何も聞こえずに首をかしげていますが、天使聴覚を持つコレットの耳は他の誰よりも正確でしょう。そして段々僕にも気配が感じられてきた時、隣の部屋からボータと数人のディザイアンが出てきた。
 
 
「ぬっ!お前たちは!」
 
 
ボータはどこか慌てているようにも見えました。実際僕たちの姿を認めると、顔を苦々しく歪めましたし…。ボータが一瞬こちらに向かってくるかと警戒していると、どうやら向こうにはその意志がないようで、すぐにボータたちは退いていきました。
ボータたちがいなくなり、油断していたところに魔術が飛んできました。その矛先はロイド。僕は素早く詠唱をし、飛んできた魔術、ファイアボールに向かってアクアエッジを放った。二つの魔術は途中で相殺しあい、蒸発して消えた。
 
 
「ほう、これは驚きました。ネズミと言うからてっきりレネゲードのボータかと思いきや、手配書の劣悪種とは…。今の魔法を喰らって生きているとは、さすがと言っておきましょう」
 
 
魔術を放ったであろうディザイアンたちの後ろから現れたのは、明らかに幹部と思われる男。砂のような色をした髪を後ろに撫でつけ、その細い目は僕たちの事を値踏みしているようだった。その視線が不快で顔をしかめていると、男は微かに笑みを浮かべていた。
 
 
「お前は何者だ!」


「人の牧場に潜入しておいて何を言うのかね」
 
 
砂色の髪をした男は嘲笑うかのように言う。そんな男に向かって、クラトスが苦々しく声を上げた。
 
 
「奴はディザイアンの五聖刃の…クヴァルだ」
 
 
「はは。さすがに私の名前はご存知のようですな。なるほど。フォシテスの連絡通りだ。確かにそのエクスフィアは、私が開発したエンジェルス計画のエクスフィアのようですね」
 
 
クラトスの言葉に再び嘲笑を見せると、今度はロイドの方へと視線を向ける。正確にはロイドの手の甲につけられているエクスフィアに。僕はクヴァルがエクスフィアを見ている隙を狙って銃を片方引き抜いて素早く発砲する。クヴァルは全く無駄の無い動きでそれを避けるが、それは僕たちに道を譲る結果になってしまった。
 
 
「急ぎましょう!」
 
 
クヴァルが避けたために開けた道に向かって走り出すと、全員が後から続いて走り出した。出来るだけ遠くに逃げようと奥へと駆けて行くと、そこには恐ろしい光景が存在しました。嫌な予感がしていたんですが、まさかこんな形で当たってしまうとは…。
僕たちの視線の先にはベルトコンベアで流されていく人間。その甲には皆エクスフィアが装着されていた。そして彼らはそのエクスフィアを剥がされ…。
 
 
「な…何だ、これは…」
 
 
ロイドたちがその光景を呆然と眺めていると、後ろから追いついたクヴァルがそれについて説明を始めた。培養体。人間の体に埋め込まれたエクスフィアを取り出しているのだ、と。
 
 
「まさか、エクスフィアは人の体で作られているの!?」
 
 
「少し違いますね。エクスフィアはそのままでは眠っているのです。奴らは人の養分を吸い上げて成長し、目覚めるのですよ。人間牧場はエクスフィア生産のための工場。そうでなければ何が嬉しくて劣悪種を飼育しますか」
 
 
クヴァルは人間を生き物として見ておらず、家畜、もしくは道具としか見ていない…。その目はあまりにも冷めていて、残酷のものだった。そんなクヴァルを見たジーニアスが酷いと声を上げるが、クヴァルはその言葉を笑った。
 
 
「酷いのは君たちだ。我々が大切に育て上げてきたエクスフィアを盗み、使っている君たちこそ罰せられるべきでしょう」
 
 
冷たい目でこちらを見、角へと追い詰められていく僕たち。僕は追い詰められているにも関わらず、ベルトコンベアに流されていく人々を見上げていた。ここでは人間は家畜と同じ、もしく道具なのだ。そして用が終わったのなら彼らはきっと捨てられる…。僕はその光景を思い描いて吐き気がした。まるで、それしか価値が無いように思われて、気持ち悪かった。
 
 
「ここはあたしに任せな!…おじいちゃん。最後の一枚、使わせてもらうよ」
 
 
ハッとした時には、しいなが一枚のお札を取り出し、魔物を召喚していた。それは式紙と言うもので、彼女しか持っていないものだ。召喚された式紙は強力な光を放つと同時に、特殊な力で僕たちを外へと導いた。呆然としたまま空を眺めていたら、視界の端で疲れきった顔をしたロイドが目に入った。良く見れば誰もが皆疲れた顔をしている。僕たちはとりあえず休養を取るためにルインへと戻る事にした。
 
 
 
 
 

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