似た者同士の想い


 
 
 
 
 
彼女は必死に体を震わせ、一瞬泣いているのかと疑ってしまうほどの声で叫んだ。
 
 
「お前たちが世界を再生するとき、あたしの国は滅びるんだ!」
 
 
彼女は…しいなはそれだけ言うとオサ山道と同じような方法で僕たちの前から姿を消してしまいました。僕は、そんな彼女の姿を見届けた後、密かに視線を下に落としていました。僕には、彼女の言っている「国」が分かっているのです。その国がどのような場所で、何故世界再生をすると滅んでしまうのかも、全て…。それでも僕は、この事をロイドたちに話す事はしませんでした。
 
 
「おかしいですね…」
 
 
僕はいつだって傍観者でなければならないのに、こんなにも感情に流されてしまう。流されてしまってはいけない身でありながらも、僕は人間の感情にとことん弱い。このまま旅を続けられるのか自信が無くなってきている。
 
 
「何が?」
 
 
幸か不幸か、僕が呟いてしまった言葉を聞き取ったのはロイドでした。これがクラトスだったら誤魔化しが効かないでしょうが、ロイドだったのなら多少の嘘でもバレないでしょう…。でも、一応警戒はいなければなりません。ロイドは、変な所で鋭いのですから。
 
 
「彼女が言っていた言葉ですよ。あたしの国が滅びるんだ!って…」


「確かに良くわかんねえよな。俺たちは世界再生のために頑張ってんのに…」


「ええ…そうですね」
 
 
ロイドは、何も知らない。無知故に誰よりも残酷だ。彼にとってこの世界再生は喜ばしい事なのでしょう。しかし、この世界再生の裏側を知っている僕や、おそらくリフィルやクラトスはあまり良い顔をしていません。もちろん神子であるコレットも…。最後に神子がどうなってしまうのか知っているからこそ、僕は彼女に幸せであって欲しいと願っている。
そんな事を考えていると、急に気が重くなってきて、気分転換をしたくなってきた。座っていた大勢から立ち上がって、未だに座ったままのロイドに散歩してくると声をかけ、その場を離れ、星の見える場所へと移動しようと思った。
 
 
「あれ?フェルディ?」
 
 
星が見えるであろう絶景の場所には、コレットが座っていました。彼女は僕の姿を見つけるときょとんとした顔をした後に、嬉しそうに頬を綻ばせた。
 
 
「どうも」
 
 
草の上に座っているコレットの横に同じように腰掛けて、僕も星を眺める。
彼女がまた一人離れてここにいるって事は天使疾患なのでしょう。今日の彼女は、転んだにも関わらず反応が希薄だった所を見ると、どうやら感覚というものを失ってしまったように思われます。おそらく間違いではないでしょう。
 
 
「…天使疾患ですね?」
 
 
「……うん…。今度は感覚が無いの…。寒いとか暑いとか、痛いのも分からないの…」
 
 
悲しそうに顔を歪める彼女。でもその瞳から涙が流れる事は無かった。本当は泣きたいのだろう。でも、今の彼女は涙を流す事さえ失われてしまった…。僕はそんな悲しい彼女の横に座り、ただ沈黙を保ち続けていた。僕は、彼女とのこの空間が好きだった。彼女は無条件で僕の隣にいてくれる。文句も愚痴も、言いやしない。僕はそんな彼女との関係が好きだった。
 
 
「あの…フェルディ…。前にフェルディは私たちとは違うって言ったよね…?もし良かったら聞いても良い…?」
 
 
恐る恐ると言った感じで口を開いたコレットが出した言葉はそんなものだった。僕は少しばかり思案するように瞳を閉じてから、ふと過去に思いを馳せた。遠い遠い、大切で残酷な記憶へ。
 
 
「コレット…。あなたは時とはどのようなものと思いますか?」
 
 
僕はただ、彼女の質問に答えるわけでも拒否するわけでもなくそう問うてみた。一体彼女がこの問いに関してどのような答えを返すのか興味が湧いたからだ。もちろん無意味な質問なわけじゃない。僕の秘密にも遠からず関わっている事だ。
 
 
「えっ!?いきなり聞かれても分かんないよ〜」
 
 
「あなたが思った通りに言ってくださって構いませんよ?少しずつでも構いませんし」
 
 
彼女は僕の質問をもう一度思い出すように目を閉じて、じっくりと考え込む。時間はまだある。僕はどうしても彼女の回答が聞きたかった。彼女は一体、時をどのように考えているのだろうか、と。
 
 
「そう…だなぁ…。大切なものだと思うよ。だって時間がなかったら私たちは生きていけないだろうし…。でも、時々残酷だな、って考えたりもするかな…?」
 
 
ゆっくりと目を開けた彼女は最初は楽しそうに、最後は少し悲しそうにそう言った。その答えは、僕にとって想定内でありながらも、少しばかり想定外のこともありました。
残酷。
彼女は、時の事を残酷と言った。それは言ったどういう意味を込めているのだろうか…。
 
 
「残酷、ですか…。何故?」
 
 
「だって時は待ってくれない。私がまだ平和な時間にいたくても、それを許してくれないの」
 
 
胸の前で手を組んで遠き記憶に思いを馳せている彼女。その姿は僕が見た彼女よりも純粋で、誰よりも輝いていて、美しかった。これが、彼女のあるべき姿。彼女はこんな輝かしい顔をしている方が似合っている。こんな苦痛ばかりの旅をしているよりもずっと。
 
 
「あ、それでこの質問とフェルディの事とどう関係してるの?」


「…そうですね…。僕は人ではありません。そう言いましたよね?」


「うん。人間でもハーフエルフでもエルフでもないって」


「教えて差し上げましょう。内緒ですよ、コレット…」
 
 
そっと、僕は心の内に溜めているものを彼女にだけ吐露する事にしました。人間ではなくなっていく彼女と、昔の僕の姿が被ってしまったせいだと、思った。少しでも僕の苦しみを外へと放出したかった。例え話しても救われない事だと知っていても、僕には話さずにはいられなかった。きっとそれが、僕の弱さ。
 
 
「フェルディ…」
 
 
全てを話し終わった僕の言葉を、コレットはただ黙って聞いてくれました。しかしその顔は悲しみで歪んでいて、僕は何だか申し訳なくなってしまった。そんな顔をさせたかったわけではないのに、させてしまった…。
 
 
「内緒、ですよ?絶対に…。僕がいなくなるまでは、内緒です」
 
 
「フェルディ!!」
 
 
自らを嘲笑うようにそう言うと、コレットは咎めるように叫んだ。僕は彼女が何故そんなにも僕の事を思ってくれるのか疑問に持ちながらも、首を横に振る。
 
 
「いつかはそうなる運命なのです。僕の弱さが完全に完成してしまう前に、僕はあなたたちから離れなければなりません。そうしなければ、僕は意味を失ってしまうから…」
 
 
意味を失ってしまうのは、恐ろしい事だ。僕がこうしてここに存在している理由を失ってしまえば、僕は僕ではなくなり、また同じ事を繰り返さなければならない。そうなれば次の時に、また苦しみを味わってしまうかも知れない…。彼が僕にそうしてしまったように…。
僕は、未熟者だ。何もかもが未熟で、役に立たない。だからこんなにも弱くて、感情に流されやすいんだ。
 
 
「すみません、困らせてしまって…」
 
 
「違う、違うよぉ…。フェルディ、みんなに言ってみよう?きっと分かってもらえるよ…」
 
 
涙が出ない彼女は必死に顔を歪めながらその優しく温かい手で僕の手を包み込んだ。その手は温かくて優しくて、でも儚くて細くて、脆そうな手だった。僕はその手を緩く握り返した。
 
 
「…僕は、あなただからこそこの事を話そうと思いました。あなたのその優しさ、他人を思いやれる心、そして純粋さ。そんなあなただから、僕は今まで誰にも話さなかった事を話したんです。……あなただったら僕の事を利用しようなんて考えないでしょう…?僕たちは常に狙われている…。恐ろしい感情に…。どうすればいいのか分からなくて、僕たちはずっとそれから逃げ続けてきた。そうしなければ、存在がなくなってしまうから…」
 
 
「なら、何で私に教えたの…?」
 
 
「……天使になっていくあなたが、僕と同じに思えたからかもしれません。それに……僕は苦しいんです。こうしてここに存在している事が。存在を護らなければならないのに、僕は存在している事が苦しい…」
 
 
首に巻いているマフラーが風によってなびく。僕はそんな様子を見ながらそっとマフラーへ手を伸ばして風になびくそれを手で押さえつける。このマフラーを見る度に、僕は忘れたくても忘れられない記憶を思い出す。あの時の、悲しくも忌々しい大切な記憶を。
……先生、僕はここまでやって来てしまいました…。あなたを過去に置き去りにしたまま、僕はこうして進んでいます…。僕には何が正しくて何が悪いのか全く分かりません…。あの時の先生の行動が悪なのか善なのか、今でも分からないんです…。そして僕がしてしまった事も悪なのか善なのか、理解出来ないのです。それでも、僕はこうしてここに存在し続けている…。先生。今の僕を見たらあなたはなんて声をかけてくれるのでしょうか…?
 
 
 
 
 

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