異質の心


 
 
 
 
 
「果たしてそれが最良か…」
 
 
ソダ間欠泉までタライに乗ってやって来た僕たちはスピリチュアの像を手にする事が出来ました。そしてもう一度タライに乗ってハコネシア峠まで行ってコットンに再生の書を見せてもらえる事になったのです。再生の書には次の事が書かれていました。
荒れ狂う炎。砂塵の奥の古の都にて街を見下ろし、闇を照らす。
清き水の流れ。孤島の大地に揺られ、溢れ、巨大な柱となりて天に降り注ぐ。
気高き風、古き都、世界の…。…巨大な岩の中心に祀られ邪を封じ聖となす。
煌めく…、神の峰を見上げ世界の柱を讃え、…古き神々の塔の上から二つの偉大なる…。
抽象的に書かれている再生の書。そこに書かれている事を手がかりに、もう一度いこのソダ間欠泉まで来る事になりました。
そして現在、ソダ間欠泉にあった封印を開放し、天使疾患で倒れてしまったコレットを休ませるために焚き火を焚いて休んでいる最中。
 
 
「…何がだ?」
 
 
焚き火の火を眺めながら呟くように言った僕のことばを聞き取ったクラトスは僕にそう投げかけてくる。僕は少しばかり億劫な感じでクラトスに視線をやると、再び焚き火に視線を向けた。
 
 
「果たして、彼女が天使に近づく事が最良なのか…。そう、悩んでいました」
 
 
彼女は封印を解放する度に苦しみを伴う。それは天使に生まれ変わるためだと言われているが、本当にそうなのか誰も知らない。だって今まで成功させて帰ってきた神子はいないから。ならば彼女に訪れる痛みが本当に天使になるためのものなのか誰も知らない。…それでも僕たちは足を止める事は出来ない。彼女が世界を再生できなければ、この世界は死ぬ…。
 
 
「世界を救うためにはそれしか無いだろう」
 
 
ジーニアスとリフィルはすでに眠りに入っており、ロイドはここにはいないコレットの様子を見に行っている。つまりここにいるのは僕とクラトスだけ。そのクラトスは僕の言葉に対し、そう淡々と返してくる。その言葉は確かに正論ではありますが、どこか違和感を感じてしまう。何ともいえない違和感。本当に彼が世界再生を願っているのか、と思ってしまうような違和感が、そこに存在していた。
 
 
「…僕は世界の話をしているんじゃありませんよ…。僕は彼女の話をしているのです。僕は彼女が好きです。友達として、とても。彼女は僕が出会ってきたどんな人よりも素晴らしい人間でした。人のために何かを出来る、優しい人間でした。僕は、そんな彼女を失いたくは無いんです…」
 
 
パチパチと火が爆ぜる音だけがその場に響く。クラトスは何も言わずにただ黙って僕の話を聞き、僕はそれから先の言葉を紡ぐ気になれず、黙り込んでしまった。
 
 
「お前の知る人間はどんな奴らだったのだ?」
 
 
静まり返っていた空間に放たれた言葉。それは意外な事にクラトスから発せられたもので、僕は少しばかり目を見開く。彼がこの話に絡んでくるとは思わなかったから。
いや、もしかしたら、という可能性もあるのでしょうか…。最初の封印開放の時にも言っていた彼の事が気になっているのでしょうか?僕に似ていると言った、彼の事を。
 
 
「とにかく自分の利益ばかり求める人たちでしたね…。そして自分たちと違うものを認める事の出来ない小さい人間でした。ハーフエルフを虐げて、自分たちが偉そうにしているような人たちでした」
 
 
醜かった。ハーフエルフに何の罪が無いのにも関わらず人々はそれを虐げる。彼らはただ優秀な頭脳と長命であるだけなのに、人はそれを疎い、差別する。時にはそれを利用せんと目論むばかり。彼らがあまりにも理不尽に思えた。生まれただけで蔑まれ、肩身の狭い思いを強いられてきた彼らが。
 
 
「そうか…」
 
 
「…そういえば、前に話していた僕に似ている人とはどのような人なのですか?」
 
 
自然と話を逸らすようにそちらに持っていくと、クラトスは焚き火を眺めながら遠い昔を思い出すようにゆっくりと目を細めた。その顔は今まで見たどんな表情よりも人間らしかった。
 
 
「いつも楽しそうに笑っていながらも周りに目を配り、冷静で頭がよかった。武器はお前と同じ二丁銃で、かなり強かった」
 
 
クラトスの表情が緩み、昔を懐かしむような顔になる。クラトスの声はいつもよりも弾んでいるように聞こえる。その人は、彼は余程クラトスに信頼されていたのでしょう。羨ましい。そんなに信頼してもらえるなんて…。
 
 
「その方は今どちらに?」
 
 
「もう、亡くなってるだろう」
 
 
「そうですか…」
 
 
僕は酷く酷な事を聞いてしまったと思う。その人物が死んでいることを知っていながらも、そんな事を聞いてしまうなんて。
 
 
「フェルディ、寝ないのか?」
 
 
不意に聞こえてきたのは先程までコレットの所に行っていたロイドの声でした。振り返ってロイドを見るときょとんとした顔でこちらを見下ろしていました。そしてそんなロイドの姿に違和感が…。そう、彼の隣にはコレットがいなかった。先程まで一緒にいたのなら一緒に帰ってくればいいものを、彼はコレット共に帰っては来なかった。つまりそれは彼女がそれを拒んだから。なら何故?もうすでに夜は遅い。なのにまだ彼女は一人で空を眺めている?
 
 
「そう言うロイドは寝ないのですか?お寝坊さんでしょう?」
 
 
考えている事を表に出さないように注意しながらからかうようにロイドへそう言葉をかける。するとロイドは顔を真っ赤にしながら大きなお世話だ!と叫んで僕から離れた場所で横になった。もちろん僕に背中を向けて顔を見えないようにしながら。
そんなロイドの行動にクスリと笑みを浮かべながらも、先程考えていた事が頭から離れずに心配になってきた。
彼女は今一人。彼女が好きなロイドだけを先に返して、彼女はまだ一人でいる。もしかしたら彼女は、また…。
 
 
「少し…風に当たってきます」
 
 
クラトスにそう伝えてから立ち上がり、コレットがいるであろうその場所へと足を進める。
しばらく焚き火の場所から少し離れた場所に、彼女はいた。相変わらず一人寂しそうなその背中は、小さくて、儚かった。僕は静かにその背中に近寄ると、僕が声をかける前に彼女はこちらに気付いて振り返った。
 
 
「フェルディは凄いね」
 
 
「?」
 
 
「だって私が来て欲しいと思った時に来るんだもん…」
 
 
僕から視線を外して自分の膝へと視線を落とすコレット。それからゆっくりとその場に座って膝を抱える。僕はそんな彼女は姿を見ながらゆっくりとその隣に座る。
 
 
「また悩んでいるのではないか、苦しんでいるのではないか。そう思ってきました」
 
 
自分もまた膝を抱え、視線を下に落としながら彼女にそう声をかけた。彼女は自分の膝をぎゅっと抱えた後、ゆっくりと口を開いた。
 
 
「今度はね、眠れなくなっちゃったの…。目を閉じても眠れないの…」
 
 
下に視線を落としながら自分の膝を抱えて小さくなる彼女。その姿はとても小さくて、普段眩しい笑顔を見せている少女とは思えないほどだった。その少女の姿は自分の重すぎる使命に悲しんでいるようにも見えた。そして徐々に人間としての昨日を失う事へ恐怖しているようだった。
僕は、人間の欲望が嫌いだった。何時だって人は自分の利益のために人を蹴落とし、相手を罵ってでも自分が過ごしやすいように生きようとする。そんな姿ばかり見てきた僕は、そんな感情が大嫌いだった。欲というものが全て無くなってしまえばいいと思った事も、何度かある。
けれど、目の前の少女は違う。彼女は、確かに欲という名のつくものを失ってきている。しかしこれは僕が望んだものとは違う。僕は、こんな悲しい事を望んでいなかった…。こんな、純粋な少女が悲しむ姿なんて…。
 
 
「不思議だね…。フェルディになら言えない事が言えるの…。ほんと不思議…」
 
 
力を込めていた手を離して膝を解放した彼女は俯いていた視線を上げて僕の方を見た。その顔はにこりと綺麗な笑顔で、無理など一切ない純粋な笑顔だった。そんな笑顔を見せられた僕は戸惑うしか出来なくて、視線を少し彷徨わせた。
僕も少しばかり、覚悟を決めようかと思った。
 
 
「僕の、悩みを聞いていただけますか?」
 
 
ずるい。僕はずるい。彼女が頷くのを承知の上でこんな質問をわざわざするなんて。僕は本当に卑怯で、ずるい奴だ。
彼女の感情の捌け口が僕ならば、僕の感情の捌け口が彼女になってしまっても、きっと誰も咎めたりはしないでしょう。だってお互いに利用し合っているようなものなのですから。
 
 
「僕は……。人間でもエルフでも……ハーフエルフでもありません」
 
 
そっと彼女にしか聞こえないように言う。僕はずるい。本当にずるい。彼女が何と言うか分かりきって、計算して、そう言っている。彼女たちは人を差別しない。彼らの心には差別という言葉は存在しない。
 
 
「じゃあ天使様なの?」


「いえ、違います。でも僕はこの世界にいる全ての人たちと違って異質です。僕は、それが苦しいのです」
 
 
ほら、彼女は僕の事を軽蔑する事無く悩みを聞いてくれる。異質だと答えても、彼女の対応は変わらない、人間でも、エルフでも、ハーフエルフでもない僕の言葉を、真剣に聞こうとしてくれる。彼らにとって必要なのは種族などではない。心なのだ。その心が正しければ彼らはどんな相手でも平等に接する。種族など彼らにとって関係ない。単なる外見の違いでしかないのだ。
 
 
「…大丈夫。だってフェルディはフェルディだもの」
 
 
何と返すか分かりきっている言葉を受け取った僕の心は、少しだけ満たされたような気がした。僕は僕。それ以上でも以下でもない。けれどその言葉はまた悲しいものでもあった。僕はその枠から出る事が出来ないという悲しみ。
しかし種族によって差別されるハーフエルフたちにとっては救いになるのでしょう。その言葉に差別などない。彼らは彼ら。種族など関係ないと言っているのですから。
 
 
「ありがとうございます…」
 
 
確かに彼らは優しく、差別など無く、誰もが同じだと考えている。
でも、それでも、僕は彼らから離れなければならないかもしれません。そう遠くない未来。僕が彼らに依存してしまう前に…。
 
 
 
 
 
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