課すべき義務


 
 
 
 
 
ショコラが捕まった。
そう連絡を受けた僕たちはショコラが捕らえられているというパルマコスタの人間牧場へとやって来ていた。先のパルマコスタの騒動から総督のドアがついに本格的にディザイアンに牙を剥く事を決めた、という事でした。僕にはそれが、とても嘘臭く感じられて仕方ありません。
 
 
「お待ち下さい、神子様」


「ニール!ショコラがさらわれたんだって?」


「…はい。その事でお話したい事があります。とりあえずこちらへ…」
 
 
牧場の手前で会ったのは総督府でも見かけた事のある青年、ニールでした。彼は何か深刻そうな顔で僕たちを草むらの中へ誘導した。それからニールは重たそうに口を開くと、このパルマコスタ地方を去って欲しいと苦そうな顔で言った。やはり、と思いましたが…。
 
 
「でもそうしたらショコラさんはどうするんですか?」


「そうだよ、パルマコスタ軍が連携を取って、ショコラさんを助け出すんでしょ?」


「いえ、それが…」
 
 
ニールの表情からはこの事態が分からなかったロイドたち三人は、首を傾げて何を言っているのか分からないという表情をした。そんな三人に対し、ニールはどう説明すれば良いのか分からないという表情をした。反対に、リフィルとクラトスはどういう事なのか理解しているようで、重たい溜息を吐いていた。僕も思わず吐きそうになってけれど我慢して呑み込んだ。
 
 
「ディザイアンが組織だった軍隊を持つ街を大人しく放置していることが、私には疑問だった」


「ええ、その通りだわ。反乱の芽を潰さないのは、それが有害ではないから…。力がないから放置されているのか、あるいは有益存在なのか…」
 
 
リフィルとクラトスが喋る度に、ニールの顔に暗い影が落ちていく。彼はパルマコスタの軍が有益存在である事を知っていたようですね…。いえ、ドアの隣に立っているのなら知っていて当然と言う所でしょうか…。
 
 
「…おっしゃる通りです。ドア様はディザイアンと通じ、神子様を罠にはめようとしています」
 
 
ニールは暗い表情で昔の素晴らしかったドアを語っていく。昔は本当に街の人たちを思っていた事を。クララさんと言う人を亡くされた時も、ディザイアンと対決すると誓っていたと。
けれど彼は最終的にディザイアンと対決する事を止め、裏で取引をしていた。神子を失えばどうなってしまうか分かっていたはず。それでも彼は神子よりも取引を大事にした…。一体何が彼をそこまで動かしているのでしょうか…。
 
 
「とにかくこのまま牧場に突入しては、神子様の身が危険です。ショコラのことは私にまかせて、皆様はどうか先にお進み下さい。一刻も早く世界を再生するために」
 
 
ニールの言っている事は確かに正論です。このままわざわざ危険を冒して牧場に潜入するより、世界を一刻も早く再生する方が世の中のためにはなるでしょう。けれどこのままでは…。
 
 
「ダメです!このまま見過ごすなんて出来ない!」
 
 
そう、彼女はこのような事態を見逃すはずがない。そして彼女の意志に、リフィルもクラトスも同意せざるを得ない。何故なら彼女はこの場で最も発言力を持つ神子様だから。彼女の意志を、何よりも尊重しなければならない旅だから。
 
 
「パルマコスタへ戻ろう。まずはドアの口から話を聞こうぜ」
 
 
コレットの言葉を受けて、ロイドがそう冷静な判断を下す。いつもの熱血な彼からは信じられないような冷静な判断ですが、現在はそれが一番最良の選択だったので僕たちはパルマコスタへと向かう事になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
パルマコスタの総督府に向かった僕たちは、地下室でドア総督とディザイアンが何かを話し合っている現場を目撃してしまいました。しかしその様子は取引をしているというよりも脅されていると表現した方が正しいかもしれません。
 
 
「お父様…」


「もう少しだ。もう少しでクララは元の姿に戻れるのだ。旅業の料金を底上げして…」
 
 
ドア総督が何かを呟いている最中、僕たちは足を踏み出し、彼らの前に姿を現した。その瞬間のドア総督の顔と言ったら、まるでお化けを見たような顔でした。
 
 
「どういうことだよ。何だよ、その面は。まるで死人でも見たような顔じゃねえか」
 
 
…もしかして僕はロイドと同じ事を考えていたのでしょうか…?だとしたらかなりショックです…。
 
 
「ニールが裏切ったのか!」


「あんたの奥さんがどうしたってんだ?人質にでも取られているのか?」
 
 
ロイドが先程聞こえていた言葉から連想してそう問いかけると、ドア総督は怒りに歪ませていた顔を一気に嘲笑へと変え、口元を吊り上げて喉の奥で笑った。
 
 
「人質だと…?笑わせる。妻なら…ここにいる!」
 
 
地下室の奥、そこにはカーテンに覆われた牢屋のような部屋があった。ドア総督はそのカーテンを勢い良く剥ぎ取った。僕たちはそのカーテンの向こう側に現れたものに息を呑んだ。そこには魔物と表現して良いのか分からない生物がいた。体の色は紫色で鋭利な爪や足。顔のような部分には目のようなものが一つ見受けられた。
 
 
「泣いてる…。あの人、苦しいって泣いてる」
 
 
「ま…まさか…」


「そうだ。これが私の妻、クララの変わり果てた姿だ!」
 
 
これが、人間だったもの…?これは最早人間ではなくなっている。異形のもの。そう表現するのが正しい。
 
 
「だから、亡くなったことにしていたのね」


「父が愚かだったのだ。ディザイアンとの対決姿勢を見せたために、先代の総督だった父は殺され、妻は見せしめとして悪魔の種子を植え付けられた。私が奴らと手を組めば、妻を助ける薬をもらえるのだ」
 
 
父が愚かだと叫ぶドア総督は、ロイドの事をきつく睨み付ける。その顔にはまたしても怒りが戻ってきていた。お前たちが死ねば妻は助かると、その顔は語っていた。そんな光景に僕は吐き気がした。ドア総督の父は偉大な事をなさろうとしたのに、彼はそれとは反対にそれを愚かだと吐き捨て、なおかつ誰かの命を差し出そうとしていた。
 
 
「あなたはこの街の人を裏切ったのですか…」


「知ったことか!所詮ディザイアンの支配からは逃れられん」


「コレットが…神子が世界を救ってくれる!」
 
 
彼は、信じている。彼女が世界を再生し、世界に平和が訪れる事を。しかし目の前にいるドア総督にはその言葉は届かなかった。何回も失敗を繰り返している世界再生に期待など出来ない、と。絶対ではない以上は信じられない。それに街の人たちは自分のやり方に満足していると。
 
 
「黙れ!何がお前のやり方だ!あんたの奥さんは確かに可哀想さ。でもな、あんたの言葉を信じて牧場に送られたばかりに、あんたの奥さんのようにされた人だっているかも知れないんだぞ!」


「黙れ小僧!自分だけが正義だと思うな!」


「ふざけろ!正義なんて言葉、チャラチャラ口にすんな!俺はその言葉が一番嫌いなんだ!奥さんを助けたかったなら、総督の地位なんか捨てて、薬でも何でも探せばよかったじゃないか!あんたは奥さん一人のためにすら地位を捨てられない屑だ!」
 
 
ドア総督の叫びに、ロイドはカッとして掴みかかりそうな勢いで叫ぶ。僕はそんなロイドの腕を掴んで、首を振った。
 
 
「誰もがあなたのように強く生きられない…」
 
 
諭すようにそう言った僕の言葉に、ロイドは目を見開いて悔しそうな、泣きそうなそんな悲しそうな顔をした。彼には受け止められないのだ。僕が言葉の意味が。それは彼が強すぎたせい。そのせいで彼は僕の言葉の意味を上手く受け止める事が出来なかった。
そんなロイドを見たコレットは一歩前に出て、優しい声で言った。
 
 
「その薬っていうの、私たちで取ってきてあげよう?そしたら総督だって、もうディザイアンの味方にならなくてもいいんだから」


「…私を、許すというのか」


「あなたを許すのは、私たちではなくて街の人です。でもマーテル様はきっとあなたを許してくれます。マーテル様はいつでもあなたの中にいて、あなたの再生を待っていて下さるのだから」
 
 
コレットの温かな言葉。この言葉は確かにドア総督の胸に届いた。その証拠にドア総督は顔を俯かせ、自分の胸に手を当てていた。彼女の言葉はロイドのような強さは含んでいない。弱い者へ、慈愛と誠意を持って答える言葉だった。これで総督はディザイアンに手を貸す事なんてなくなった。そう思って息をついた瞬間、あまりにも残酷な音がその場に響いた。
何かが肉を裂く音と、血が散る音。
 
 
「馬鹿馬鹿しい!人間ごとき劣悪種にマーテル様が救いの手を差し伸べて下さることはありません」
 
 
冷たい言葉を発したのは彼の娘であるはずのキリアだった。その言葉はあまりにも残酷で冷たいものだった。ドア総督は呆然とした表情のままその場に崩れ落ち、床には血が広がった。ハッと、何かが頭の中に蘇る。赤い、赤い血。僕はそれを見ていた。その傍に立ち尽くして、自分の足元にあるそれを見る事しか出来なかった…。
 
 
「許せない…!」
 
 
コレットが怒りを露わにし、武器であるチャクラムを強く握り締めた時、僕は漸くハッとして自分の武器を構える。気がつけばキリアは小さな少女の姿ではなく、魔物の姿へと変わっていた。完全な魔物…。
 
 
「人間ではないのなら、手加減など不要!」
 
 
どうしようもない怒りが込み上げてくる。過ちを正そうとした彼を、この魔物が殺そうとしたのだ。許せない。許してはならない。
けれど、僕はその気持ちを抑え込まなければならない。僕はいつでも冷静でなければならない。これは義務。冷静に、いつだって冷静に…。
 
 
「フリーズランサー!」
 
 
どんな時でもそれを努めなければ、なりません。
 
 
 
 
 

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