名前、離別、信頼


 
 
 
 
 
とりあえずセフィロトについては何の問題もなかった。ルークの超振動はだいぶ安定して使えてるみたいだし、セフィロトも無事起動している。俺たちは今、大地が完全に降下するまでここに待機って事になっている。俺とスパーダはと言うと、相変わらず距離を掴みかねているのか、離れたところに座っていた。俺はそれに対して何を言うわけでもなく受け入れている。だってスパーダを不安にさせちまってるのは俺のせいなんだ。俺がこれくらい我慢できなくてどうするってもんだ。
 
 
「喧嘩でもしたんですか?」
 
 
立ちっぱなしも面倒なので地面に胡坐をかいて座っていると、上から声をかけられた。姿なんて見なくてもすぐにわかる。この嫌味全開な声。ジェイド・カーティス陰険鬼畜大佐様だよ。
 
 
「意味がわからんな」
 
 
視線をそちらに向けることなく、リリーを背中から外して様子を見る。相変わらず刃こぼれも霞もない美しい刀身だ。さすが鍛冶神が作った名刀だけある。俺はその刀身を眺めながらも手入れをする。
 
 
「意味がわからないとは、それこそわかりませんねぇ…。スパーダがあなたから意図的に距離を取っている。絶対的な信頼を持っているはずのあなたたちが」
 
 
「それで?」
 
 
「ですので、喧嘩したのか尋ねているのですよ」
 
 
おそらくにやにやしているに違いない。腹立つ。ああ、腹立つ。なんでこういう時に限って一番弄りやすいガイは俺から一番遠いところにいるんだ…!いっそリリーで斬れば黙ってくれるか!?
 
 
「怖いですねえ。斬られるのはごめんです」
 
 
僅かに布が擦れるような音で、肩を竦めたことがわかった。だから俺はてめぇのそういうところが嫌いだっつってんだろ…!さっさと俺の傍から離れろ!
 
 
「それは嫌です♪」
 
 
「♪」とか35歳がつけてんじゃねぇぇぇええええ!!うぜぇぇ!ものすっごくうぜぇぇぇぇえええ!!
 
 
「大佐ぁ〜、さっきから何独り言言ってるんですかぁ?」
 
 
「嫌ですねぇ、アニス。意思疎通が出来ていれば独り言ではありませんよ?」
 
 
そう言って俺の肩に手を置いてくるジェイド。ウザくてその手を振り払うとアニスはああ、と気の抜けたような声を出した。
 
 
「大佐ってぇ、好きな子とかにはちょっかいかけたくなるタイプだと思いますぅ」
 
 
「おや、アニス。私が魔導師ラスティの事を好きだと?」
 
 
やべぇ、斬りてぇぇぇぇ…。この陰険鬼畜大佐の事をリリーで斬ってやりたいぃぃ…!もしくは灰神で燃えカスにしてやりたい…!!
 
 
「うへぇ、大佐ってめんどくさいですぅ」
 
 
アニスはそれ以上何か言うのを諦めたのか、逃げるように立ち去って行った。残されたのは俺と陰険鬼畜大佐のみ。畜生アニス、俺を置いて行くな。俺を連れていけ。むしろこの陰険鬼畜大佐をそっちに連れて行ってくれ。
 
 
「そういえば、いつの間にガイと仲良くなったんですか?」
 
 
最早リリーの刀身を磨くことに全力を注ごうとしていた俺の目の前に、ジェイドが座って来た。ンでここに座んだよ!!
 
 
「ケセドニアだ」
 
 
「名前で呼ばれてましたね」
 
 
「許可してやってんだよ。スパーダも気に入ってるみたいだし」
 
 
「ほう?」
 
 
にやりと嫌な笑みを浮かべたジェイド。なんだろ。物凄い寒気がしてきたよ?
 
 
「では、私もあなたの事を名前で呼びましょうかね」
 
 
…………。はぁぁぁああああ!?なんで、こんな、陰険、鬼畜、嫌味、根暗、大佐に!!名前で呼ばれにゃ、ならねぇんだ、よ!!!!
 
 
「いいじゃないですか♪ラスティ♪」
 
 
だからぁぁ!!
 
 
「テメェが名前を呼ぶなぁぁあああ!!」
 
 
リリーを脇に素早く寄せ、握りしめたままの拳を思いっきり振りかぶってそのすかした面にぶち込んでやろうと思ったのに!!こんのくそジェイドはあろうことかそれを受け止めやがった!!
 
 
「怖いですねぇ。良いじゃないですか、別に」
 
 
「良くねぇ!!」
 
 
吼えるようにそう叫ぶと、俺たち二人が険悪、つうか一方的に嫌悪している光景を見た他の奴らが集まって来た。ガイはとりあえず落ち着こうと言ってきているが、俺は落ち着いている。落ち着いてるぞ!
 
 
「落ち着いてねぇだろうがよ!」
 
 
フーッと威嚇するように肩をいからせると、スパーダに後頭部を強打された。うおおお、痛いよ!スパーダの愛が痛いよ!!
 
 
「一体何があったんですの?」
 
 
「陰険鬼畜大佐が、俺の名前を呼びやがった…!」
 
 
「名前…?」
 
 
「それだけであんな大声を…」
 
 
周りの奴らが呆れたような声を出しているが俺は気にならん。俺にとってジェイドに名前を呼ばれるのは死活問題だ!こんな奴と名前で呼び合うなんて、まるで仲良くなったみたいじゃないか!!うえええ!!吐くわ!!
 
 
「そういえば、私たちも名前で呼びましょう!一人だけ名前を呼ばないというのもおかしな話ですわ」
 
 
……、おっと…。ここには天然の強者王女がいたことをすっかり忘れていたよ…。
 
 
「ラスティ、諦めたらどうだい…?」
 
 
ガイの苦笑いがこれほど憎いと思った日はない…!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
セフィロトが無事降下し終わった後にティアが倒れたり、ガイがそのティアを見て恐ろしいものを見たように目を見開いていたし、なんだかよくわからないことになっていた。ガイについては後で教えてもらったからわかった。あんな気障な奴なのに女性恐怖症だとは…。しかもあの様子を見ると一筋縄じゃいかなさそうだ…。
とりあえず俺たちは徒歩でケセドニアに戻ることになった。もう少ししたら多分ノエルも戻って来るだろうと言うことも踏まえ。
 
 
「それにして、そんなに名前嫌かぁ?」
 
 
おい、ルーク。話を蒸し返すんじゃねぇよ…。思いっきり殺気のこもった視線を向けると、ルークは俺の視線に気づいたのか素早くスパーダを盾にしやがった。チッ!
 
 
「陰険大佐に呼ばれるのが嫌なだけだ」
 
 
「いやぁ、傷つきました」
 
 
「嘘臭ぇ…」
 
 
俺の言葉に素早く嫌味を言ってくる陰険大佐。腹立つから俺はしばらくジェイドとは呼ばずに陰険大佐と呼ぶことにした。鬼畜をつけても良いが、無駄に長くなるのでやめた。字数の無駄だ。
 
 
「さて…」
 
 
遊ぶのは、ここまでだ。
俺は不意に足を止めた。こっから先、俺には大事なことがあるからな。おそらく、そろそろヴァンも黙っちゃいない。
 
 
「どうした?」
 
 
足を止めた俺に真っ先に気づいたのはガイだった。そしてガイの声に全員が俺の方へ視線を向ける。俺はその視線たちを受けながらも、スパーダに視線を送った。スパーダはその灰色の目を一瞬見開いたが、すぐに悲しそうに歪めた。
 
 
「俺はここから別行動だ」
 
 
「ええええ!!なんでぇ!!せっかく便利…じゃなくて頼りになると思ってたのにぃ!!」
 
 
「おい、アニス…。俺の事情でもあるが、こっからはヴァンも動くだろう。さすがにこれだけ邪魔されてんだ。邪魔しない方がおかしい。そもそも俺はヴァンの命令を聞く必要がないような立ち位置を作ってる。ふらふらしていようが俺は咎められない」
 
 
そのために俺は六神将補佐官になるときにヴァンに約束をさせた。俺はお前の命令を聞くときもあるが聞かない時もある。お前は俺を拘束することは出来ない。俺に、自由に動くことを許可する。それが呑めるのなら、補佐官になってやると。だからヴァンは俺の事を命令で捕まえることも、謹慎とか軟禁とかで拘束することは出来ない。そしていつどんな時でも自由に行動できる権利を与えている。
 
 
「ヴァンが動くと仰いましたが…、どのような動きを?」
 
 
「そこまでは知らねぇよ。けど、ここまで邪魔されてんだ。向こうも何も手を打たないってこともないだろ。そう遠くないうちに色々仕掛けてくると俺は思うね。だから俺は一度ダアトに帰るよ。裏方の仕事に徹してみるのも悪くないからな」
 
 
この権利があったおかげで俺はルークたちの手伝いを出来たし、怪しまれることなくダアトに帰還することも出来る。もちろん補佐官だから簡単にイオンには会えなくなっちまうが、そっちは全く問題ない。俺には女神がついてるんだから。
 
 
「じゃあ、また離れるのか…?」
 
 
ガイが何か言いたげな顔をして俺の事を見ている。ガイの言葉の後ろにあるスパーダへの思いをしっかりとわかっているつもりだ。ガイは甘いからな。彼をおいて行くのか、とか思ってるんだろう。けど、違う。置いてくんじゃねぇ。
 
 
「信じてるからな。どんなに離れても、俺たちは仲間だ」
 
 
にやりと笑みを浮かべながらそう言うと、若干俯きがちなスパーダが少し笑ったような気がした。俺はそれに満足すると、その場から一歩後退った。
 
 
「まあ、どうせダアトに行ったら会うかも知れねぇんだ。気を落とすなよ!」
 
 
背負っているリリーにそっと触れる。行くぞ、リリー。
 
 
――疾風――
 
 
俺を包むように一陣の風が吹く。その風が周りの砂を巻き上げ、ルークたちは素早く目を庇うように腕で目を守る。吹いてきた風は俺の脚を包むように渦巻く。ルークたちが視線をまだ外しているうちに、俺は一気に跳躍した。
 
 
「じゃあな!また会おうぜ!!」
 
 
上空から見下ろしたルークたちは唖然としているようだったけど、俺には全く関係ない。俺はそんな奴らをこっそりと笑いながら疾風で素早く上空へと飛び上がった。さて、この状態で魔界から外殻大地に行けるかな?
 
 
――問題ないわ――
 
 
うん、了解!
俺は一気にスピードをつけ、そのまま上空に開いている穴に向かって飛び込んだのだった。
 
 
 
 
 

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