誤魔化せない背中


 
 
 
 
 
ラスティとガイが何か話しているようだった。話の内容は良く聞こえなかったが、ラスティが低い声で何かを語っていたことはわかった。こういう時は大体あいつの下らねぇ過去の話をしてるに決まってる。あいつはいつまで経っても過去を引き摺ってんだよ。本人は過去より未来なんて言ってやがるが、あいつが一番過去を気にしてる。そういうとこも改善されれば一番楽なんだけどな…。
後ろに向いていた意識を前に戻すと、ケセドニアの国境線に着いていた。そこにはいかにも偉そうな二人の男が兵士に囲まれて歩いていた。
 
 
「アルマンダイン伯爵!これはどういうことです!」
 
 
ナタリアの鋭い声にその場にいた全員の動きが一斉に止まり、兵士は素早く敬礼をしてナタリアのために道を開けた。一方、名前を呼ばれたアルマンダインとかいう奴は目を見開いてナタリアの事を見ていた。
 
 
「私が命を落としたのは誤報であるとマルクト皇帝ピオニー九世陛下から一報があったはずですわ!」
 
 
凛としたナタリアの声に、アルマンダインは委縮して戸惑いがちに口を開いた。
 
 
「しかし実際に殿下への拝謁が叶わず、陛下がマルクトの謀略であると…」
 
 
「私が早く城に戻らなかったのは私の不徳が致すところ。しかしこうしてまみえた今、もはやこの戦争に義はないはず。ただちに休戦の準備にかかりなさい」
 
 
難しいことばっか言ってんな…。俺、全くわからねぇぜ…。
 
 
「アルマンダイン伯爵。ルークです」
 
 
ナタリアの後ろからルークがゆっくりと前に出る。そんなルークの様子を見てアルマンダインは死人を見たように目を見開き、震える声で生きていたのかと呟くように言った。
 
 
「アクゼリュスが消滅したのは俺が――私が招いたことです。非難されるのはマルクトではなく、このルーク・フォン・ファブレただ一人!」
 
 
「此度の戦いが五階から生じたものなら、一刻も早く正すべきではありませんか!」
 
 
「それに、戦場になっているルグニカ平野は、アクゼリュスと同じ崩落……消滅の危険があるんだ!」
 
 
「さあ、戦いを止めて今すぐ国境を開けなさい!」
 
 
王族二人の言葉に、周りがざわめき、兵士もどうすればいいのか戸惑いつつも国境を開けようとすると、アルマンダインと一緒にいた男が急に俺たちの方へと近づいてきた。その顔には気持ち悪い笑みが浮かんでいた。
 
 
「待たれよ、ご一同。偽の姫に臣下の礼を取る必要はありませんぞ」
 
 
にやりとした笑みに、嫌なもんを感じ取った。
 
 
「無礼者!いかなローレライ教団の大詠師と言えども、私への侮辱はキムラスカ・ランバルディア王国への侮辱になろうぞ!」
 
 
ナタリアが国への侮辱になると叫んでも、モースとかいう奴の表情は崩れねぇ。嫌な予感しかしねぇな…。
 
 
「私はかねてより、敬虔な信者から悲痛な懺悔を受けていた。曰くその男は、王妃のお側役と自分の間に生まれた女児を、恐れ多くも王女殿下とすり替えたというのだ」
 
 
いきなりそんな事を言ったとしても、誰が信じるかよ!案の定ルークもでたらめだと叫んでいる。でも、モースの表情は揺るがない。
 
 
「でたらめではない。ではあの者の髪と目の色をなんとする。いにしえより、ランバルディア王家に連なるものは赤い髪と緑の瞳であった。しかしあの者の髪は金色。亡き王妃様は夜のような黒髪でございましたな。この話は陛下にもお伝えした。しっかとした証拠の品も添えてな。バチカルに行けば、陛下はそなたを国を謀る大罪人としてお裁きになられましょう!」
 
 
王族とか血筋とか…。そんなもんがこの世界では必要なのかよ…。貴族だから偉いとか平民だから弱ぇとか、そんなん関係あるかよ!
 
 
「そんな…、そんなはずありませんわ…」
 
 
ナタリアが顔を真っ青にして俯くと、モースは興味がなくなったように振り返り、アルマンダインに戦場に戻るように促していた。アルマンダインはそれに戸惑いながらも踵を返して戦場に向かって歩き出しちまった。
 
 
「おい、待てよ!戦場は崩落するんだぞ!」
 
 
ルークが兵士たちの間からモースに向かってそう叫ぶ。こっちに振り返ったモースは、平然と言ってのけた。
 
 
「それがどうした」
 
 
まるで、感情のない人形みたいだった。
 
 
「戦争さえ無事に発生すれば預言は果たされる。ユリアシティの連中は崩落ごときで何を怯えているのだ」
 
 
これが、この世界の負。この世界における悪。預言という存在そのものが、この世界を腐らせてやがる。思わず振り返ってラスティを見ると、あいつは厳しい目でモースの事を睨みつけていた。
 
 
「大詠師モース……。なんて恐ろしいことを…」
 
 
「ふん、まこと恐ろしいのはお前の兄であろう。それより導師イオン。この期に及んでまだ停戦を訴えるおつもりですか」
 
 
「いえ、私は一度ダアトに戻ろうと思います」
 
 
はぁ!?今戦争を起こそうとしてる奴がいるダアトに戻るだと!?イオンは何を考えてやがるんだ!?
 
 
「イオン様!?マジですか!?帰国したら、総長がツリーを消すためにセフィロトの封印を開けって言ってきますよぅ!」
 
 
「ヴァンに勝手な真似はさせぬ。……さすがにこれ以上、外殻の崩落を狙われては少々面倒だ」
 
 
モースの言葉にいまいち信用が置けない。だってこいつは戦場が崩落しようとも関係ないって言ってのけた外道だ。そいつの言葉がどうして信用出来る!?
 
 
「力ずくで来られたら…」
 
 
「そうなったら、アニスが助けに来てくれますよね」
 
 
イオンの言葉にアニスが目を丸くして首を傾げていると、イオンは覚悟を決めた目をして息を吸った。
 
 
「唱師アニス・タトリン。ただいまを以て、あなたを導師守護役から解任します」
 
 
「ちょ、ちょっと待って下さい!そんなの困りますぅ!」
 
 
突然の事について行けなくなったアニスが混乱しながらそう言うと、イオンはアニスに一歩近づいて俺たちにしか聞こえない音量で言った。
 
 
「ルークから片時も離れず御守りし、伝え聞いたことは後日必ず僕に報告して下さい。頼みましたよ。皆さんもアニスをお願いします」
 
 
イオンはルークたちに向かってそう言うと、モースと共にダアトに行ってしまった。ルークはそんなイオンの姿を見て、悩まずにはいられなかったらしい…。まあ俺も意味が理解出来ねぇけどな。
 
 
「アニスをここに残したということは、いずれは戻られるつもりなのでしょう。それより――」
 
 
ジェイドの言葉により、視線が一斉にナタリアに集められる。ナタリアはその視線を受けながらも弱々しく首を振った。大丈夫だと言い張って。
 
 
「大丈夫じゃねぇだろ…」
 
 
気丈に振舞おうとしているナタリアの背中は本当は不安でいっぱいだった。あいつの背中もすぐに感情が出てるからわかった。表情や言葉で誤魔化せても、背中っつうのは本音が出やすいもんなんだぜ…?
とりあえず俺たちはモースのせいで塞がれた国境を渡るためにどっか抜け道を探すことになった。
 
 
 
 
 

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テーマ「人外ファンタジー」
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