忘却と名前の意味


 
 
 
 
 
住人を連れて戦場を見事突っ切った俺たちは目の前の光景に驚いた。いや、俺は驚いてないんだけどほら、ルークたちがねぇ?んで、何に驚いたかっていうと、ナタリアたちの姿が見えたからだ。だってよ、わざわざカイツールに降ろしたにも関わらずケセドニアにいるっていうのは驚きだろうけどよ。
 
 
「どうしてここに!?停戦は一体…」
 
 
「総大将のアルマンダイン伯爵が大詠師モースとの会談のためにケセドニアへ向かったと聞いて…」
 
 
ああ、なるほど。つまりカイツールで下っ端を止められんかったから根元から止めてやろうと乗り込みに来たってことか。まあいいんじゃね?手っ取り早いし。
 
 
「せ、戦場を突っ切ったのか!馬鹿かお前っ!危ねーだろ!」
 
 
いや、俺たちも人の事言えねぇし。
 
 
「あ、あなただって同じことをなさったのでしょう!?」
 
 
ああ、ほら。ナタリアに同じように返されちまってるし。後ろいるガイに落ち着くように言われてるし…。この二人ってなんだか心配なんだよなぁ…。
 
 
「ここで言い争う前に話し合いに行きましょう」
 
 
イオンの冷静な言葉に頭が冷えたのか、ルークは自分の朱色の髪を掻きながらバツが悪そうな表情をした。
 
 
「そうか。そうだな。そっちの方が重要だもんな」
 
 
ルークのその言葉にナタリアも自分が熱くなっていたことに気づいたのか、席をしてから行きましょうと言って歩き出した。俺もさり気なく後ろの方を歩いていると、いつの間にか隣にガイがいた。それが良くわからずにガイを見ていると、何故か苦笑いされた。何故だ?
 
 
「君は、弱いのかい?強いのかい?」
 
 
「はぁ?」
 
 
唐突にわけのわからんことを問いかけられたぞ。俺が弱いか強いかって?え、だって俺たち今まで一応一緒に行動してたよな?なら俺の強さがわからないわけないよな?素人じゃなかったら俺が強いか弱いかなんて一目瞭然!俺は最強に決まってる!
 
 
「いや、腕の話じゃないよ。俺が聞きたいのは精神力の強さだよ」
 
 
「……ほお?それで?セシル君はそれを聞いてどうするつもりだ?」
 
 
精神力の強さ、ねぇ?俺にそんなことを聞くってことは何か?弱点でも探りたいのか?いや、それ以前にセシル君は俺の弱点を知ってるんじゃないか?だって俺とスパーダが付き合ってるのを知ってる唯一の人だし。まあもしかしたらあの陰険鬼畜眼鏡大佐も知ってるかもしれんが…。
 
 
「どうやらスパーダの話を聞くと君は自己犠牲が強いらしい。なら自分を犠牲にできる君は強いのかい?」
 
 
なるほど…。何かを知っているとスパーダが言ったのは俺の敷いてしまった境界線を感じてるからか。やっぱ、バレないっつうのは難しいかもしれねぇな…。
 
 
「…セシル君はさ、何かを失ったことはあるかい?」
 
 
「…もちろん…」
 
 
「じゃあ初めから持っていなかったことはあるかい?」
 
 
「初めから…?すまない、どういう意味だ?」
 
 
俺は初めから持っていなかった。当然あるべき環境も、人格も、感情も、無償の愛も。俺は、何も持っていなかった。
 
 
「あるべきはずのもの。あって当然のもの。それを持っていなかったことはあるかい?生まれてからずっと」
 
 
ガイは、何も言わずに俺の言葉の続きを待っていた。俺はただ自嘲に似た笑みを浮かべていた。
 
 
「俺はあるよ。俺は空っぽだった。人形だった。誰かの命令で動くようなちっぽけな意志を持たない人形だった。けどさ、その人形はとある傭兵に拾われて、人並みの生活を送って人になった。そして、仲間っていう大切なものを見つけた。囲って囲って、大切にしたい、とっても大切なもの」
 
 
大切にしたい。誰かに捕られてしまわないように。誰かに傷つけられないように。俺は、失いたくない。
 
 
「俺が自己犠牲が強いんじゃない。俺は弱い人間さ。だから自分を犠牲にしたがる。独占欲が強くて、自己中心的で、我が儘。俺はさ、もう失いたくないんだよ。俺という人間の存在を証明するための仲間を。俺が死ぬのは心臓を貫かれて止まった時じゃない。仲間が死んで俺という存在を証明してくれる人間がいなくなった時なんだよ。俺は、その時が一番恐ろしい。きっと誰も知らないっていうのは死ぬより苦しいんだと俺は思うよ…」
 
 
仲間が消えた時、そこにいるのは果たして俺なのだろうか?俺という皮を被った別人じゃないんだろうか?そもそも「俺」とはなんなのか?誰なのか?そう考えてしまうと俺は怖い。臆病だから自分を傷つけてでもスパーダを守りたい。
 
 
「俺は醜い感情を持つ臆病者さ」
 
 
だから俺はスパーダに隠し事をする。俺が俺として存在していたいがために。こんな自己中の事を心配してくれるスパーダは、すっごく優しいんだ。大好きだ。俺を甘やかしてくれるあの灰色の目とか、乱暴だけど優しい言葉とか…。
 
 
「忘れられたくないのは、誰だって当り前さ」
 
 
気が付いた時には、足が止まっていた。
 
 
「俺だって忘れられたら怖い。今ここにいるルークや旦那たちに忘れられるのは怖い。もちろん仲間を死なすのも怖い。けど、それは醜い感情なのかい?」
 
 
ガイの空みたいに青い目は俺の事を真っ直ぐ見つめていた。俺は、視線を外せなかった。
 
 
「それが醜いんだったら、復讐しようとしていた俺はどうなんだ?俺は醜くないのかい?ルークがいくら許してくれたからとはいえ、俺は復讐するためにファブレ家に紛れ込んだ。でも、君は違う。スパーダを守るために隠し事をして、誰かに睨まれても彼のために一生懸命働いている。…少なくとも俺は、醜いなんて思わないよ。それは素晴らしい事だと思う。誰かのために自分を投げ打ってでも行動できるなんて」
 
 
良くわからない寒気が襲ってきて、思わず自分の体を抱きしめていた。ガイは、何を言いたい。俺が素晴らしいだって?寝言か?俺はそんなんじゃない。
 
 
「スパーダは少なくとも君をそんな風に思っちゃいないよ。まあ馬鹿とは言っていたけどね。でも、スパーダは君を救おうとしてる。それを忘れないでくれ、ラスティ」
 
 
初めて呼ばれた。リリーとスパーダとルーク以外で嫌味も含まずにあっさりと、俺の名前を呼びやがった…。突然の出来事に動けずにいる俺の横を通り過ぎてガイは歩いて行ってしまう。名前、呼ばれた。二つ名も付けずに呼ばれた…。「仲間」として…。
 
 
「良く、わかんねぇよ………!!」
 
 
歩いているガイの背中に向かって小さく叫ぶ。俺と大して変わらない身長のくせに、その背中が無駄に大きく見えて、なんだか腹が立った。俺のお義父さんとおんなじ何もかも理解しているみたいな顔をして偉そうに語って、変に甘くて…!
 
 
「良くわかんねぇよ…!!馬鹿ガイ!!」
 
 
これだから大人は嫌いなんだ!!
 
 
 
 
 

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