臆病者の覚悟
やはりこれも聞いていた通りだ。魔界から外殻に戻ってみたら戦争が始まってやがった。多くの奴らが殺され、殺し、侵略している。これが俺たちの世界とはまた違う大規模な戦争…。俺たちの所みたいに俺一人で何もかも終わらせることの出来ないデカい戦争。
「どうして…!どうして戦いが始まっているのです!?」
窓の外から見える景色は、あんまり信じたくないものだ。せっかくピオニー陛下からの許可をもらってセントビナーの人々を助けたっていうのに、結局戦争は始まっちまったんだからな…。
俺はルークたちが話し合っているのを見つめながらこれからの事を考えていた。スパーダには近いうちに離れると言ったものの、本人に言ったように俺は時期を決めあぐねている。どのタイミングで離れれば、他の六神将に怪しまれずに済むか、ヴァンに言い訳できる程度の時間とはどれくらいか…。
――それもあるけれど…。あなた、あれを本気で実行するつもり…?スパーダが知ったら…――
……例の話か…?リリー、今その話をしている場合じゃ…。
――いいえ、今だからしたいの。あなたは臆病者だから、大切なものを失うのを恐れる。恐れるから何も知らせたくない。何も知らない間に自分だけ傷ついて、相手がそれを何も知らずに笑っていてほしい。確かにあなたはスパーダに好きという感情を偽らなくなった。それは私にもわかるわ。でも、あなたはまだ偽っている部分がある。それが危険な部分。失いたくないから、傷つけたくないから、あなたはそうやって何でも背負い込む。この世界にはあなたを理解してくれる人が少ない。だからあなたの行為が成り立っている――
…………。
――スパーダは、何も知らないわけじゃない。少なくとも、あなたが何か大きなことを隠していて、私たちが何かと繋がっていることを知っている。あなたは彼に命令をする。それは彼があなたの騎士だから。でもね、ラスティ。彼はあなたの騎士である前に一人の恋人なの。騎士の彼があなたの言う通りに動いてくれても、恋人の彼はあなたの言う通りにはならないわ。むしろあなたを助けようと無茶をするような人。そんなことが理解できないわけじゃないでしょう?スパーダも馬鹿じゃない。それでもあなたは…隠し事をするつもり…?――
……。どんだけ饒舌に語ろうと、スパーダの事を持ち出したとしても、俺の覚悟は変わらない。俺は、あいつを悲しませるかも知れない、泣かせるかも知れない。それでも、俺は何も知らないでいて欲しいんだ。その時が来るまで。その時が来てしまうまで…。
――ラスティ……――
リリーは、それ以上は語らなかった。俺がどれほどの覚悟をもってこの先に挑もうとしているか理解しているからだ。それでもスパーダの話を持ち出したのは、俺に止めて欲しいから。この先起こるであろう出来事を、止めて欲しいから…。
「ラスティも、一緒に来てくれないか?」
ふっと、いつの間にか閉じていた目をゆっくりと開けると、目の前のルークは硬い表情で俺の事を見つめていた。翡翠の目が揺らいでいる。俺に対する恐怖じゃない。警戒でもない。心配してるんだ。
「珍しいな、ルー君。てっきりスパーダを選ぶと思ってたぜ?」
いつもとは違うにやりとした笑みを浮かべると、ルークは一瞬ドキッとしたような顔をしたが、若干乗り出すように声を荒げた。
「い、嫌なのかよっ!?」
「いんや?むしろ選んでくれて嬉しいぜぇ?ルー君とは色々と話をしたかったからな」
今度は緩く笑みを浮かべながらそう言うと、ルークはそっぽを向きながら照れたように鼻を鳴らした。
「スパーダ。そっちは任せたぜ?セシル君では心許ないと思うが…」
「それどういう意味だいっ!?」
「ああ、分かった。大丈夫だ。ガイが使えなくてもアニスやナタリアがいるからな」
「スパーダ!?なに、を!?」
「ああ、女は強しっていうのはどの世界も共通だからな…。まあお前がいれば心配ないけどな!くれぐれも怪我をしないように!」
とことんガイを苛めながらそう言うと、ガイがアルビオールの端の方で小さくなってた。ふふふ、本当に弄りがいのある男だ。
「では、まずカイツール付近でナタリア組を降ろしましょう」
ガイがどんだけ苛められていようとも、この陰険大佐には関係ないみたいだからな。ま、ガイ弄りは楽しいから別にどうでもいいんだけどよ。むしろ邪魔しないし。大佐も若干苛めてるし。
「どうせ…俺なんて損な役回りさ……」
じめじめとキノコを生産していたガイなんて俺は見てないぜ?だって俺の知ってるガイはもっと寒くて気障でカッコ悪い奴だからな!!
エンゲーブについて真っ先に向かったのはこの村で一番偉い…っつても村長みたいなもんらしいが、その人の家。なんつーか、かかぁ!って言いたくなるようなおばちゃんだった…。
「大佐!戦線が北上するって噂は本当ですか」
「そうたやすく突破されはしないと思いますが、この村がきわめて危険な状態なのは確かです」
まあルグニカ平野でおっぱじめてんなら危険しかないとおもうがな…。セントビナーも今は崩落してこの外殻大地にはないし。ローズっておばちゃんが言うにはグランコクマはもう首都防衛作戦に入ってるから避難できないらしい。ルークはここがルグニカ平野である以上危険だと思っているのか、ケセドニアまで逃げられないかジェイドに提案している。
「まあ、真ん中の街だからな…。ダアトの影響も強いから大丈夫じゃね?」
「しかしこの街の全員をアルビオールに乗せるのは無理です。かと言って徒歩で戦場を移動するのも危険でしょう」
ジェイドの言ってることが正しいのはわかるが…。この場において住人を助ける方法は戦場を突っ切って逃げる事しかないと俺は思うぞ?だってここはルグニカ平野にある街だ。もしも弱者だけでもアルビオールに乗せるとしよう。残された者たちには崩落の危険が残されている。ローズがキムラスカに投降すると言うが、ルークがそれをすぐに反対する。
「ルークよ、なんとなく思いついてんだろ?」
「…ああ。ジェイド、アルビオールはノエルに任せて、俺たちも徒歩組を護衛しようぜ」
いいねぇ…。素直の気持ちを表に出せるようになったルークは眩しくて…。
「ルーク…。そうですね。ただ、私たちだけでは心許ない。エンゲーブの駐留軍に話をつけてきます。せめて我々の後方を一個小隊が守ってくれれば…」
ジェイドはそう言いながら家の外へと出て行った。その駐留軍に話をつけに行ったんだろうな…。あの陰険大佐も少しは丸くなったんじゃね?なあ、そう思わんか?
――そうね…――
「……」
リリーは、やはり俺の事を許せないのだろうな。スパーダの事を好きだとあれほど言っている俺がスパーダを悲しませることをするなんて…。でもよ、俺は守りたいんだ。スパーダが馬鹿じゃなくて俺の企みに気づいていたとしても、それでも俺は守りたい。
「ルーク、村人に避難の準備をさせよう」
「お、おう!」
何か、体を動かしていないと考えちまいそうだ。スパーダの、泣きそうな顔…。
しばらくして、ほとんどの人間が準備を完了させ、アルビオールに女、子供、老人を乗せている時、ジェイドが俺たちの所に帰ってきた。
「なんて?」
「もしも予定より早く搬送が終わった場合、こちらに来てくれることになっています。まあ…期待しない方がいいとは思いますが」
確かに…。俺たちは今から行動を始めるが、向こうはまだ忙しいみたいだし…。ルークもそれがわかっているから難しい顔をしている。でも、ティアは背後が安心できることだけでもいいと柔らかい視線を向けている。
「よし、じゃあ行こう!」
なぁんにも、起こらなきゃいいんだがねぇ……。