手のひらの光


 
 
 
 
 
「ですから父上、カイツールを突破された今、軍がこの街を離れる訳にはいかんのです」
 
 
「しかし民間人だけでも逃がさんと地盤沈下でアクゼリュスの二の舞じゃ!」
 
 
「皇帝陛下のご命令がなければ我々は動けません!」
 
 
セントビナーに来て真っ先にこんな喧嘩を聞かなければならないとは…。こんな時までこの親子は元気だよなぁ…。
 
 
「ピオニー皇帝の命令なら出たぜ!」
 
 
そんな二人の会話を遮ったのはルークだった。突然の訪問者に二人は驚いて俺たちの方を見た。特に息子の方なんてそりゃあもう目をまん丸くさせてやがる。まるでお化けでも見たような顔だ!
 
 
「カーティス大佐!?生きておられたか!」
 
 
「して、陛下はなんと?」
 
 
予想通りの息子のグレンに比べ、マクガヴァン元帥は随分と冷静なようで、すぐさま俺たちに情報を求めた。まあその冷静さが元帥という地位の現れなんだろうけどな。
 
 
「民間人をエンゲーブ方面へ避難させるようにとのことです」
 
 
ジェイドの言葉に元帥は納得した表情を浮かべているがグレンの方は町の守りが薄くなることを懸念しているようだ。が、今は街なんぞ守っている暇はない。どっちみちこの街は魔界に沈むんだからな…。
 
 
「何言ってるんだ。この辺、崩落が始まってんだろ!」
 
 
「街道の途中で私の軍が民間人の移送を引き受けます。駐留軍は民間人移送後、西へ進み東ルグニカ平野でノルドハイム将軍旗下へ加わって下さい」
 
 
ルークとジェイドがそう言うと、グレンは苦い顔をしながら了解した。ま、上からの命令もあるから逆らうなんざしないだろうけどな。グレンと老マクガヴァンはすぐさま民間人を避難させるために部屋を飛び出していった。ちなみに俺は、結局リリーの姿を借りることにした。だって他の人間も考えてみたが、スパーダに「違和感あっからやめろ」って言われちまったからな。つか違和感ってなんだよ違和感って…。
 
 
「慌てないで。大丈夫、落ち着いて移動して!」
 
 
慌てたように走っていく町の人たちにそう声をかけてみるものの、崩落が迫っていると言われてしまったのでは冷静にはなれないようだ。人々は急いで町の外へと駆け出していく。俺はそんな人の流れに注意を向けながらも、近づいてくる気配に眉をひそめた。
 
 
――来たわ…邪魔者…――
 
 
リリーの呆れたような言葉に、俺も思わずため息をついた。そして次の瞬間には軽い爆音。
 
 
「逃げなさい!」
 
 
ジェイドの鋭い声が聞こえ、そちらに視線を向けると、小さな男の子が恐怖で固まっていた。男の子の頭上からはあの馬鹿の機械が迫っていたが、ルークが素早くその子を抱えて転がったので、無事なようだ。
 
 
「ハーッハッハッハッ。ようやく見つけましたよ、ジェイド!」
 
 
………ウザい高笑いと共にやって来たのは、一応俺の同僚で同じ六神将仲間のディスト。まあ悪い奴ではないとは思ってる。良い奴とも思ってないが…。
 
 
「この忙しいときに……。昔からあなたは空気が読めませんでしたよねぇ」
 
 
こいつはいつも空気読めてないぜ、ジェイド。だって俺とアリエッタが和やかな雰囲気を醸し出している最中にも平気で入ってくるような男だからな。あの時の事は…後で百倍にして返してやろーっと…。
 
 
「っ!悪寒が…。いや、それよりも導師イオンを渡していただきます」
 
 
「断ります。それよりそこをどきなさい」
 
 
なんとなく、ジェイドの「断ります」に力が入っているように思えてならない。ジェイドって本当にディストが嫌いなのかねぇ…。なぁんて考えているとディストは不意に真面目な、ジェイドを見下すような視線になった。
 
 
「へぇ?こんな虫けら共を助けようと言うんですか?ネビリム先生のことは諦めたくせに」
 
 
ネビリム…?聞いたことのない名前だな…。ローレライからもそんな名前を聞いたことがない。ってことはそのネビリムという人はルークには直接関係ないって事か…。しかし…。
 
 
「……お前はまだそんな馬鹿なことを!」
 
 
ジェイドが珍しく苦い顔をしている…。蒸し返されたくないと表情が言っている。ジェイドがディストを嫌っているのはもしかしてそのネビリムって人が関係しているのかね…。
 
 
「さっさと音を上げたあなたにそんなことを言う資格はないっ!さあ導師を渡しなさい!」
 
 
ディストがそう叫ぶと、セントビナーの門を塞ぐように立っていた機械、多分カイザーディストとかダサい名前の機械が動き始めた。ああ、もうめんどくさいなあ!!
 
 
「皆さん!気を付けてください!」
 
 
ジェイドはそう言いながら素早く後ろに下がり、術の詠唱を始める。前衛タイプのルークとガイ、そしてスパーダは真っ先に前に駆け出し、カイザーディストに斬りかかる。ティアは回復役だしアニスもジェイドと同じように後ろで詠唱している。ならば俺は前に出るしかないな!
 
 
「この姿で戦うのは初めてなのよ、ねっ!」
 
 
リリーの姿でリリーを振るうっていうのはまたまたシュールな光景だな。だが、今はそんな呑気なことを言っている場合じゃないが。
 
 
「食らえっ、閃光墜刃牙」
 
 
天を抉るようなルークの攻撃。カイザーディストにはあまり効果的ではないようだが、それでも表面の金属を削るくらいは出来ているようだ。ガイがそんなルークを見て背後から腕の接続部に剣を振り下す。ガン、と固い音がするがもちろん切断なんて出来やしない。スパーダも剣で関節部を狙いながら、時々下級術で応戦している。
 
 
「雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け!サンダーブレード!」
 
 
翠神で斬りかかろうと考えていると、ジェイドの詠唱が完成したようで上空から電気を纏った剣が降ってきてカイザーディストを貫く。それに追い打ちをかけるようにアニスが高らかに杖を掲げた。
 
 
「歪められし扉、今開かれん!ネガティブゲイト!」
 
 
カイザーディストのいる空間に歪んだ空間が生まれ、全てを飲み込もうと唸りを上げる。しかしカイザーディストはかなり頑丈に作られているらしく、びくともしない。幸いサンダーブレードはそれなりの効果があったようだが。
 
 
「やっぱり、斬るよりも落とした方がいいわね!」
 
 
手元のリリーをくるりと一回転させてからパシリとキャッチする。そして強く握りしめながらにやりと笑みを浮かべる。
 
 
「第五神、紫神!」
 
 
ばちりと唸るのは紫電。俺は紫電を纏ったリリーを強く握りしめながらカイザーディストへと振り下した。接触した瞬間に、紫電はカイザーディストを一瞬にして包み込み、ショートさせる。カイザーディストは紫神の協力の電力に耐えきれず、止まった。
 
 
「ようやく止まったわ」
 
 
呆れたようにため息をつくと、カイザーディストはガクガクとおかしな音を立て始める。その様子に慌てて目を見開くと、カイザーディストは爆発してしまった。
 
 
「な、に!?」
 
 
予想外すぎる展開について行けずにいると、爆発のせいで門がぶっ壊れ、大きな揺れが街全体を襲った。気が付いた時にはもうディストはおらず逃げ出したとわかった。しかし…。
 
 
「まさかこのタイミングとは…」
 
 
堕ちるとは知っていた。邪魔の事も知っていた。しかし、このタイミングで堕ちるとは知らなかった。俺たちは言葉としての情報を脳に叩きこんでいるが、映像としては全く知らない。それがこうなってしまうとは…。
 
 
「ラスティ…、どうすんだ?」
 
 
ルークとティアが堕ち行こうとする街の半分を見下ろしながらなんとか助けられないかと模索している。他のみんなも沈み行く街を見下ろしながら苦い顔をしている。うん、タイミングが分からなくて混乱したが、全く問題はない。俺たちは力を持っている。
 
 
「行くんだ」
 
 
リリーを鞘に納めながら崩れる街を見下ろす全員にそう声をかけた。さり気なくガイに視線をやると、何かを思い出したのか俺の事を見ていた。
 
 
「この状況を打破できるとっておきの秘策。シェリダンに行きましょう」
 
 
「やっぱり知ってたか。シェリダンの飛行実験」
 
 
「もちろん。その乗り物を借りれれば老マクガヴァンたちを助けることが出来るわ」
 
 
その乗り物の名前はアルビオール。この世界で大昔に使われていたという技術。俺たちの世界でも空を飛ぶというのは珍しい事だが、この世界ではもっと珍しい事らしい。だって大昔じゃなけりゃ空を飛べないんだからな。
 
 
「しかし、間に合うのですか?」
 
 
「問題ない。崩落にはまだ時間がかかる。急げば間に合うさ」
 
 
幻神を解きながらそう言って街の出口へと歩き出す。そう、急がなければならない。シェリダンに行ったからと言ってすぐさま機体を借りることは出来ない。何故なら…。
 
 
――事故が起こっているから――
 
 
そう。事故。急いでいる俺たちにとってはとてももどかしい現象だ。しかし、これもまた決まっている事。それを回避させるには生半可な干渉じゃ無理だ。それこそ飛行実験そのものを止めるくらいの干渉しなきゃならない。
 
 
――でも、それはさらに状況を悪化させるかもしれない。だからあなたはまだ流れに任せている。私たちは神でも全知全能ではない――
 
 
わかっているさ。俺たちはルークたちを守るための神だ。世界なんて大それたものを守るような神じゃない。スパーダもそれくらいわかってんだろ。
 
 
「ラスティ!何してんだ!早く行くぞ!」
 
 
考え事をしながら歩いていたら他のメンバーに抜かされていたらしい。俺は一度目を閉じてからゆっくりと目を開ける。
 
 
「おう!」
 
 
俺が守るのは、この手のひらに収まるような光だけだ。仲間っていう光だけを、俺は守る。
 
 
 
 
 

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