可哀そうな被害者


 
 
 
 
 
夢を見た。胸糞悪い夢だ。どこか綺麗な光が渦を巻く世界で、俺とスパーダとルークたちがいて、そしてそこにはヴァンがいた。俺はその頃にはスパーダたちの方についていて、ヴァンにリリーを向けていた。奴は俺が敵に回っても余裕を崩すことがなく、俺がこちらの世界に存在しない技を連発しても動揺なんか見せなかった。スパーダも、ルークたちも必死にヴァンと戦うけど、おかしい。俺たちはなかなかヴァンを倒せない。特に俺とスパーダなんか世界を救うだけの力があったのに、あいつは異常に強くて苦戦していた。そのうち段々ルークたちが力尽き床に膝を突きそうになっていて、俺とスパーダもすっかり疲弊していた。その時油断していて、スパーダが危険だった。俺はもちろん自己犠牲するほど優しくなかったから、間に体を滑り込ませてリリーでヴァンの剣を弾く覚悟で飛び込んだ。けど、俺はヴァンの剣を弾けなくて、リリーが代わりに弾かれちまった。ヴァンが、嫌な笑みを浮かべて弾いたリリーをその手に握った。夢の中の俺はそれがどういう意味か理解したのか、表情を硬くした。ヴァンはまるで見せしめをするようにリリーを高く掲げて、俺を嘲笑ってからリリーを俺に向かって振り下した。視界の端で、スパーダの顔が泣きそうに歪んだのが見えた。
 
 
「ッ!!」
 
 
寝ていたベッドから勢いよく起きて、思わず夢の中でヴァンに斬り裂かれそうだった胸の部分を掴んでいた。息が、酷く荒れている。
 
 
「……ッ!胸糞わりぃ…」
 
 
夢の中の俺は酷く弱かった。俺だけじゃない。スパーダもルークたちも、成長してるはずなのに弱かった。俺たちはあんなに弱くない。少なくとも、ヴァンに負けるような奴らじゃない。なのに、あの夢の中では負けそうになっていた。俺はリリーを取られて、スパーダの前で殺されそうになっていた。
有り得ない。
そう、有り得るはずがない。俺が負ける?それこそ有り得ない。俺は神の力を受け継いでいるんだ。勝利の女神であったリリーの力を。その俺が負けるだと…?
 
 
「はッ!とんだ茶番だ…」
 
 
有り得るはずがないんだ。俺がこの世界で負けるなんて。だって俺が負けたら俺たちをこの世界に送ってきたあいつが許さない。俺たちが負けたら具合が悪いのはあいつなんだ。だから、負けちゃならねぇ。俺に負けは許されない。
 
 
「ラスティ」
 
 
部屋の扉が開いてリリーが入ってきた。どうやら無事にイオンとナタリアを救出し、外まで送り届けたようだ。ここまで来るのにだいぶ時間がかかっちまったな…。これからあいつらはグランコクマ行く。そこでピオニー皇帝陛下にあって戦争を何とかしようとするはずだ。
 
 
「ラスティ。まだ早いわ。それより休みましょう」
 
 
色々なことに考えを巡らせていると、リリーが俺のベッドに腰掛けて眉をひそめた。今のリリーは刀じゃなくて一人の少女だから、俺の思考を読み取ることは出来ない。出来ないけど、リリーと俺はいる時間が長いからな。多分勘でわかるんだろうな…。
 
 
「……ラスティ…、手を貸して?刀に戻るわ」
 
 
リリーが俺の異変を感じ取ったのか、ベッドに置かれたままの俺の手を取りたがる。俺はそんなリリーを横目に見てそっと手を遠ざけた。
 
 
「……。何か、あったのね…?」
 
 
訝るようなリリーの視線に、俺は何でもない風を装って視線を外した。リリーは鋭い。特に俺の感情の起伏を感じ取ることに長けている。表情が変わっていないのにリリーにはすぐにバレる。俺は時々、それが嫌で仕方なかった。
 
 
「なあ、リリー。しばらくそのままでもいいじゃないか。お前も一人の少女として存在出来る貴重な時間だぞ?」
 
 
「ラスティ、隠し事をしようとしているのね?駄目よ。私はあなたであなたは私。私たちの間に隠し事はいけないわ。それはあなたが一番良くわかってるはずよね?」
 
 
リリーはいけない事をした子供を咎めるような口調で俺に詰め寄る。でも、今回ばかりは言いたくなかった。いくらリリーが俺と同じ存在であろうとも、隠し事が禁止な関係だとしても、これだけは言いたくなかった。あんな夢なんて…。
 
 
「……どうして?また、昔に戻ってしまったの…?あの頃の、疑心暗鬼に塗れていた頃のあなたに…」
 
 
「違う…。そうじゃないんだ…」
 
 
「じゃあなんなの…?何故私に教えないの…?何故!?私はあなたよ!?なのに…!あなたは私も拒むというの!?」
 
 
リリーは段々ヒステリックになっているのか、眉を吊り上げて声を張り上げている。らしくない。リリーはいつだって冷静だと思っていた。どんな時でも勝利の女神であった時と変わらない冷静で鋭い観察眼を持っていて、俺よりもずっと大人だと思っていた。けど、それは俺が勝手に押し付けたリリーの想像図なんだ…。
 
 
「私を、置いて行くというの!?私は…!私にはあなたしかいないというのに…!?私は…、あなたじゃなかったというの!?」
 
 
ああ、彼女は本当は単なる少女にすぎないんだ…。他の誰かと同じように不安を抱き、置いて行かれることに恐怖を抱き、俺に拒まれることを嫌った。俺は彼女で彼女は俺。その崩れることのない壁を壊されるのを限りなく厭う。だから、俺に隠し事をされるのを今、ここで極端に嫌がった。隠し事をされているという事は、拒まれていることと同じだから。彼女はそう感じているんだ。彼女は、無理矢理大人になろうとして、半端なまま取り残された、不安定な少女。うん、彼女は大人ぶった不安定な少女。まるでルークみたいだ。精神年齢は子供なのに、周りに流されて大人になることを強制された可哀そうな被害者。だから、彼女は不安なんだ。自分が知らないうちに置いて行かれるのではないか、と。
 
 
「リリー」
 
 
リリーは、スパーダのようにはいかない。スパーダは隠し事をしても俺の事を信じてくれる。でも、リリーは違う。隠し事されることを激しく嫌う。別にリリーは俺の事を信用してないわけじゃない。リリーが一番信用できないのは、自分自身なんだ。
 
 
「誰も、お前を置いて行かないよ」
 
 
例えリリーが自分自身を信じていなくても、俺はリリーを信じている。スパーダだってリリーの事を信じてる。だから、俺たちは絶対にリリーを置いて行ったりなんかしない。そもそも俺はリリーの能力に依存してるんだから、置いてくなんてとんでもない話だ。
 
 
「……ラスティ……」
 
 
「リリー、だから自分を信じろよ。お前は必要とされてるんだよ」
 
 
ベッドに腰掛けたままのリリーをそっと抱き締める。小さな少女のままの体は、泣きそうなのか小刻みに震えている。俺はそれに気づいていたけれど、何も気づかないふりしてその背中を優しく撫でてやった。すると、リリーは俺の服を強く掴んで、胸に顔を押し付けた。
 
 
「…何よ…。自分が一番気障じゃない…。気持ち悪い…。気持ち悪いのよ…!」
 
 
リリーは涙を噛み殺したような声で何度も気持ち悪いと呟くように言っていた。その言葉が俺ではなく、自分自身に向けられていると気づいていたけど、これも気づかないふりをして受け取ってやった。リリーは、本当に単なる少女なんだ。周りに流された 可哀そうな被害者。
 
 
「ああ、そうだな…。気持ち悪いな」
 
 
「……ッ…。絶対、後で聞き出すから…!あなたの隠し事…!でも、今は何も聞かないでおく…!私は、優しいから…!」
 
 
「うん、優しいよお前は」
 
 
リリーはしばらくその状態から動こうとはしなかった。だから俺はその小刻みに震え続ける背中をゆっくりとこの少女が泣き止むまで撫で続けた。
 
 
 
 
 

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テーマ「人外ファンタジー」
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