刀の少女


 
 
 
 
 
「それにしても、さすがねスパーダ。彼の異変に気付くなんて」
 
 
先頭を歩きながらリリーはそう言って俺の方をしきりに振り返る。その表情は柔らかいもので、さっきあいつに見せた時のような母親の顔をしていた。
 
 
「…別に…、動きが鈍いと思ったからよぉ…」
 
 
「おやぁ?そうでしたか?私たちから見たらいつものように身軽に思えましたが?」
 
 
俺が視線を外しながらそういうと、ジェイドが楽しそうな声色で俺たちの話に割り込んできた。俺はそれが不快で思いっきり眉間にしわを寄せたが、リリーはそれを微笑ましそうに見ているだけだった。
 
 
「事実具合が悪いみたい…。やはり咄嗟とはいえ禁術を何の準備もなくやらせてしまったのはまずかったかも知れないわ…。きっと負担が今になって来たんでしょう」
 
 
「そんなに、危ねぇのか?禁術って奴は…」
 
 
「そうね…。私が天上にいた時でさえ使うことを躊躇うようなものだったから安全とは言えないわ。それに今回は範囲があまりにも巨大だった。町一つ覆うほどの魔法神を展開したんだもの、大変どころの話じゃないわね」
 
 
リリーは歩くスピードを落とすことなく淡々と進んでいるが、その表情はあまり明るくなかった。リリーにとってラスティは唯一の存在だ。きっとラスティがいなくなったらリリーはどうすればいいかわからなくて生きていけないはずだ。たとえ死ねない存在だとしても、リリーは死にたいと願うかも知れない。刀を折ってほしいと願うかも知れない。それだけリリーのラスティへの依存は強い。なんつっても自分の生まれ変わりだからな…。
 
 
「ところで…」
 
 
そこで不意にジェイドがふざけていた口調を止めて、真剣な眼差しでリリーの事を見つめた。その目には疑いが含まれていた。
 
 
「あなたは何者です?」
 
 
ラスティが魔界で話をしていた時に共にいた少女。それがリリーの最初の印象だろう。しかしさっきリリーは突然ラスティの後ろに霧のように現れた。不思議に思われたって仕方ない。リリーは、刀なんだから。
 
 
「……へぇ…。誰も質問しないから私に興味がないのかと思っていたわ。私の名はリリー。昔は勝利の女神と呼ばれ、今は刀に宿っている神よ」
 
 
リリーはジェイドの質問に冷静にそう返し、なおかつ楽しそうに微笑んで見せた。さすがラスティの相棒だ。ジェイドの鋭い視線をものともしてねぇ。一方のジェイドはというと、リリーの言葉に眉を吊り上げ、眼鏡を手で押さえた。
 
 
「刀に宿ってる神…ですか…。にわかに信じ難い話ですねぇ…。それに、あなたのような華奢な少女が神とは…」
 
 
「あら、それって偏見よ。私たちの世界の神は様々だったわ。私のような女性の神もいたし、子供のような神だっている。もちろん屈強な神や龍神だっていたわ。それに私が刀に宿っているのが信じられないですって?信じてもらえなくて結構。だって私にとって必要なのはラスティとスパーダなんですもの」
 
 
リリーははっきりと言い切った。自分にとって必要なのはあの世界に存在している仲間だけなんだと。これはきっとリリーだけの意見。俺やラスティとは違う身内だけの愛。リリーにとってルークたちは『ラスティが手伝っているから助ける存在』にすぎないのだ。
 
 
「さて、ここから先が神託の盾に行くための関門ってとこね」
 
 
リリーが一つの部屋の前で立ち止まって、扉を指差す。それを見たティアが一歩前に進み出て少しばかり顔を歪めた。
 
 
「だから詠師トリトハイムに許可証を貰おうとしていたのよ…」
 
 
不満が入り混じったような声に、リリーはふっと笑みを浮かべた。あらかじめそう言われることを分かっていたように。
 
 
「だってそれだとルークたちが中に入った事がバレるじゃない。ラスティはそれを嫌がったのよ」
 
 
「でも、許可証がないとルークたち入れないじゃん!」
 
 
「だから、ルークたちが入ったという証拠を残さないために私がここにいるの。ティア、あなたにはさっきの通り第七譜石の報告があると言って扉の前にいる人を退かして頂戴。そしてこれが私の仕事」
 
 
リリーは突然両手を打ち鳴らして意地悪そうな笑みを浮かべた。まるでラスティみたいな。それと同時にあの言葉を紡ぐ。
 
 
「幻神」
 
 
その瞬間、周りの景色が一瞬揺らめいて、すぐに戻る。俺の視界が揺らめいたってことは…もしかして…。
 
 
「これでティア以外の私たちは誰にも認識されない。もちろん足音も気配も認識されないわ。さあ、これで大丈夫。ティア、頼んだわ」
 
 
「え、ええ…」
 
 
ティアは突然の状況に追いついていないようだが、リリーに言われた通り扉の前に立っている兵士に声をかけて扉の前から退いてもらった。俺はティアが開け放った扉を何事もなかったように通り抜けて神託の盾内に潜入することが出来た。
 
 
「本当に、誰にも見えないんだな…」
 
 
ガイが感心したような声を出してリリーを見た。リリーはまたしても意地の悪い笑みを浮かべてガイに近づこうとした。が、ガイはそれを猛スピードで回避する。
 
 
「あなたに幻神で近づいて脅かしてあげましょうか…?」
 
 
「い、い、いらない!というより止めてくれぇ!」
 
 
びくびくしてるガイとそれを笑うリリー。端から見ると不思議な光景だ。華奢な少女であるリリーがそれなりに長身のガイを苛めてる図…。笑えるぜ!
 
 
「じゃ、ガイ弄りはほどほどにして、二人を探しに行きましょう。幻神の効果は続いているから安心して。でも…、一つだけ注意しとくわ」
 
 
不意にリリーが真剣な顔で俺たち全員を見渡した。幻神を使用している中で注意しなければならないこと…?俺たちが見えないし気配も分からないなら兵士たちに見つかることもないだろうけど…。
 
 
「確かに幻神は知覚として私たちの存在を捉えることは出来ない。けれど私たちは消えたわけじゃない。隠れただけ。だから触覚で認識されてしまうと幻神は解けてしまう。だから絶対に私以外が兵士に触ってはダメ。もちろん相手からぶつかられるのもね。これを守るように。では、行きましょう」
 
 
なるほど…。知覚を騙せるが触覚まで騙せないところが盲点ってわけか…。あん?だったらラスティが幻神使って消えたとしても近くを切れば見つけられるかもってことかぁ?そりゃあ良い情報を聞いたぜ!
 
 
「スパーダ!さっさとしなさい!」
 
 
……リリーに怒られちまったよ…。俺ラスティじゃねぇのによ…。
まあ、いい。このままさくっと二人を救出しちまうぜ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「イオン!ナタリア!無事か?」
 
 
イオンとナタリアがいる部屋を見つけた瞬間、幻神を素早くリリーが解いたおかげで二人に俺たちの存在が認識できたみたいだ。驚いた顔で俺たちの事を見ている。
 
 
「……ルーク…ですわよね?」
 
 
ナタリアが驚いたように名前を呼んで確認すると、ルークは少しムッとしたのか口を曲げた。
 
 
「アッシュじゃなくて悪かったな」
 
 
「誰もそんなこと言ってませんわ!」
 
 
ナタリアが怒りを混ぜたような口調でそう言うと、ルークがなんとなく納得いっていない顔をしていた。そんなルークの脇を通り抜けてアニスがイオンに近づいた。
 
 
「イオン様、大丈夫ですか?怪我は?」
 
 
「平気です。皆さんも、わざわざ来てくださってありがとうございます」
 
 
どうやら導師というだけのことはあって手荒な真似はされなかったらしい。良かった…。イオンは良い奴だから、もし怪我してたら怪我させた奴を許せねぇよ。
 
 
「今回の軟禁事件に、兄は関わっていましたか?」
 
 
「ヴァンの姿は見ていません。ただ、六神将が僕を連れ出す許可を取ろうとしていました。モースは一蹴していましたが……」
 
 
そうなのか?と意味合いを込めた視線をリリーにさり気なく送ると、それに気づいたリリーは頷いた。どうやら六神将はイオンを連れ出そうと必死になっていたらしい。リリーは何やらいろいろと話しているイオンの前に出て声をかけた。
 
 
「このままここにいるのは危険よ。すぐさまダアトから離れて頂戴。ここから出るまでは私がサポートするわ」
 
 
リリーはそういうと再び俺たち全員に幻神をかけ、早く出るように促した。
 
 
「あなたは…」
 
 
「私の事は後でわかるはずよ。だから今は…」
 
 
「はい、わかりました」
 
 
イオンはリリーの事が気になったみたいだけど、リリーはそれを躱して早く逃げるように促していた。イオンは残念そうな顔をしながらもアニスに引っ張られて神託の盾本部から出て行った。とりあえず人気のない廊下まで出ると、リリーが素早く幻神を解いて息を吐いた。
 
 
「後はダアトの外に出るだけよ。教会の外までは送るわ」
 
 
「どうして教会の外までですの?」
 
 
「…私はラスティから離れられないわ。それに、私は彼で、彼は私だから」
 
 
「??」
 
 
質問したナタリアは意味が分からなかったのか首を傾げていた。まあそれは他の奴らも同じなんだけどよ。多分、この言葉の意味を理解出来んのはラスティと俺くらいなもんだろ。
とりあえず、世間話を交えながらも教会の外に出た俺たちは、とりあえず第四碑石のあった丘まで逃げることになった。リリーは約束通り教会の外までしかついて来なかった。
 
 
「あなたたちの活躍を期待してる。正しい判断を願うわ」
 
 
リリーは俺たちにそう声をかけると、あっさりと踵を返し、教会内へと戻って行ってしまった。俺たちはというと何とも言えない沈黙に包まれた。
 
 
「結局、彼女が何者かよくわからなかったな…」
 
 
ガイがポツリと漏らした言葉に、俺やジェイド以外の全員が頷いた。まあ、リリーの事を詳しく知るためには俺たちの世界について詳しく知らなきゃならねぇからな…。そこまで説明してたら時間なんか足りねぇし…。
 
 
「まあ、彼女は置いといて、今は逃げることを優先しましょう」
 
 
何とも言えない沈黙を破ったのはジェイドの言葉だった。その言葉にルークたちは自分たちが逃げるように言われていたことを思い出して急いで歩き出した。俺はそんなルークたちを見ながらも、後ろ髪を引かれる思いでダアトを後にした。ラスティの具合が、心配だった…。
 
 
 
 
 

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