無の中の真理
「ようやくお出ましかよ。待ちくたびれたぜ、ルーク」
ユリアロードを通って外殻まで戻って来た俺たちは、アラミス湧水洞を通って外に出る途中だった。そして、その途中で聞きなれた声を聞いた。ガイがそこにいた。
「へー、髪を切ったのか。いいじゃん。さっぱりしててさ」
座っていた状態から立ち上がったガイがそう言っていつものように優しく微笑んでいる。ルークはそんなガイの姿を見て、嬉しそうに駆け寄ろうとしたが、途中でその動きを止めてしまった。俺たち全員がその事を疑問に思っていると、ルークが俯いた。
「……お、俺……。ルークじゃないから……」
こんの馬鹿野郎が!!てめぇがルークじゃなかったらなんなんだよ!!そう言おうと一歩踏み出そうとしたら、隣にいたティアに止められた。
「おーい、お前までアッシュみてぇな事言うなっつーの」
なるほど、ここはガイの役目ってわけか。そういう意味の視線をティアに送ると、ティアは静かに頷いていた。
「でも俺、レプリカで……」
「いいじゃねぇか。あっちはルークって呼ばれるのを嫌がってんだ。貰っちまえよ」
はあ……なるほど。ラスティがガイを弄りたがるのわかる気がする。こんな気障な奴だと弄るしかねぇわ…。俺も後で弄ってやろう。
「貰えって……。お前、相変わらずだな」
「そっちは随分卑屈になっちまったな」
「卑屈だと!」
「卑屈だよ。今更名前なんて何でもいいだろ。せっかく待っててやったんだから、もうちょっと嬉しそうな顔しろって」
確かに名前はそいつを表すうえで大切かも知れない。でも、名前が変わったからってそいつの本質が変わるわけじゃない。大切なのは、気持ちの問題なんだ。
「……うん。ありがとう」
ルークが、ガイに今まで見せたことないくらい素直にお礼を言うと、ガイは先ほどまでの気障な顔が崩壊してた。むしろカッコ悪い。つかダサい。そんぐらいまで顔面崩壊してた。全く、この気障男は…。
「ルークがありがとうだって…!?」
「彼、変わるんですって」
目を見開いて驚くガイを見て、ティアが微笑みながらガイに近づく。が、ここで忘れちゃいけねぇ。こいつは女性が好きだが女性恐怖症だって事を。案の定いきなり近づいてきたティアにビビって物凄い勢いで後ろへと下がって行った。それを見たルークとティアが呆れたような顔をしてガイを見ていた。
「あなたは変わらないのね…」
ティアの声にも呆れがばっちり含まれていた。そんな二人を見て、ガイは苦笑していた。俺はというと、その二人のさらに後ろで腰に手を当てて思いっきりため息を吐いていた。ようやくって感じだ。今の三人はちゃんと仲間だって思ってる。アクゼリュス前みたいにバラバラじゃない。
「なあ、スパーダ」
不意に、ガイが俺に声をかけてきた。何かと思ってそっちに視線を向けると、ガイは真剣な顔をしながら俺の事を見ていた。
「俺は、仲間になれたか?」
ああ、なんだかんだでこいつもルークみたいに心配なんだな。ラスティに言われた仲間じゃないって言葉に。だからこそあいつの仲間である俺に聞くんだ。俺は本当にルークの仲間になれたのかって。だから俺は笑っていってやった。
「まだまだ未熟な仲間だ!」
「これは手厳しいな…。でも、ありがとう。スパーダ」
ガイはそれだけ言うと満足したのか、ルークたちに進もうと促していた。俺はそんな三人の背中を見ながら昔の事を思い出してた。ああ、昔は三人で旅をしてたなぁ。俺と、ルカとイリアの三人で。ルカをイリアと一緒に弄りながら楽しく旅してた。そして、あいつとアンジュとリカルドが一気に加わって、騒がしい旅になった。このまま行けば、なれるかもな。あの頃の俺たちみたいな旅に…。
「ま、それまではしっかり見させてもらうぜ」
お前たちがどれほど成長するかをな!
「どうして…、俺を待っててくれたんだ?」
湧水洞の中を魔物を倒しながら進んでいくと、不意にルークがガイに質問を投げかけた。つーかルークはどうしてガイがここに来た理由を知りたがるんだよ。本当に、卑屈になっちまったか?
「友達だろ?あ、俺、下僕だったわ。わりぃわりぃ」
明るい笑顔でガイがそう答えるも、ルークの表情は未だに暗い。あんまり卑屈になりすぎると、後でラスティに会った瞬間に吹っ飛ばされるぞー…。
「…俺はレプリカだぜ?お前の主人じゃないんだぜ?」
俯きながらもそう言うルークの言葉に、ガイもさすがに明るい笑顔を消し去って、眉間にしわを寄せた。
「…別に、お前が俺のご主人様だから仲良くしてたわけじゃないぜ」
その瞬間のガイの顔は、なんとなく悲しそうな顔をしていた。ルークにそう思われていたから悲しいって感じじゃなくて、別な事を悲しんでるみたいで…。
「ま、お前はお前。アッシュはアッシュ。レプリカだろうが何だろうが、俺にとっての本物はお前だけってことさ」
ガイはそれ以上は言う気はないと言わんばかりにルークに背中を向けた。ルークはそんなガイの態度に何とも言えない表情を浮かべていた。俺はそんなルークの背中を押すように叩いて、足を進めた。
それからは全員が無言で魔物を倒していたが、不意に今度はガイが足を止めて口を開いた。
「お前さ、覚えてる?誘拐された後だからお前が生まれてすぐってことなのかな。記憶がなくて辛くないかって聞いたら、お前『昔のことばっか見てても前に進めない』って言ったんだ。だから過去なんていらないって」
昔のことばかり見てても前に進めない…。俺たちは、その言葉を受け止めることが出来た。だから前世との因縁を無視して共に旅を続けた。でも、俺たちの敵だったあいつはそれが出来なかった。前世からの憎しみを滾らせて、世界を滅ぼそうとした。
「ははは……。ばっかだな、俺。過去なんかいらないんじゃなくて、無いんじゃんな」
「…いや、結構真理だと思ったね。俺は」
何も知らないはずのルークは一つの真理知っていた。所詮人にとって過去なんて過ぎ去っていくものにしか過ぎない。いつまでも後ろを見続けて歩くことなんて出来ない。前世で俺が裏切ったとしても、それは過去の話だ。俺は、誰も裏切らねぇ。
「辛かっただろ。色々…」
「……そんなこと言えるかよ。俺のせいで死んじまった人がいるのに…」
いくらラスティが大勢を助けたとはいえ、坑道の中にいた鉱夫たちは救われることはなかった。ルークはその事を悔やんでる。
「その一端は俺のせいでもあるな」
「お前は関係ないだろ」
「記憶がなくてまっさらなお前を、我が儘放題考えなしのお坊ちゃんに育てた一因は俺にだぜ。歩き方も覚えてなかった……、つーか知らなかったお前の面倒を見たの、俺だからな。マジ反省した」
何だろ…ちょっとこんな感じの展開を知ってるような…。つか、ラスティもそんなんじゃねぇか!!いや、歩き方うんぬんじゃなくて育てられたって方!リカルドみたいな真面目な人間に育てられたくせにあいつ自身は真面目じゃねぇし、人で遊ぶことが大好きだし何か変なところでビビりだし!なんなんだ、この方程式みたいなやつ!根が良い奴が自分の子供じゃない奴を育てるとこうなるのか!?呪われてんじゃねぇか!?
俺が悶々と考え事してる間に、ルークたちは別の話題に移っていたらしく、しかもその話題も解決して進もうとしているところだった。
「スパーダ、行くぞ!」
ルークに声をかけられてようやく考え事から脱出した俺は、慌ててルークたちの後を追った。出口が近づいてきて、外の光が出口まで漏れてきていた。そして、ようやく湧水洞から出て太陽の光を拝むことが出来た!久しぶりに太陽を見たぜ!
「ああ、よかった」
太陽を思いっきり拝んでいると、突然ジェイドが現れてそう言った。ちょっと慌ててる…?
「入れ違いになったのかと心配しました」
「大佐、どうしてここに……」
ティアが驚きながらもそう尋ねると、ジェイドはガイの方を向いて眼鏡を一度押し上げた。
「ガイに頼み事です。ここでルークを待つと言っていたので捜しに来たんですよ」
「俺に?」
ガイの、頼み事…?この大佐が人に頼み事するなんて珍しいんじゃねぇか?
「イオン様とナタリアがモースに軟禁されました」
「何だって!?」
軟禁された!?仮にもイオンは一番地位が高い導師なんだよな?そんな奴と王女のナタリアを軟禁するなんて…。
「おや、ルーク。あなたもいらっしゃいましたか」
「ジェイド!!」
冷たくそう言うジェイドに向かって鋭い声を上げると、ジェイドは一瞬押し黙った顔をして、眼鏡を押さえた。ルークはそんなジェイドを見て、頼りなさそうだけど強めにいたら悪いか、と声を上げた。ジェイドは別に、と言ってガイに視線を向けた。
「それよりモースに囚われた二人を助け出さないとまずいことになります。近くにマルクト軍がいないので、ここはガイに助力をと……」
「まずいことって何が起きるんだ?」
「アクゼリュスが消滅したことをきっかけに、キムラスカは開戦準備を始めたと聞いています。おそらくナタリアの死を、戦争の口実に考えているのでしょう」
…戦争か…。誰かが死んだから戦争を始めるなんて、嘘以外のなにものでもないな。
「そうだわ…。外殻の人たちは何故アクゼリュスが消滅したかわかっていない…」
「イオン様もこれを警戒して導師詔勅を発令しようと教団に戻ったところ、捕まったようです」
………リリー。今は繋がってるか?
――ええ。あなたに呼び掛けられたら繋がるようにしてるわ…。そしてあなたの意図も分かってる――
ラスティに頼む。
――了解――
「よし、ルーク。二人を助けよう。戦争なんて起こしてたまるか。そうだろう?」
「……ああ。ダアトに行けばいいのか?」
「まあ、そういうことですね。念のために知らせておきますが。ダアトはここから南東にあります。迷子になったりして足を引っ張らないようにお願いしますよ」
ジェイドは厳しめにそう言ったものの、あのタルタロスの時と違い、少しは緩くなったようにも思える。ラスティの言った言葉が功をそうしているんだろうか…。
――そうなっていることを願うばかりね…――
ああ。とりあえずダアトに行こう。あいつなら俺たちの事をサポートしてくれんだろ!