腐敗の甘受


 
 
 
 
 
ルークが目を覚ました。どうやらアッシュとの通信が切られて戻って来たみたいだ。今ルークはセレニアの花を眺めているティアに話しかけていた。俺はというと、そんな二人を部屋の中から眺めていた。今ルークは何かを決意しようとしている。そしてそれをティアに伝えようとしている。だから俺は黙って二人を見守るだけだ。
 
 
「後は、事態がどう転ぶかだ…」
 
 
この後の展開はさっぱりだ。今の俺たちには明確な目的がない。最初はルークを連れ帰る、ルークと一緒にアクゼリュスに行くといった目的があった。でも、今の俺にはルークを見守るという事しかない。ルークがどういう目的を持つのか。それが心配だ。
 
 
「あ……、スパーダ…」
 
 
不意に聞こえてきたルークの声に、視線をそちらに向けると、ルークの髪は短くなっていた。随分とざっくりやったようで、ボサボサのままだ。けど、悪くねぇな。
 
 
「よお。決まったか?」
 
 
「うん……。スパーダ、これからの俺を見ていてほしい。俺……変わるから…」
 
 
どこかびくびくと怯えるように言うルークに、思わず苦笑が漏れた。ルークは俺の行動一つ一つに怯えていた。まるで怒られるのが怖い子供みたいに。だから俺はルークにそっと近づいて、そのぼさぼさの髪の毛をかき混ぜてやった。ルークは短い悲鳴を上げるが、んなもんな聞こえない!
 
 
「俺はいつだってお前を見てるぜ?最初から、今だってお前を見てる。だから、心配すんな。俺たち神はいつだってお前の傍にいる」
 
 
心臓のある左胸を指差してそう言うと、ルークは泣きそうに顔を歪めた。けど、カッコ悪いとか思ったのか無理矢理顔を拭って唇を噛みしめてた。
 
 
「ありがと、スパーダ。俺、頑張るよ」
 
 
「おう!ああ、それとラスティからの伝言だ」
 
 
「なんだ?」
 
 
「我々は焔の帰還を待つ」
 
 
伝言を伝えた瞬間、ルークの顔は耐えきれないほど歪んで、すぐさま視線を下に逸らしてしまった。
 
 
「泣けたか?」
 
 
からかいを含んだ声を上げると、ルークは視線を下に下げたままそっぽを向いた。
 
 
「べ、別に泣いてねーよ!」
 
 
そんな素直じゃない言葉に、俺とティアは顔を見合わせて苦笑した。この坊ちゃんはやっぱり素直じゃない。変わろうとする前も後も、素直じゃない部分は変わらないな。
 
 
「それで?お前は一体何がしたい?どうしたい?これから、どう変わりたい?」
 
 
笑っていた顔を引き締めて、真剣な目でルークを見ると、下を向いていた顔を上げて俺の目を正面から見ていた。うん、いい眼だ。
 
 
「俺のせいで死んだアクゼリュスの人たちのために。これから崩落するかもしれないセントビナーの人たちを助けるために、俺はもう間違わないように変わりたい…」
 
 
翡翠の瞳が真摯に訴えかける。自分は変わる。変わって見せる。だから、見ていてほしい。……離れないでほしい。
 
 
「ルーク、俺は正義の剣だ。俺は全ての物事を正しく判断しなきゃならねぇ。だから、お前の正義を見させてもらう。お手並み拝見、聖なる焔の光」
 
 
そう、俺は正義の剣。いついかなる時も正しい判断をし、場を見極めなければならない。その姿をあいつが望んだ。そして、俺の家の家訓でもある。正しき道を正しく歩めってな。ルークは俺の言葉を意味を理解したのか、深く頷いた。
 
 
「それで?どうするんだ?」
 
 
「とりあえず外殻大地に戻りましょう。お祖父様を訪ねましょう」
 
 
「了解!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「アクゼリュスの崩落は、ユリアの預言に詠まれていた。起こるべくして起きたのです」
 
 
そう平然と言ってのけたのはこの街の市長でティアの祖父に当たるテオドーロだった。最早狂気だ。預言が詠まれていたから全てが許される。預言で消えた命は悲しむべきではなく、預言通りに全うした命だ。まるでどこぞの信仰みたいだった。気持ち悪ぃくらいそれに縋って生きて、吐き気がする。
 
 
「預言でわかってたならどうして止めようとしなかったんだ!」
 
 
ルーク、それは愚問だ。こいつらにとって預言は神に等しい存在なんだよ…。
 
 
「預言は遵守されるもの。預言を守り穏やかに生きることがローレライ教団の教えです」
 
 
ほらみろ、遵守『される』ものだろ?しなきゃいけないんだ。命令のように擦り込んでる。ああ、だからなんだ。
 
 
「誕生日に何故預言を詠むか?それは今後一年間の未来を知りその可能性を受け止めるためだ」
 
 
だからあいつは俺とこのテオドーロを会わせる事を嫌がった。不快な気分になることがわかっていたから。この世界の狂気を垣間見るから。だから、あいつは俺を市長から遠ざけようとした。
 
 
「それならどうしてアクゼリュスの消滅を世界に知らせなかったの?」
 
 
「そうだ!それを知らせていたら死ななくてすむ人だって…」
 
 
二人の言葉に、市長は冷静に、しかし腐りきった言葉を吐いた。
 
 
「あのラスティという青年にも言われたが、それが問題なのです。死の預言を前にすると人は穏やかではいられなくなる。しかしそれでは困るのですよ。ユリアは七つの預言でオールドラントの繁栄を詠んだ。その通りに歴史を動かさねばきたるべき繁栄も失われしまう。我らはユリアの預言を元に外殻大地を繁栄に導く監視者。ローレライ教団はそのための道具なのです」
 
 
長ったらしい言葉で説明してるけど、それって結局預言通りにして繁栄をもたらしたいだけ。他人の命を犠牲にしようとも繁栄のためなら何も厭わない最低なやり方。そういう事だろ?死ぬってわかってて見殺しにするんだから。
 
 
「お前らは人殺しだ。頭のイカレた宗教団体の妄言だ!何が可能性だ…。お前たちは可能性なんか少しも考えちゃいねぇ!預言の通りにしてただ人形のように生きることを甘受してるだけだ!腐った世界の流れに乗って!ラスティが嫌悪するわけだ!お前たちは自分の事しか考えてねぇ!」
 
 
会議室の机を強く叩きつけて思いっきり叫ぶ。叫ばないと、俺の中の何かがおかしくなりそうだ。この街は、まさにこの世界の腐だ。預言預言預言!鸚鵡みたいに繰り返して、自分の事ばかりを考えて、他人の事なんざどうでもいい!何も変わらねぇ!俺たちの世界のあの大人たちと変わらねぇ!
 
 
「何が預言だ!未来を知ってどうする!?繁栄に導く?決められた未来なんて存在しない!!預言ごときに人の意志を量れると思うな!!」
 
 
荒々しくそう叫びながら会議室を飛び出した。このままあの場にいたら俺はきっともっと最低な言葉を吐いてた。この世界の存在自体を否定する言葉を吐いていたかもしれない。やっぱりラスティの言う通り俺は猪突猛進型かも知れねぇな…。
 
 
「スパーダ!」
 
 
苛々しながら歩いている俺の後ろからルークが追いかけてきた。その表情はすごく焦っているようだった。
 
 
「あ、あの…さ…。うまく言えねぇけどさ…。スパーダが怒るのは仕方ないと思う。俺も、すごく腹が立った…。けどさ、俺たちは預言が絶対じゃないって思ってる。それだけで、いいんじゃないかって…。えーっと…、うーんと……」
 
 
拙い言葉で一生懸命俺に何かを伝えようとしてるルーク。けど、俺も俺で馬鹿だからルークの言葉の意味をちゃんと理解することが出来ない。こういう時に限ってラスティがいないのは痛いなぁ…。
 
 
――つまり私たち私たち、彼らには彼らの考えがあるって事よ…。彼らは預言を絶対視しているけれど、私たちはそうじゃない。むしろ預言はなくたっていいと思ってる。それでいいのよ。私たちにとって預言はそれだけの存在でしかないのだから――
 
 
不意に聞こえてきたリリーの解説のお陰で俺はルークの言葉を理解することが出来た。ああ、確かにそうかもな…。ここで俺がいくら意を唱えようとも、あいつらの中にある考えが変わるわけじゃない。俺たちは預言の存在を否定しても構わない。それは個人の意志なんだから。
 
 
「…ありがとな、ルーク。励ましてくれて」
 
 
「お、おう!それで、ティアと一緒に外殻大地に戻るんだ!スパーダも来るよな?」
 
 
「もちろん。こんなところに長いしたくねぇし」
 
 
「準備が出来たら声かけてくれよ!ティアの部屋にいるから!」
 
 
ルークはそう言うとどこか恥ずかしそうに走り去って行った。ルークは変わろうと努力してる。素直になろうと努めてる。でも、俺は知ってるんだ。あいつは元からそれなりに素直だったって。剣を交えれば少しはわかるもんなんだぜ?
 
 
――…さあ、行きましょう。外殻大地へ。あなたの主が待つ地へ――
 
 
ああ。行こう!俺の主が待つ場所に!
 
 
 
 
 

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