帰還を望む


 
 
 
 
 
出発の準備が整ったタルタロスでラスティたちは地上に戻るらしい。俺はそんなラスティの見送りとしてタルタロスを見上げた。甲板からこちらを見下ろすその姿。血のように鮮やかな深紅の髪。海よりも深い藍色の瞳。その赤と青があいつを綺麗に魅せる。
 
 
「ルークを頼んだぜ?スパーダ!」
 
 
へらへらとした笑みを浮かべながら俺に手を振るラスティ。まるで遠足に行くガキみたいにはしゃいでる。本当はそんなことをしているような雰囲気じゃねぇけど、あいつは重苦しい雰囲気とか嫌いだからな…。俺はというと、そんなラスティに軽く手を降り返して、踵を返した。もちろんルークのところに行くためだ。これ以上ここにいても意味はない。だから俺は俺のすべき事をするだけだ。ルークと一緒にいる。それが俺が受けた主からの『命令』だ。
 
 
「あら、スパーダ」
 
 
ルークが寝ている部屋に戻る途中で急に声をかけられた。振り返るとティアがこちらに近づいてきていた。ティアはしばらくこの魔界に留まって考え事をするらしい…?いや、俺人の話聞いてなかったからよく覚えてねぇし。
 
 
「よお」
 
 
「ルークの所…?」
 
 
「おう。ティアも来るか?」
 
 
あの時から何も変わらない俺の態度に安心しているのか、ティアはあからさまにホッとした顔で頷いた。まあ、あいつの物言いはきついから、俺がティアたちの事をよく思ってないとか思われても仕方ないかもな…。けど、俺はどうやら甘いらしい。ティアたちがルークの事を少しでもわかってくれたなら、もう許してやってもいいかもなんて思ってる。
 
 
「ねえ、質問しても良いかしら?」
 
 
部屋について早々、ティアがそう聞いてきた。俺はその事に首を傾げながらも頷いてルークが寝ているベッドの端に腰かけた。
 
 
「彼とあなたは一体何者なの?」
 
 
「俺とあいつ…?あー…、ガイとルークは知ってっけど、俺たち異世界の人間なんだよ」
 
 
「彼も言っていたわ。別の世界の人間だって…」
 
 
「おう。預言も譜業もないしこんな地下世界はねぇよ。でも、天上はあった」
 
 
あの世界をしみじみと思い出して見ると、この世界よりはまともに見える気がする。ちゃんと人の意志があり、それを行動する事が出来る。まぁ、俺たちは意志関係なく戦場に駆り出された事もあったがな。でも、それでもこの世界よりはマシだ。
 
 
「天上?」
 
 
「神たちが住まう世界の事だ。世界には最初天上しかなくて、地上は後から作られたらしいぜ?んで、俺たちは天上が崩壊しちまった時に新しい魂として地上に生まれたってわけだ。だから俺たちは神の生まれ変わりってわけだ。他は何か聞きたいことあるか?」
 
 
本当なら死んだ魂は天上で循環するとか難しい話してたけど、俺にさっぱり。まあ、今ここにこうしていれるんだからそれだけで十分だがな。
 
 
「じゃあ、あなたにとって彼はどういう存在なの?」
 
 
『あなたにとってラスティとは何?』
昔聞かれたリリーの質問と被って聞こえたそれに、俺は目を見開いた。どうしてこう、女ってのは何でも関係や存在を聞きたがるんだ?
 
 
「俺にとってあいつは…大切な仲間であり、唯一の存在…だな…」
 
 
パッと口から出てきた言葉はそんなもんだった。俺にとってのラスティは昔と変わらない仲間で、大切な奴で、唯一である。この世界に来て不安でも、ラスティが一緒にいると考えるとそこまで苦痛は感じなかった。いつか会える。そう思えば辛くはなかった。
 
 
「まるで私たちにとっての預言の様な存在なのね、彼は」
 
 
ティアの口から出た言葉に、俺は微かに目を開いた。預言と同じ?いや、確かに似ているかも知れねーけど、根本的にはまるで似てない。
 
 
「あいつは、俺に意志を持たせてくれる。預言みたいに単に導くだけじゃなくて、道標を示してくれるんだよ。あいつは預言とは違う」
 
 
そう、預言みたいに決定づけるワケじゃなくて、自分の意志で判断させる。何が悪で何が正義か。そして俺の意志を尊重して、手助けをしてくれる。確かに依存のような関係を取っているので預言のようと例えられてもおかしくはない。けど……。
 
 
「俺は、あいつと対等だ」
 
 
唯一であるが、決してあいつが上位なワケじゃない。いつだって俺たちは対等。同じラインに立っている。
 
 
「……スパーダと彼は本当に不思議ね。あなたたちの言葉を聞いてると、少し預言が恐ろしい物に聞こえるわ」
 
 
「俺は常に恐ろしいと思ってるがな」
 
 
全てが定められた未来なんて、恐ろしい以外の何物でもない。自分で行動出来ないなんて命令されてるのと同じだ。けど、ここの連中にそんな自覚はない。だから預言を苦と感じねぇ。
 
 
異世界のスパーダはやはりそう感じ取るのね…。彼も同じような事を言っていたわ」
 
 
「ん?あいつと会話したのか?」
 
 
「ええ…。お前たちは預言を怖いと感じた事ないのかって。最初は意味が分からなかったわ。でも、今スパーダと話してて理解出来たわ。確かに怖いものかも知れないわ。けれど、私たちは預言に囲まれて生きてきた。今更言われてもほとんどの人が理解出来ないでしょうね…」
 
 
確かに今までその環境で過ごして来たのならそれが当たり前になるのかもな…。俺たちだって前世の力を手に入れた瞬間、それが当たり前になった。世界が平和になってその力が使えなくなったらちっと不便に感じたし…。それと同じなんだろうな…。そう思いながらティアを見たら、ティアは部屋の窓から見える花を眺めていた。
 
 
「あの花は?」
 
 
「セレニアの花よ。あまり沢山ある花では無いの。私が他に見たのはタタル渓谷のだけかしら」
 
 
青く蛍光ランプのように淡い光を放つ花。幻想的な花。今まで見たことない花だ…。
 
 
「ルークを見ててもらえないかしら?ちょっと考えたいの」
 
 
ティアはそれだけ言うと部屋のドアを開けて出て行ってしまった。俺はそんなティアの後ろ姿を見ながらルークへと視線を移した。未だにルークは目を覚まさない。理由はあいつから聞いている。ルークとアッシュはある意味同じ存在らしく、精神を繋げることが出来るらしい。今のルークはアッシュの意識に繋がっているから目を覚まさないらしい。リリーとは違う意識の繋げ方。同じ存在だから…。
 
 
「同じ…存在な…」
 
 
あいつが言うんだから本当なんだろうけど…、本当に同じ存在なんているのか…?いや、きっとそういう意味じゃなくて…。
 
 
――彼らは完全同位体なのよ――
 
 
「うおっ!?」
 
 
不意に聞こえたリリーの声に驚いて肩が跳ねてしまった。い、いきなり繋げるなよ!なんか一言こうないのか!?心臓に悪ぃんだけど!?
 
 
――…………喋りまーす……――
 
 
おい、間!間がなげぇよ!不服なのかよ!んで?完全どうい…なんだって?
 
 
――完全同位体。この世界にある音素についてはある程度理解してるわね?――
 
 
い、一応な。
 
 
――まあ、この際後回しにしましょう。普通この世界の人間は音素によって体を作られているの。この音素作りは絶対に同じにならない。けれどルークはアッシュのレプリカ。しかも完璧に近く作られた。だからルークとアッシュを作っている第七音素は全く同じなの。これが完全同位体――
 
 
完璧に俺には理解出来ねぇだろ、これ。あー、つまり性格うんぬんじゃなくて体の作りが一緒って事か?
 
 
――ざっくりというと。とはいえ、私も他の世界から来たからこれが間違ってないとは言えないのよね…。まあそのうちあなたたちの間にも話題が上がるんじゃないかしら?――
 
 
…俺には理解出来ねぇって…。
 
 
――まあ、いいわ。私が意識を繋いだのはラスティの状況を伝えるためってとこかしら?――
 
 
あ?まだ出てから時間経ってねぇだろ。状況って何を伝えるつもりだよ。
 
 
あの馬鹿があなたがいないってうざったらしいことを愚痴を交えて延々と話そうと…――
 
 
って、それはリリーが愚痴を言いたいだけじゃねぇかよ!
 
 
――悪い?こっちはあなたたちバカップルに挟まれて疲弊しているの。別に構わないでしょう?それとも何?文句あるの?いちゃいちゃしない?――
 
 
………すまん…。
 
 
――まあ、それは置いといて、ルークが意識を取り戻したら言ってあげて――
 
 
ん?なんだよ?
 
 
――我々は焔の帰還を待つ、ってね――
 
 
随分と、カッコイイ言い方してくれんじゃねーか。いいぜ、伝えてやるよ。だから、お前たちも頑張れよ。
 
 
――ええ、あのスパーダ馬鹿に伝えておくわ。それじゃあ――
 
 
リリーがそういうともう声は聞こえなくなっていた。『我々は焔の帰還を待つ』か…。この場合の我々には多分俺も含まれてるんだろうな…。よっし!ルークの目が覚めたら俺も言ってやんないとな!
俺は、お前を信じてるって!
 
 
 
 
 

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