束の間


 
 
 
 
 
「あなたたち、私の事を忘れているでしょう?」
 
 
ラスティとの甘い雰囲気を楽しんでいたら、背後から低いリリーの声が聞こえてきて、思わず握っていた手に力がこもった。うおぉぉ…やべぇ、リリーがいたんだった…。
 
 
「毎回毎回私の前でいちゃいちゃして…」
 
 
目尻が苛々しているからなのか微かに痙攣してるように見える。表情は無表情だけど、その雰囲気がやべぇ。思わず俺とラスティは顔を引きつらせた。
 
 
「あなたたちわかってるわね…?私は刀であるのよ…?」
 
 
「い、いや!不可抗力だ!これは不可抗力なんだ!!」
 
 
「不可抗力?あなた馬鹿?不可抗力でいちゃいちゃされてるこっちの身にもなりなさいよ…!禁止よ!私の前では禁止!」
 
 
「いやいや!禁止とかリリーは俺の親か!?てかそれっていちゃつくなって事なのか!?」
 
 
「ええ、今後一切禁止ね」
 
 
めちゃくちゃ必死にリリーに訴えかけるラスティとそれを一蹴し、なおかつ毒舌を撒き散らすリリー。まるで母親に駄々こねるガキみてぇな図になってる…。
 
 
「つーかいい加減離せよ!」
 
 
ラスティとリリーの会話を聞いていて忘れそうになっていたが、俺たちの手は繋がれたままだった。恥ずかしさと、こんなところ見られたくないって思いから勢いをつけて振り払うと、ラスティがちょっと絶望した顔をしていた。
 
 
「…全くあなたたちバカップルは…。もういいわ、ラスティ」
 
 
「はいはい」
 
 
疲れたようにため息を吐いたリリーがラスティに近づいてタルタロスと同じように差し出された右手を掴んだ。するとその右手に収まるように刀のリリーへと姿を変えた。
 
 
「それってどういう仕組みなんだ?」
 
 
「あー…、今はまだ内緒な?でも、いつか絶対話すから待っててくれないか?」
 
 
言いづらそうに顔を歪めたラスティに、俺は仕方ないとばかりにため息をついて頷いた。するとラスティは俺の返答に満足したのか、柔らかい笑みを浮かべた。
 
 
「んじゃ、俺は市長とやらに顔見せしようかな…」
 
 
そう言ったラスティはすぐさま表情を厳しいものへと変えて踵を返した。どうやら俺はついてこない方がいいらしい。あいつがわざとらしくああいうんだから余程なんだろうな…。そもそもこの街は預言信仰が強いらしいし…。あいつはなんだかんだで周りを良く見てる。俺が不快な気持ちにならないように一人で市長の家に行くし。って事は、俺が任されたのはルークの事か…。
 
 
「よし、行ってやるか…」
 
 
俺もさり気ないあいつの気遣いを受け取りつつ、踵を返してティアの部屋に向かった。ルークは現在その部屋に寝かしてある。ティアがその部屋がいいと判断したからだ。今眠ってるルークを見てるのはミュウだ。ミュウ自身が見てると言ったからもあるし、一番ルークを心配してるのがミュウだったからもある。部屋へと続く階段を上って部屋に入ると、真っ先にミュウがこちらを見た。そして入ってきた人物が俺だと分かると警戒を解いて嬉しそうな顔をした。
 
 
「ルークの様子はどうだ?」
 
 
ルークが寝ているベットの端に腰かけてミュウの頭を撫でながらそう聞くと、ミュウは寂しそうな顔をして首を振った。どうやらルークはまだ目を覚ましてないみてぇだ。
 
 
「スパーダ」
 
 
不意に、俺たち以外の声が聞こえてそちらを向く。ラスティとは違う固さを含んだ声。
 
 
「…ガイ」
 
 
部屋に上がってきたガイは、俺の姿を見るとその表情を固くした。緊張しているような、警戒しているような、色んな感情がごちゃ混ぜになった顔をしてる。
 
 
「何の用だよ?」
 
 
俺があいつの騎士だとわからなかった頃と何も変わらない調子で声をかけると、緊張していた表情が少しばかり緩んだ気がした。ガイはそっと近づいて俺の事を見下ろした。
 
 
「君は…、俺たちを騙していたのか…?人を探しているっていうのも、嘘だったのか…?」
 
 
「……。いや、騙してなんかいねぇよ。俺があいつを探していたのは本当だし、嘘はついていない。それに、ルークの事だってあいつに頼まれたから守ってたわけじゃない。あいつがあいつだから、助けただけだ」
 
 
ガイの碧眼をしっかりと見つめながらそう言うと、ガイは真剣な顔をして俺を見た後に、ふっと力を抜いて微笑した。
 
 
「スパーダは凄いな。彼が敵に回って、君に敵を演じてくれって言ったらその通りにして疑わなかった。彼が本当に敵になったんじゃないかって疑わなかった…。羨ましいな、君たちの絆が」
 
 
そう言って悲しそうに顔を伏せたガイ。どうやらさっき言っていたラスティの言葉が効いたようだな…。
 
 
「だったら、てめぇが奴を信頼させな」
 
 
いつもの聞きなれた声と共にラスティが階段を上がって部屋に入ってきた。血のように赤い深紅の髪に、六神将の黒い服を着こなしたラスティが。その藍色の目はさっきのような冷たさはなく、本当にそうなることを願っている目だった。
 
 
「……君の目的を聞いていいかい?スパーダと離れてまでしたかった事って…」
 
 
「他人に答えを聞くのか?人を頼ってたら真実なんざ見つけられやしない。見つけてみろよ、てめぇの真実を。俺が真に悪か、それとも正義か」
 
 
悪戯っぽくにやりと笑うラスティは本当に悪役が似合う顔だった。しかしガイはそんなラスティを見て気分を悪くするどころかくすくすと楽しそうに笑っていた。#ラスティはそんなガイの様子に馬鹿にされたと思ったのか眉を吊り上げた。
 
 
「君たちは本当に仲が良いんだね。付き合ってるんだろ?」
 
 
瞬間、空間の時間が止まった気がした。ガイのコノヤローは今何を口走った…?ツキアッテルンダロ?だって…?え…、ちょ…、それってつまり…。見てた…?あれ、を…?ラスティと俺の……。その考えに至った瞬間の俺とラスティの行動は早かった。俺は素早く体に捻りを入れてガイの脇腹に回し蹴りを放った。
 
 
「うっ!?」
 
 
いきなりの回し蹴りに対処出来なかったガイの体がくの字に曲がる。ラスティはその瞬間を見逃さず獣のような荒い目でガイの右肩を掴み、床に叩きつけた。そして、目配せも何もしていないにも関わらず俺たちはナイスコンビネーションでガイを踏む!
 
 
「お前…見てたのかァ…?」
 
 
呻くように言ったラスティ。もうその声は死にそうで、今のこいつなら羞恥で死ねる。たぶん、俺も…。そんなことを考えながらもぐりぐりと踏むことを忘れない。
 
 
「忘れろ、ガイ!今すぐ記憶喪失になれ!」
 
 
俺もガイを思いっきり踏みながらそう叫んだ。だって!あの状況をこんなガイに見られてるなんて想像もしなかった!なんで誰も気づかなかったんだよ!?ぜってぇリリーとかなら気づいてたろ!?
 
 
「うわっ、何この状況!」
 
 
「おやおや、ガイが死んでますねー」
 
 
こんなカオスな状況の部屋に入ってきたのはアニスを初めとするアッシュを抜いたメンバーたちだった。ジェイドなんかガイが踏まれているのを楽しそうに見ている。
 
 
「旦那!笑ってないで助けてくれ!」
 
 
「え!?旦那!?お前、そう言う趣味が…?」
 
 
「違う!俺は普通に女性が好きだ!」
 
 
「へぇ…、引くわセシル君…。じゃ、天国の光景を生まれ変わったら教えてくれたまえ…。大丈夫、一瞬で天国に行けるから」
 
 
鞘に収まっていたリリーをするりと抜いたラスティはその切っ先をガイへと向ける。つーかあれやばくね?ラスティの目死んでるし。
 
 
「おい、アニス。トクナガでこいつを押さえろ」
 
 
「え?」
 
 
「いいから。ガイ死ぬぞ?」
 
 
俺は相変わらずガイをぐりぐりしたまま冷静に指示を出す。だったらお前が止めろよ、なんて声は聞こえねぇ。そしてトクナガを大きくしたアニスはそれを動かしてラスティの両腕を掴む。羽交い締めにされたラスティはリリーを振り回し、般若のような形相でガイを見ている。
 
 
「一体ガイは何をしたんですか…」
 
 
あきれたため息を吐きながら俺に視線を送るジェイド。さすが嫌味大佐だな。このラスティの暴走に俺が絡んでいるとすぐさま見抜くなんて。まあ俺がガイを踏んでるから分かって当然だろうけど…。
 
 
「おい、何してんだ、てめぇ」
 
 
タイミングがいいのか悪いのか、引き続きカオスな状況の部屋に入ってきたのはアッシュだった。この際アッシュでもなんでも構わねぇ。あの馬鹿を止めてくれ。
 
 
「アッ君…」
 
 
急に大人しくなったラスティに油断したアニスが力を緩めてしまい、その隙をついてラスティはするりと抜ける。そしてアニスがハッとしている内にアッシュに近づいた。
 
 
「?」
 
 
アッシュがワケが分からず眉間にシワを寄せていると、ラスティは全く躊躇いなくアッシュの頬を張り飛ばした。どたーん、と派手な音と共に床に倒れ込んだアッシュ。ラスティはそれを冷たく見下ろしていた。
 
 
「な、何しやがる」
 
 
「八つ当たり」
 
 
一瞬にしてその場の空気が固まる。あまりにも横暴なこいつの言葉に。俺はそれに重たいため息を吐いてから、手を叩いて注目させた。
 
 
「はいはい、後でこいつの記憶を抹消するから。で?今は何をするんだ?」
 
 
ちなみにこいつ、はラスティじゃなくてガイの方な。いつまでもリリーを握りっぱなしでガイに刀身を向けているラスティの首根っこを引っ張って離すと、不服そうな顔をした後、リリーを鞘に納めて背負った。
 
 
「とりあえず、タルタロスを失うワケにはいかないから、どうにかして外殻大地に戻るらしいぞ。方法はあのじーさんに教えてもらったし。て事でスパーダ。ルー君よろしく!」
 
 
まるで軽く出かけてくるぜ!みたいな軽いノリにイラってラスティの頬を軽くビンタする。往復で。
 
 
「往復の意味は…?」
 
 
「分かれ」
 
 
あまりにもいい笑顔で言ったから腹が立ったとかそんな感じだろ、多分。俺はそんなラスティと離れるために部屋を出る事にした。ルークは寝てるから問題ないし、今はラスティもいるから問題ない。気分転換だと思えばいい。さっきまでのガイの発言や、色々な事に参ってるに違いない。……別に、再開したのにまた離れることに不服とか、そういうんじゃ…。
 
 
――二人とも、素直じゃないわね――
 
 
不意に聞こえてきたリリーの言葉を無視する技術を、俺は駆使する事が出来なかった…。
 
 
 
 
 

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