遣わされた神


 
 
 
 
 
機械が唸るような音が聞こえてきて意識が浮上した。……ああ、ここはタルタロスか…。どうにも、崩落は防げなかったようだ…。リリーの記憶が意志を繋いでいるからなのか流れてきた。リリーの記憶の中のルークは非常に頼りない姿をしていた。脆くて、危なっかしい。師匠に裏切られただけでも辛いというのに、きっとあいつらは追い打ちをかける。精神的に来ているところに、冷たい言葉…。
 
 
「目が覚めたようね」
 
 
ベッドで横になっていた俺は首を横にずらして視線を声の方に向けた。俺が寝ているベッドの横の椅子にリリーが座っていた。リリーが具現化できることを俺は知っていた。でも、それは俺がリリーと繋がっているからこそ出来るもんだと思ってた。でも、違うみたいだ。
 
 
「それは後で詳しく話すわ…。それよりもスパーダのところに行ってあげて。彼は今戦ってるわ。自分の正義と…」
 
 
リリーは悲しそうに目を伏せると、寝ている俺の腕を掴んで上体を起こした。俺はリリーに手伝ってもらいながらも立ち上がり、甲板へと歩き出す。やっぱり少しばかり荷が重いかもしれないなぁ…。何もわからないこの世界に放り出されたようなあいつは、不安定な中ここまで進んで来た。唯一の仲間である俺が敵側にいながらも頑張ってくれた。だから、今スパーダが不安定でも仕方ない…。
リリーと共に何とか甲板まで来ると、ティアがルークに冷たい言葉を吐いて去っていくところだった。ティアはこちらに気づかずに去っていき、残されたスパーダは立ち尽くしていた。
 
 
「……スパーダ……」
 
 
ルークは縋るような声を出してスパーダを見る。スパーダの灰色の目は困惑を示していた。こんな状況をどうやって対処すれば良いのか分からないんだろうな。
 
 
「ルーク。俺は、常に物事を公平に見なければならない。正しい目を持って、物事を判断しなければならない…。だから、俺は間違わない…」
 
 
スパーダは立ち竦んでいた足を動かして一歩踏み出した。そして上っ面の仲間から言われた冷たい言葉に打ちひしがれているルークをそっと抱き締めた。子供をあやすように背中を撫でて、お前だけのせいじゃない、と諭すように抱き締めている。それはまるで可哀そうな子供を慰める母親のように見える。やがてルークはその翡翠の瞳いっぱいに涙を溜めて、一気に泣き出した。膝が崩れ落ちて、スパーダの胸に頭を押し付ける。俺たちはそれを見ながら足を踏み出す。カン、と金属を叩くような音が響いて、二人が一斉にこちらを見る。スパーダは安心したように灰色の目を細め、一方のルークは翡翠の目に恐怖を滲ませていた。
 
 
「正義の剣。お前は正しい目を持っている」
 
 
未だにリリーに支えてもらいながらスパーダたちの近くへと歩み寄る。スパーダは俺の言葉に安心したのか、息をゆっくりと吐き出していた。俺はそれに微笑んでから崩れ落ちたルークの傍に膝をついた。
 
 
「聖なる焔の光。お前は今何を思う?誰も何も教えてくれなかったのにお前だけが悪いと責め立てて去って行った仲間たちが憎いか?心無い言葉を吐かれて、師はお前を騙したと言われて辛いか?」
 
 
「お、お、れは…」
 
 
目を細めて、その怯えたように震えるルークを射抜く。するとルークはスパーダに縋り付くように手に力を込めた。それを見て俺はふっと力を抜いた。
 
 
「そう怯えんなよ、ルーク。お前が言った事は半分間違っちゃいない。この事態はお前だけが悪じゃない。何も知らなかったお前を放置したあいつらにも落ち度がある。だが、お前にも悪いところがあった。それだけは忘れちゃいけない」
 
 
翡翠の瞳がただ涙を堪えるように震えていた。その姿は子供そのものだった。怒られて泣くのを堪えているような、子供…。そう、こいつは子供なんだ。だから何も知らない世界に放り出されて、何も知らないまま常識を要求されて、何も知らないままに世の中に流された。
 
 
「俺は、俺たちはお前の仲間だ、ルーク。公正な目を持ち、真実だけを信じよう。俺たちは神。お前を守るために遣わされた神だ」
 
 
優しく、柔らかくそう言ってルークの頭を撫でる。すると、先ほどまで堪えていた涙が一斉に溢れ出した。俺の胸に飛び込んできたルークの頭を撫でながら、横目でチーグルの仔を見る。こちらを困惑気味に見ている。俺はリリーに目線を送って、その仔を連れてきて欲しいと頼んだ。するとリリーはすぐに俺の傍を離れ、チーグルの仔へと手を伸ばした。
 
 
「危害は加えないわ。おいで」
 
 
リリーが優しくそう言うと、チーグルの仔は一瞬こちらを見た後に、敵ではないと判断したのかリリーの腕に飛び込んだ。リリーに連れられた仔はこちらを見た後にルークに視線を向ける。その視線はただひたすらルークの事を心配している目だった。
 
 
「お前は分かってるんだな。孤独がどれだけ寂しいか。どれだけ苦しいか。だから、お前はルークの傍にいつだっていてくれ」
 
 
チーグルの仔にそう言うと、リリーがその頭を優しく撫でルークの傍に立たせてやった。するとチーグルの仔はそっとルークに擦り寄った。俺はそんな光景を見ながらルークの頭を軽く撫で、肩を優しく掴んで離した。
 
 
「俺はまだお前の近くにいてやれない。だから何かあったらスパーダに相談しろ。正義の剣はお前を絶対に裏切らない。だから、待っててくれ。もう少ししたら、ちゃんとお前を支えてやるから」
 
 
俺はそう言ってルークに微笑みかけた。ルークはその事を理解したのか弱く頷いた。俺はそれを見てゆっくりと立ち上がり、傍に控えていたリリーに視線を送る。もう体はだいぶ動く。支えは必要ない。
 
 
「リリー」
 
 
「ええ」
 
 
リリーに声をかけると何を言われるのか分かっていたのかすぐに返事を返して俺の前に立った。そして俺が右手を突き出すとリリーはそっとその手を取る。するとリリーの姿は足から徐々に消えていき、やがては俺の右手に収まる刀となった。
 
 
「幻神」
 
 
いつものようにリリーをくるりと回してから掴むと、周りの景色が揺らめく。
 
 
「また会おう、聖なる焔の光」


そして俺はそのままタルタロスの中へと歩き始めた。カツカツと響く音さえ、他人には認識する事は出来ないだろう。完全に景色と一体化した俺は誰の視覚も捉えることは出来ない。これが幻神の応用だった。あの頃に比べると、それぞれの技が強くなってるのがわかる。
 
 
――刀としてのリリーの力が、あなたと共に成長しているの…。だからこそ、幻神は変わった――
 
 
そう、元々は外見を変えるだけだった幻神も、応用すれば景色と一体化し、なおかつ誰の視覚にも止まることはない。聴覚すら俺の足音を拾う事は出来ない。これが究極の幻神ってか。
 
 
――ええ、そうね…。それにしても不思議な世界…。こんな地下世界が存在しているなんて…――
 
 
何言ってんだよ。そんな事言ったらあの世界の天上から見たのと同じもんだろ。…まあ、俺たちの世界にあったもう一つの世界はこんなに禍々しくなかったがな…。
 
 
――彼は大丈夫かしら――
 
 
スパーダがいればあいつは救われる。俺たちはまだ表立った行動は出来ない。今は援助だけだ。
 
 
――あなた、被せてないわよね?自分と――
 
 
さぁね…?ただ、俺が言いたいのは無知は罪であり罪ではないって事さ。人間が知りうる知識なんてほんの些細な程度だ。それにルークは特殊な環境にいすぎた。周りが奴をダメにした。俺が周りによって救われたのと反対に、な。だから、俺は救ってやりたいのさ。あいつを。まぁ頼まれたって事もあるがな。
 
 
――意地っ張り。本当は心配な癖に。自分と似てるあの子が心配なんでしょう?――
 
 
ばーか。俺はただ救ってやりたいだけさ。恵まれなかったあいつを。だから、ただそれだけさ。
少しばかり恥ずかしくなって視線を逸らすと、そこには一つの建物が見えた。この魔界で唯一の街、ユリアシティ。外殻から落ちてくる水に守られているそこへ、タルタロスは進んでいった。 
 
 
 
 

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -