最悪な結果


 
 
 
 
 
アクゼリュスは酷い状況だった。紫色の煙みたいな奴…障気がそこに満ちていた。町の人たちはその障気を吸いすぎたせいか、あちこちで倒れている。誰もが皆具合が悪いのか、倒れている人に手を差し伸べる人はいない。それが俺たちの見ている状況だった。そして誰もが顔をしかめているだけの中、ナタリアが倒れている町の人に駆け寄ってその体を抱き起していた。そして詠唱を唱えて治癒術をかけるが、大した効果が見受けられず、その人はただ苦しそうに呻くだけだった。それを見たルークが、ああ、こいつって空気読めねぇよなってセリフを言った。
 
 
「おい、ナタリア…汚ねぇから止めろよ。伝染るかもしれないぞ」
 
 
「何が汚いんですの?何が伝染るというんですの?馬鹿な事仰らないで!」
 
 
ルークの言葉に鋭い視線を向けたナタリアが凄い剣幕でそう叫んだ。ルークはその剣幕に一歩後退り、何も言えなくなった。ナタリアが再びその人に治癒術をかけていると、ある家から一人の男が現れた。
 
 
「あ、あんたたち、キムラスカ側から来たのか?」
 
 
「ああ…」
 
 
いきなり来た男に狼狽えたルークがそう答えると、さっきまで治癒術をかけていたナタリアが男に近づいて声を上げた。
 
 
「私はキムラスカの王女、ナタリアです。ピオニー陛下から依頼を受けて皆を救出に来ました!」
 
 
「ああ!グランツさんって人から話は聞いています!自分はパイロープと言います。そこの坑道で現場監督をしてます。村長が倒れてるんで、自分が代理で雑務を請け負っとります」
 
 
俺は馬鹿だからよくわかんねぇけどよぉ、ナタリアって直接この依頼には関係ねぇんだよな…?だったりここはやっぱり正式な依頼を受けてるルークか、もしくは嫌味大佐が仕切るべきじゃ…。あー!ンでこんなかったりぃ考えしてんだよ俺!俺らしくない!いやあいつと出会った時点で俺のキャラは崩壊してるかもしれねぇけどよ!
 
 
「グランツ謡将と救助隊は?」
 
 
「グランツさんなら、坑道の奥です。あっちで倒れてる仲間を助けてくださっとります」
 
 
パイロープはそう言うと坑道を案内すると言った。俺たちは特に何も言うことなく着いて行き、坑道の前で立ち止まった。
 
 
「ここです」
 
 
パイロープが指差した先には、第十四坑道と書かれた木枠が掲げられていた。全員が全員の様子を窺った後、坑道の中へ入ろうと一歩踏み出した。が、その時鎧が揺れるガシャンガシャンと言う音が聞こえてきて、足を止めた。
 
 
「グランツ響長ですね?自分は、ハイマンであります」
 
 
「ご苦労様です」
 
 
「モース様に第七譜石の件をお知らせしたのですが」
 
 
やって来たのは神託の盾騎士団の兵士だった。そしてそいつが言ったのは第七譜石について。確か第七譜石って預言者のユリア…?が最後に読んだ預言らしいな…。俺には詳しいことはわからねぇけど、必死になって探してるみたいだな…。
 
 
「第七譜石…?まさか、発見されたのですか?」
 
 
「はい。ただ真偽の程は掘り出してみないとなんとも…」
 
 
「ティア。あなたは第七譜石を確認してください。僕はルークたちと先遣隊を追います」
 
 
まさか!ここで回復役のティアを抜くつもりか!?
 
 
「ちょっと待てイオン!このメンバーで治癒術使えんのティアとナタリアだけだぞ!?ここでティアが抜けた穴は大きいぞ!?」
 
 
「ですが、第七譜石の可能性があるのです。分かって下さい。ティア、お願いします」
 
 
神託の盾騎士団のメンバーであるティアは導師のイオンに従わなければならないだろうが、俺はそもそもこの世界の人間じゃない。そんな預言何かのために人手を割くなんて信じられねぇ!そう思ってイオンに抗議しようとした瞬間、肩をジェイドに掴まれた。
 
 
「ここはティアに任せて私たちは行きましょう」
 
 
その言葉はとてもじゃねぇが信じられなかった。おかしい!この世界の人間はどうかしてる!思わずそう叫びそうになって必死にその言葉を押し込めた。この場には俺の事情を知らない人間の方が多い。下手に叫んで怪しまれたりなんかしたら…。だが、それだからと言ってジェイドの言葉は納得できないもんだ!
 
 
「時間を割いてる暇は無いのです。確かに回復役がいないのは大変ですが、変わりにナタリアに頑張ってもらいましょう」
 
 
そのジェイドの冷静な声が逆に癇に障った。何を冷静になっているのだろうか!そのすかした顔を一発殴りたくなったが、理性で押しとどめ、いつまでも俺の肩を掴んでいるジェイドの手を振り払って坑道の奥へと進んだ。ああ、気持ち悪ぃ!なんなんだよこの世界は!俺は、こんな世界で頑張れんのかよ!?
 
 
「!」
 
 
そんな不安な気持ちを抱えながら奥の方に進むと、目の前が開けた。少しばかり広い空間が存在し、そこには鉱夫が何人も倒れていた。ナタリアは真っ先にその内の一人に駆け寄り、ヒールをかける。しかし効果はあまり見込めない。だが、放っておくのは適切じゃない。俺もすぐさま近くにいた鉱夫に駆け寄り、体を抱き起した。呼吸が荒いし、顔色も良くない…。
 
 
「…おかしい。先遣隊の姿がない」
 
 
ジェイドは下がってもいない眼鏡を押し上げてから上を…正確には天井を見上げた。微かだけど、何か音がする。
 
 
「様子がおかしいですね…何かあったのかもしれない。ちょっと見てきます」
 
 
ジェイドはそう言うと来た道を戻っていった。俺はその姿を見届けながら、坑夫の腕を持ち、肩に回して起き上がらせた。だが立てる程の力がないらしい。俺はとりあえず引きずるように近くの壁に寄りかからせた。治癒術も薬も効かない。なら少しでも楽な体勢にしてやるべきだ。そう思って辺りを見回してから俺は重大な過ちに気が付いた。そんな馬鹿な!俺は何をやっていたんだ!!
ルークがいない!!
主からの命令を忘れる騎士がどこに存在する!?俺はあいつの命令を果たせなかった!ルークの傍から決して離れるなという命令を!俺は急いでルークが行ったであろう坑道の奥へと駆け出した。すると坑道の奥には不思議な穴が開いていた。あまりにも不自然だったが、ルークを探すために俺はそこに入って行った。入って、目を見開いた。そこは酷く幻想的な空間が広がっていた。光が舞っていた。何千、何万という光が…。
 
 
――スパーダ・ベルフォルマ!!ルークを、聖なる焔の光を止めなさい!!間に合わなくなる!!早く!!――
 
 
突如聞こえたリリーの鋭い声にハッとして、俺はかなりの高さがあるそこから飛び降りた。この螺旋の道を通っていたら時間がかかりすぎる!頭の中でリリーに声をかけるが、コンタクトが切られているようで全く繋がらない。その事に舌打ちしてから、下を見ると、そこには不思議な機械に向かって両手を突出し、光を放つルークと、怪しい笑みを浮かべたヴァンが立っていた。さらにそれを見守るように後ろの方でイオンとミュウが立っていた。俺は空中で双剣を抜いて叫んだ。
 
 
「止めろ、ルーク!!」
 
 
俺の声で存在に気づいたヴァンがルークに近づき、囁くように、しかししっかりと届く声で言った。
 
 
「『愚かなレプリカルーク』!その力を解放するのだ!」
 
 
ヴァンがそう言った瞬間、ルークの手にあった光が強い衝撃波を周りに放った。近くにいたイオンとミュウはその衝撃波によって壁に叩きつけられた。俺は空中で双剣を構えてその衝撃を利用して地面へと着地した。ルークの手にある光は暴走したように力強く輝き、機械の周りにあった輪が静かに消滅し、ルークは崩れるように座り込んだ。それと同時に、急に地面が揺れ始めた。
 
 
「漸く役に立ってくれたな、レプリカ」
 
 
今まで見たこともない冷たい表情だった。ルークを見下ろす目はまるで蔑むようだった。ルークは座り込んだまま虚ろな目をヴァンに向けていた。
 
 
「畜生!間に合わなかった!」
 
 
視界の端に、紅い髪が映る。アッシュのものだ。それと同時に今まで坑道にいた全員がこの場に集まっていた。俺はすぐさまハッとしてヴァンに斬りかかった。しかしヴァンは俺の剣をバックステップで躱す。これでルークから距離を取らせた!すぐに座り込んだままのルークに近寄り、その肩を掴んだ。無理矢理こちらに顔を向けさせると、その顔色は青く、震えていた。
 
 
「スパーダ…」
 
 
消えそうなくらい弱々しい声。これが、先ほどまで我が儘し放題だったルークなのかと疑ってしまうほど、その声は頼りなかった。俺は、俺には、その震える手を掴んでやることしか出来なかった。俺は、何も出来なかったんだ…。命令を守ることも、こいつを助けてやることも…。気づけばヴァンはアッシュと共にいなくなっていた。
 
 
「……間に合わなかったのね…」
 
 
不意に、この場に似合わないくらい冷静な声が響いた。聞き覚えのある声だ…。声のする方へ視線を向けると、そこにはリリーが、雪の舞う世界で見たあの少女が立っていた。幼くて、強くて、誰よりもラスティを思っていて、弱い少女だったリリーがいた。幻神なんかじゃない。リリーはこの場に一人の存在としていた。
 
 
「誰!?」
 
 
唐突に現れたリリーに俺以外の全員が警戒を示すが、リリーはそんなことに興味がないのか軽やかに俺の傍へと降り立った。近くでリリーを見ても、幻神ではない…。一体どうなってるんだ…?
 
 
「残念ね…。あなたは命令を守ることが出来なかった…。でも、これはあなただけのせいじゃない。この環境がいけなかったの。だから、最悪な事態になってしまった。彼が望まない、最悪な事態にね…」
 
 
天上にいた時のように無表情で言った言葉に、驚愕した。リリーは知っていた。いや、リリーだけじゃない。あいつも知っていたんだ。ここで何が起こるか。
 
 
「お前は、なんで知ってんだ…?俺に、何を隠してる…?あいつは、あいつはどこに…?」
 
 
「……来たるべき時は近い…。あなたは選択しなければならない。何が善で、何が悪かを。けれど、決して間違わないで。間違ってしまったら、私たちは一緒にいれない…。だから、正しき道を正しく歩みなさい、スパーダ」
 
 
リリーはそう言って悲しそうに俺に微笑みかけると、まるで霧のようにその姿を消してしまった。一体、なんなんだ…?俺の知らないところで何が起こってるというんだ…?
 
 
「まずい!坑道が潰れます!」
 
 
「私の傍に!早く!」
 
 
ジェイドとティアの声に、俺は急いでルークの腕を肩に回し、その体を引きずりながらティアの近くへと寄った。ティアは全員が来たことを確認すると、その口から美しい旋律を紡ぎ出した。それが俺たちを包み、坑道は崩れていった。これが、これがリリーが言っていたあいつの回避したい最悪の事態だったんだ…。俺が、俺がしっかり命令を守れていれば…!拳を力強く握りしめていた俺の目の前に、紫色の世界が広がっていた…。
 
 
 
 
 

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