禁術の代償


 
 
 
 
 
深く被っていた黒いフードを脱ぎ捨ててリグレットの顔を正面から見る。その顔には大層なしわが寄っていて、いかにも不機嫌な事が分かった。分かってるさ、リグレットが俺の事を好いていない事なんざ。
 
 
「どういうつもりだ?」
 
 
「言ったろ?さっさと任務を済ませたいって。なのにいつまで経っても来ないから迎えに来たってわけ!」
 
 
にやりと笑いながらそう言うと、リグレットは眉間にしわを一瞬だけ濃くしたが怒りはしなかった。まあある意味タイミングも悪くなかったからだろうけど。
 
 
「まぁいい。さっさとアクゼリュスに行くぞ。タルタロスはあるのだろうな?」
 
 
「もちろん。俺は仕事だけはしっかりするからね」
 
 
「仕事だけは、な」
 
 
嫌に強調されたところが俺のデリケートは心に刺さったけど、寛大な心を持つ俺は気にしないことにしておいた。歩き出すリグレットの後ろについて行く。これから行くのは俺にとってもあいつらにとっても大事な場所だ。ここで、大きく全てが変わる。アクゼリュス。障気に満ちた鉱山の町へ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
町についてから思わず眉間にしわを寄せた。町の中は酷い有様だった。紫色の障気が広がり、人々が道端に倒れている。人手が足りないのか誰も助けようとはしていない。町の子供たちも何も出来ないのかただ高台から町を見下ろしているだけだった。そんな後姿を見ていると、後ろからリグレットが声をかけてきた。
 
 
「私はティアを捕まえる。お前はルークを見張っておけ」
 
 
リグレットはそれだけ言うと踵を返してタルタロスへと入っていった。俺はそれを見届けると、再び町へと視線を落とした。下に行くほど紫色が濃くなっている。おそらくそこに行けば行くほど障気が濃いのだろうな。あそこにはたくさんの鉱夫たちがいる。親善大使の本来の目的はそこにいる鉱夫たちを助けること。だが、ヴァンはそいつらを端から助ける気などない。何故ならここを…。
 
 
「全てはこの時のために…」
 
 
生かすも殺すも人次第。それ以上も以下もない。だから、俺は生かす選択をする。この町の、人々を。
 
 
――けど、タルタロスは神託の盾騎士団に使われているわ。どうするつもり?――
 
 
…タルタロスを奪う。おそらくリグレットはティアの説得に失敗するだろうし、アッシュが邪魔に入るだろう。その時に撤退すると思うんだ。だから…。
 
 
――でも時間が無い。それだと間に合わないわ――
 
 
…しかし他に方法はない。タルタロス以外に崩落に耐えられるものなんてない。時間が無くとも、少しでも多くの人を…。
 
 
――ラスティ、あなたの背にいるのは誰?私は女神、あなたの刃よ。あなたがここにいる人を救いたいのなら、私があなたを助けましょう――
 
 
…何をするつもりだ?
 
 
――禁術。私が使える三つの禁術の一つを、あなたに託すわ――
 
 
禁術…?そんなもん使ったらお前が…。
 
 
――いいえ、問題なのは私ではない。あなたよラスティ。私にはすでに肉体がないから払うべき代償がない。それにこれを発動するのはあなた自身。だから、分かるわね?――
 
 
俺が、その代償を払うって事か。
 
 
――そう。でも禁術だからその代償は軽いものではない。あなたの気力や体力を大量に消費することになる。あなたがそれに耐えられるかどうか…――
 
 
おいおいリリー。俺を誰だと思ってやがる?俺はお前の生まれ変わりで、ラスティなんだぜ?
 
 
――そうね、そうだったわね…。ではよく聞きなさい。この術は空間転移。本来ならば対象は自分だけに限定される術だけれど、範囲を広げればこの町の人たちをタルタロスに移すことも可能だわ――
 
 
な、なんだよ…。そのデタラメな力は…。マジで神様になった気分だ…。
 
 
――ええそうね。神様になれるかもしれないわね。代償がなければの話だけれど。この術はただでさえ気力と体力を使うの。自分自身だけでも疲れるんだから、今回はもっと大変。代償は大きいわ。でも、あなたが人々を救いたいと願うから、私はあなたに力を与えるの。それは忘れないで…。それと、この術は坑道の奥までは届かないわ。残念だけれど…――
 
 
……ああ、分かってる。お前が俺を信頼しているからこそ、信用しているからこそ俺に教えてくれているってな。それによ、リリー。俺たちは本当の神様じゃないんだ。全員救えるなんて思っちゃいない。だから、嘆くな。
 
 
――…分かってるわ。私たちは決して無力ではない。さあ、ラスティ。リグレットの様子を見ましょう――
 
 
リリーにそう促されてリグレットがいるであろう方向へと視線を向けた。するとそこにはすでに到着していたのかティアがリグレットと対峙していた。リグレットはティアを説得するためにこれからここで起こることを説明し、こちらに来るように言った。ティアはリグレットの与えた情報に目を見開き、狼狽えたように一歩後ろへ下がった。どうやらティアはその行動を正義とは捉えなかったようだ。リグレットがそれに気づいて銃口をティアに向けた瞬間、それはやって来た。
 
 
「やはり来たか…」
 
 
そこにやって来たのは深紅の髪をしたアッシュだった。アッシュはリグレットが打ち出した弾丸を剣で弾くと、困惑しているティアの腕を引いて逃げるように走り出した。
 
 
――本当に、やって来たわね…――
 
 
リグレットは走り去っていく二人の背中を忌々しそうに睨み付けると、兵士に撤退の命令を出した。急がなければ間に合わなくなる、と叫ぶように言ってリグレットはアクゼリュスから姿を消した。……俺の事は無視か…、コノヤロー…。
 
 
――あら、良いチャンスじゃなくて?リグレットはあなたの存在を疎んでいたようだし、崩落に巻き込まれたといえば事故として処理されるでしょう?――
 
 
いやいや、やけに現実的な意見ですなぁリリーさん。俺ってそんなに嫌われてる…?
 
 
――それとも、あなたを信じているとでも…?――
 
 
……そんな蔑むみたいに言うなよ…。傷つくだろ…。まあ、いいさ。どうせ俺は死なないんだからな。さて、準備は大丈夫かいリリー?
 
 
――問題ない。心を落ち着かせて……、私と同調するの…。再神のように…――
 
 
リリーの言うとおり深呼吸をしてゆっくりと同調するように呼吸を合わせる。するとじわじわと眼が熱を帯びてきて、リリーと同調できたことが分かった。
 
 
――そう、そのまま…――
 
 
体の底から沸き上がるような感じがする。温かな、けれど痛みを含んだような力が湧き出す。じくじくと痛むような…。
 
 
――そのままイメージして。この町を、人を包み込むような巨大な魔法陣を――
 
 
リリーの言う通りに脳内でこの町に大きな魔法陣が浮かび上がるイメージをする。すると足元から光が広がるような感覚がする。閉じている目の裏から光が見える。水色の、光。
 
 
――我、神の意志に抗う者なり。美しき光の名の元に、其の権限を行使する。生在る者は夢を見よ、死在る者は未来を見よ。我は全てを統べ、生かす者なり!――
 
 
「シュルベートワイス!!」
 
 
目を開いてそう叫ぶと、魔法陣から溢れ出る水色の光が全てを包み込んだ。町から見える人々が次々と消えていく。最後に俺の体を包むように光ると、そこはタルタロスの中だった。成功だ。俺たちは、やったんだ!
 
 
「すげぇな…っ!?」
 
 
喜びに歓喜しようとした瞬間、体が傾いた。踏ん張ろうと足に力を込めようとするが、まるで他人の体みたいに言うことを聞かない。なんで…!?
 
 
――これが代償。あなたの中の体力と気力を禁術が奪った。ただそれだけ。大丈夫、後は私に任せなさい。だからお休みなさい、ラスティ…――
 
 
意識を失う前に視界に飛び込んで来たのは。血のような深紅の髪に瞳を持つ、女神の姿だった。
 
 
 
 
 

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