預言嫌いの信念


 
 
 
 
 
ザオ遺跡で無事にイオンを救出する事に成功した俺たちは砂漠を超え切り、海を渡って漸く目的地の近くまで来る事が出来た。ヴァンたち先遣隊はすでについているかも知れない。ルークはその事を知ると不機嫌になってむくれている。こういう時のルークは何も考えていないと言うか、余計な事を言いがちになる。何か余計な事を言ってぎすぎすさせなきゃいいけどぉ…。
 
 
「砂漠で寄り道なんかしなけりゃ良かった」
 
 
って考えた矢先にそれかよっ!おいおいルーク!何も考えてないからってその言い方はアニスを怒らせるだけだってぇの…。
 
 
「寄り道ってどういう意味…!ですか?」
 
 
やはりアニスがその言葉に眉を吊り上げた。まさか最も敬意を払うべき導師の事を「寄り道」扱いされたんだ。怒らない方がおかしい。まあまだ敬語であるだけマシかもな…。
 
 
「寄り道は寄り道だろ?親善大使の俺がいれば、くだらねー戦争は起きねーだろうし」
 
 
うーん、今の言葉は聞き捨てならねぇなぁ…。驕りは破滅を招くって、過去にもあったんだぜ?
 
 
「あんた……馬鹿……?」
 
 
「ば、馬鹿だと!?」
 
 
今までそんな事を言われた事がないのか、ルークは顔を真っ赤にしてアニスを睨み付けた。さらに追い打ちをかけるようにティアが厳しい目でルークを見た。
 
 
「ルーク。私も、今のは思い上がった発言だと思うわ」
 
 
「この和平は、お父様とマルクトの皇帝が、導師に敬意を払っているから成り立ってますのよ?イオンがいなくなれば調停役が存在しなくなりますわ」
 
 
ティアに続くように声を上げたのはナタリア。こちらはいたって普通のトーンで、ルークを諭すような感じに言っている。しかし今のルークには全ての言葉が馬鹿にしたように聞こえるのか、怒った顔をしたままである。そんな光景を見ていたイオンは、急に顔を俯かせて口を開いた。
 
 
「いえ…いいんですよ。両国とも僕に敬意を持っているワケじゃない。彼らは『ユリアの残した預言』が欲しいだけなんです。本当は僕なんて必要ないんです」
 
 
「お、お父様はそんな方ではありませんわ!」
 
 
「俺もナタリアに賛成だ。そんな考え方には同意できないな。イオンには抑制力がある。それが『ユリアの預言』のおかげでもね」
 
 
なんだかよぉ…、難しい話になってきやがったぜぇ…?この世界ってぇのは本当に面倒な所だよなぁ…。王族とか預言とか権力とか、そんなん。俺たちにとっては無縁なものがここでは当たり前。そして今俺もそれに含まれちまってるって事。不思議な話だぜ…。具合が悪くなりそうだ…。
 
 
「なるほどなるほど。皆さん若いですねぇ。じゃ、そろそろ行きましょうか」
 
 
話が落ち着きを見せ始めた頃に、嫌味大佐改めおっさんは気の抜けるような台詞を吐いて全員を脱力させる。本当にこのおっさんはどうしようもない奴だな…。そういう意味合いを込めた視線をガイに送ると、ガイは呆れたような顔をしながらもルークの背中を押して進み始めた。
ルーク。確実にこいつは孤立を始めている。自分自身での自覚がないから厄介だが、それ以前にこのメンバーが心配だ。あまりにも寄せ集めで連携ができなくて、信頼も何も存在しない薄っぺらい紙みたいな関係。ルークはその薄っぺらい紙からも弾かれようとしている。どうすればいいんだ?この寄せ集めのメンバーで何が出来る?連携も信頼も勝ち取れないこのメンバーで、目的を達成出来るのか?いいや、俺から見たら無理だ。バラバラすぎる、何もかも。俺は、見極めなければならない。この先どのような行動をしなければならないのか。そして、このメンバーの事を。だから俺は今は口を出さないでおこう。遠くから見守るように、監視するように人を見る。そして相手が何を考えているか想像する。それが、人を見極める事だとあいつが言っていた。
 
 
「止まれ!」
 
 
考え事をしながら歩いていると、爆発のような音が聞こえて全員の足が止まった。ハッと気づいてルークを見ると足元に小さなくぼみが出来ていた。俺は素早く攻撃された方へと視線を向けた。
 
 
「魔弾のリグレット!」
 
 
そこに立っていたのはタルタロスの時に襲撃していた女だ。しかし今回はアリエッタもラスティもいない。どうやら一人で来たみたいだ。
 
 
「ティア、何故そんな奴らといつまでも行動をともにしている?」
 
 
「モース様のご命令です。…教官こそ、どうしてイオン様を攫ってセフィロトを回っているんですか!」
 
 
セフィロトっつーのは相当大事な機関らしく、ダアト式封咒というのがかかっているという。そしてそのダアト式封咒を解けるのはローレライ教団の最高位である導師だけなんだと。ここでいうイオンの事だな。
 
 
「人間の、意志と自由を勝ち取るためだ」
 
 
意志と…自由…?何か聞き覚えのあるようなフレーズだったような…。
 
 
「どういう意味ですか…?」
 
 
「……この世界は預言に支配されている。何をするにも預言を詠み、それに従って生きるなど、おかしいとは思わないか?」
 
 
確かに…。別の世界から来た俺から見ればこの世界は何もかもが変だ。まず未来を知る術がある時点でおかしい。何故未来が見れる?しってどうする?もしも知って自分が不幸だとわかったら?明日何が起こって何年後にはこれが起こるって事を知って?それで、どうなるっつーんだよ。結局は書かれた物語を自分からなぞりに行ってるようなもんじゃねぇーか。吐き気がする!
 
 
「預言は人を支配するためにあるのではなく、人が正しい道を進むための道具にすぎません」
 
 
「導師。あなたはそうでも、この世界の多くの人々は預言に頼り、支配されている。酷い者になれば、夕食の献立すら預言に頼る始末だ。お前たちもそうなのだろう?」
 
 
イオンのような考えを持っている奴が大勢いればきっとこの世界はここまで気持ち悪くなることはなかっただろう。しかし世の中はそう簡単には出来ていない。出来ていたらこの世界の預言は単なる占い止まりになっただろうな…。
 
 
「そこのお前!」
 
 
不意に鋭い声を上げたリグレットが持っていた銃を俺の方へと向けて試すような目で見降ろしてきた。俺はその目を見つめ返しながら考えていた。こいつらは預言について否定的なんだ。つまりは…。
  
  
「お前は預言を嫌っているらしいな!我々と共に来い!ティア、お前もだ!」
 
 
突然言われた事実に、その場にいた全員が驚きの視線を俺へと送る。確かに俺は預言が嫌いだ。未来を決められているなんて気持ち悪い以外のなにものでもない。しかし、なんでその事をリグレットが知っているんだ…?
 
 
「確かに俺は預言っつうのが嫌いだぜ。その通りに行きようとする奴らがいて、寒気がしやがる。だがな、俺には守らなきゃならねぇ約束があんだよ。俺はそれを破るワケにはいかねーんだよ。だから俺の事は諦めな」
 
 
そう、俺は確かに預言が嫌いだが、俺には守らなければならない命令がある。何があってもルークの傍を離れない。それが主から俺に与えられた命令なんだ。俺はこの命令に背くわけにはいかない。
 
 
「教官。私はまだ、兄を疑っています。あなたは、兄の忠実な片腕、兄への疑いが晴れるまでは、あなたの元には戻れません。それに…」
 
 
ティアはそこまで言うといったん言葉を区切り、ルークへと視線を向けた。リグレットはそんなティアを見ると、目を見開いて声を荒げた。
 
 
「ティア!そんな出来損ないに、お前は何を見ているのだ!?」
 
 
リグレットがルークを見下ろして激しく叫ぶと、自分の事を馬鹿にされたルークが再び顔を真っ赤にして叫ぶ。そんなルークたちの端で、ジェイドが髪が乱れるのを気にすることなく叫んだ。
 
 
「やはり、お前たちか!あの、禁忌の技術を復活させたのは!」
 
 
いつもの冷静さを欠いたジェイドの口から出た言葉…。「禁忌の技術」…?
一体何のことかわからない俺たちの事を放っておいて、何かに気づいたイオンがジェイドの腕に縋り付いた。
 
 
「ジェイド、いけません!知らなければいいことも、世の中にはあります!」
 
 
そのイオンの様子に、俺は何かを感じ取った。この二人は何か大きな事を隠している。イオンの言うような知らなければいいような事ではない。むしろ知らなければいけない事を隠しているような気がする。知らなければ、いけない。特にルークが…。
 
 
「…誰の発案だ。ディストか?」
 
 
自分の事を言われているのに誰にも相手にしてもらえないルークは大きな声で叫んでいる。しかしそれでもルークを無視して話が進んでしまう。マズイ気がする…。このまま何も知らないまま行けば、嫌な事が起こるような気がする…。
 
 
「『フォミクリー』の事か?知ってどうなる。…采は投げられたのだ『死霊使い』!」
 
 
ジェイドの手から光が現れ、槍の形を象る。そしてその槍を振りかぶろうとした瞬間、それは現れた。まるで動物みたいな身軽な動きでジェイドの前に着地し、蹴りを入れようと体に捻った。ジェイドは瞬時にそれに気付いたのか、ぎりぎり避ける事が出来た。いきなり現れたそれは、黒いフードを口元まで被り、表情を隠していた。
 
 
「何故お前が!?」
 
 
「アリエッタに頼んだのはお前だろう?いつまで経っても戻らないので様子を見に来た。さっさと任務を済ませたい」
 
 
それは切りかかろうとしているジェイドの攻撃をバックステップで身軽に避けると、リグレットの隣へと着地した。リグレットはそれを嫌そうに見た後、仕方なさそうに頷いた。
 
 
「わかった…」
 
 
リグレットはそう言うと銃に仕込んでいた発光弾を放ち、一瞬にして視界を奪った。目が眩んで動けずにいると、二人分の気配が消え去っていた。どうやら逃げられてしまったみたいだ。ジェイドはそれを見て肩を震わせ、抑えきれない怒りがあるのか壁に槍を突き刺した。
 
 
「冗談ではない!」
 
 
鬼気とした様子のジェイドに、アニスやナタリアが肩を震わせた。ジェイドは壁に槍を刺した事によって冷静さを取り戻したのか、ズレてしまった眼鏡をかけ直した。
 
 
「失礼。取り乱しました。もう、大丈夫です。さぁ、行きましょう」
 
 
ジェイドはこれ以上何も喋りたくないと言わんばかりに話を終わらせて緩やかな坂を下り始めた。他のメンバーはジェイドのそれを理解しているのか何も言わずに黙ってついて行った。しかし、ルークにはそんな事はわからない。何も教えてくれない事に強い憤りを覚え、怒りに肩を震わせている。俺はただ、ルークの側から離れず、見守っていた。あいつは孤独だ。そこにミュウがいても、孤独であることには変わらない。心から信頼できる者がこの場にいない以上、あいつは永遠に孤独なんだ…。
 
 
「師匠だけだ…俺の事を分かってくれるのは、師匠だけだ……」
 
 
ただ一人、それこそ預言のように一人だけを信頼…いや、信用しようとするルーク。まるで自分を守るように想いを寄せる。結局誰も自分を理解してくれないと端から諦めたような言葉…。これが、ラスティの危惧すべき事態の一片なのだろうか…。気が付けば俺は、孤独であるルークの手を取っていた。
 
 
「俺は、お前の信頼に足りない奴か?」
  
 
きっと可哀想に思えたのかも知れない。孤独な世界をただ一人を信用する事で乗り切ろうとする目の前の奴が。ルークの翡翠の目が揺れ、俺の姿を捉える。そして瞬きしてから俺の手を握り返した。
 
 
「スパーダは俺を見捨てねぇよな…。スパーダは俺の味方だもんな……」
 
 
まるで自分に言い聞かせるようなルーク。それは、信頼とは言わないんだぜ、ルーク?それは単なる願望なんだ。やっぱりお前はまだまだ未熟で孤独なんだよ。だって口先だけの信頼なんて、信頼じゃねぇんだから…。
けど俺は何も言わずに黙ったまま、その手を握り返す事しかしなかった。
 
 
 
 
 

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