唯一の騎士


 
 
 
 
 
「てめぇ、どういうつもりだ?」
 
 
回復術を詠唱している最中に睨みを聞かせてくるアッシュ。だがなお馬鹿さん。俺は今回復術を詠唱中なんだ。それに回答してやる暇はない。てか空気を読めよ。お前やっぱり馬鹿だろ。
 
 
「おい、聞いてんのか?」
 
 
苛々して今にも掴みかかってきそうなアッシュ君。おーい、誰かこの馬鹿を黙らせてくれないか?シンクー?ラルゴー?どっちでもいいから黙らせてくれ。血管が切れそうだ。
 
 
「アッシュうるさいよ。ラスティは今詠唱中なんだから集中できないでしょ。ちょっと黙っててよね」
 
 
よし、よくやったシンク。さすが術を詠唱できる奴は違うな。あ、アッ君も使えたんだっけ?じゃあアッ君は単に馬鹿なだけか。ハハハハ!
 
 
「今馬鹿にされたような…」
 
 
眉間に深いしわを刻みながら呟くアッシュを見ながら、俺は微かに笑みを浮かべる。こいつって本当に馬鹿だよな。
 
 
「ヒールストリーム!」
 
 
詠唱が完成して杖の状態のリリーを振るうと、シンクとラルゴの足元に陣が浮かび上がり傷をみるみるうちに治していく。
 
 
「さすがだね。ここまで強力な治癒術を使えるなんて」
 
 
今まで座っていた体を起き上がらせて筋肉や関節を伸ばした後、手を握ったり伸ばしたりしている。その隣のラルゴも落としてしまった鎌を拾ってから体の調子を整えていた。
 
 
「ふむ、順調だな」


「問題無いだろ、当たり前だ。なんてったって俺が詠唱したんだからな!」
 
 
手に持っていたリリーを背中に戻して胸を張る。それにしたって本当にラルゴ父さんは頑丈だ。あのスパーダの攻撃をまともに食らっておきながらこれだけで済んでるんだからな…。いやはや恐れ入る。
 
 
「おい、屑。どういうつもりだ?命令に従わねーなんて」
 
 
詠唱が終わったからなのか先ほどまで大人しくしていたアッシュが俺に近づいていきなり胸倉を掴んできた。もちろん睨みを加えるのを忘れずに。しかし俺は熱くなっていくアッシュとは反対に一気に冷えていった。せっかくさっきの事を忘れようとしていたのに、この燃え滓は…。そんなに俺を怒らせたいのか?
 
 
「誰がてめぇの命令を聞くかよ。言ったろ。俺に命令出来るのはお前じゃねぇ」
 
 
「っ!?これはヴァンからの命令だ!」
 
 
胸倉を掴んだままのアッシュの腕を逆に掴み返し、力を込める。ギリギリと力を込めているとアッシュがその圧力に負けたのか手を服から放した。
 
 
「ヴァン?はっ!ふざけてんじゃねぇよ。だぁれがあんなくそ髭の命令に従うかよ!俺はいつまでも俺だけの味方だ。そして俺の騎士だけの味方だ」
 
 
「てめっ…!?」
 
 
アッシュがそれ以上何かを言う前に、掴んでいた腕を離してがら空きになった腹へと蹴りを入れた。力を込めて振り抜くとアッシュは勢いよく吹き飛び、壁に叩きつけられた。
 
 
「ったく、服が乱れるじゃねぇか。不良息子め」
 
 
掴まれた場所を直して大きくため息をつくと、今までの一連の流れを見ていたシンクに逆にため息をつかれてしまった。それがちっと不満だったのでそちらを見ると、呆れたような視線を向けられた。
 
 
「あんたやりすぎ。アッシュが向こうまで飛んじゃってるよ…。どうすんのさ」
 
 
「知るか。お父さんが運んであげれば?俺は無理だから」
 
 
アッシュが吹っ飛んでった先を冷たく見下ろしながら足を踏み出す。もうここに留まる理由もないし義理もない。だから俺はいち早くダアトに帰らせてもらう事にした。こういうジメジメした所にいい思い出もねぇし、俺のキューティクルな髪が傷んじまう。
 
 
――良いの?あんな事を言ってしまって?あなたに大事な人物がいるとラルゴやシンクがバラしてしまうかもしれないのに…――
 
 
ああ、それは問題ねぇよ。ラルゴやシンクはあのトカゲなディストと違って口が軽くねぇし。それに、あの二人はどちらかというとそういうことに興味がないからな。
 
 
――ふぅん…そう…。それで?これからはどうするつもり?もう後戻りは出来ないわよ?――
 
 
後戻りなんて最初から出来ないだろ。アクゼリュスに行く時点でそう決まってんだよ。俺も、スパーダも、ルークも。
とりあえず、ダアトに戻るか…。疾風は早いが、見つかると面倒なんだよなぁ…。
 
 
――あら、幻神使えば良いじゃない――
 
 
あー…外は砂漠だし技を同時に使うのは正直しんどいんだけどなぁ…。背に腹は代えられないって奴か…。仕方ない。
ざり、と細かい砂を踏みつけた瞬間に、燃えるような太陽が目に飛び込んで来る。それと同時に下から込み上げてくるような暑さに顔をしかめる。
 
 
「疾風」
 
 
ふわりと足元が浮かび上がり、空高くへ舞い上がる。より近くに太陽を感じる事になった。焼け付くような暑さが肌を刺す。やっぱり急がないと暑さにやられそうだ。
 
 
――幻神――
 
 
リリーが囁くように言うと、景色が一時揺らいで元に戻る。これで誰も俺の姿を捉える事は出来ない。けど、やっぱり暑さのせいなのか…。力が上手くコントロール出来ず、目が焼け付くように熱い。意志の境界線が暑さでコントロールしにくくなっているんだろうな…。おそらく目は紅くなってるだろう…。
 
 
――早く帰りましょう?暑くてしんどいわ――
 
 
リリーの言う通りだ。俺もこの暑さはしんどい。さっさとダアトに向かいますか!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
バレないところで疾風と幻神を解いてからいつものように賑わいを見せているダアトの街を通り抜ける。途中で聞こえてくる預言とかその類の言葉は全て無視して譜陣の上に乗る。すると一瞬にして光に包まれて別の場所へと移動している。そして目的の場所に向かって黙って歩き出し、その扉が見えた瞬間に勢いよくそれを開け放った。
 
 
「ラスティ!」
 
 
扉が開く音で俺の帰宅を知ったアリエッタが素早く俺に駆け寄ってきた。俺はそれを見るとなんだか癒されてそのピンクの頭を優しく撫でる。アリエッタはそれがくすぐったいのか恥ずかしそうに体を捩る。クッ、なんて可愛いんだ…!
 
 
「遅かったじゃありませんか。もっと早く帰ってくると思ったんですがねぇ」
 
 
「暑さは苦手でね。ま、これでも早いんでないの?」
 
 
「ええ、十分早いです。本当にあなたは不思議な存在ですねぇ。その刀も…」
 
 
アリエッタと同じように部屋の中にいたディストが俺と、俺の背中にいるリリーを気持ち悪い目で見つめてくる。俺はその視線を不快に感じてリリーを守るように視線から隠した。
 
 
「てめ、気持ち悪い顔でこっちを見んな!俺もリリーも安くねぇ!トカゲに求婚しろ!」
 
 
「何気に失礼ですね!そして私はトカゲではありません!」
 
 
「うるへー!お前なんかリリーの錆にしてやるー!」
 
 
トカゲがトカゲを否定したから、リリーを鞘から抜いて突きつけてやると、ディストは慌てて後退る。本当にこいつって自分で戦う力ゼロだよな…。こいつだったらたぶん今のルークでも倒せると思う。
 
 
「ラスティ、今はそれ所じゃ…ないです。そんなトカゲ放って…おく、です」
 
 
何気にアリーが毒舌だった…。脇目でディストを見るとアリエッタにまでそんな事を言われたからなのかショックを受けて隅っこで縮こまっていた。ああ、哀れな…。しかし俺は慰めてやるような優しさは持ち合わせていない。何故なら俺だからだ!!
 
 
「何かあったのか?」
 
 
「リグ…出掛けてる…です。それとタルタロスが戻ったら、乗り込むように…って…」
 
 
「ん?それは俺に?」
 
 
自分に指差してそう言うと、アリエッタはこくりと頷いた。それから腕の中にある人形をぎゅうと抱き締めた。
 
 
「ラスティ…忙しい……です…。アリエッタと、あの子たちと…遊んで…欲しいです………」
 
 
段々消えていく言葉に、思わずときめいてその頭を優しく撫でてやった。なんだこの小動物可愛いぞちくしょー!スパーダ!先に言っとくがこれは決して浮気ではないぞ!俺はただ可愛い生き物を愛でたいだけなのだ!!
 
 
「今度空いてる時に遊んでやるから、待ってろよ」
 
 
アリエッタと同じ目線になるためにしゃがんでそう言ってやると、アリエッタは嬉しそうに微笑んだ。俺もそんなアリエッタの笑みを見て思わず笑みが漏れてしまった。
 
 
「あなたってそんな顔出来るんですね」
 
 
そしてそんな俺とアリエッタの和やかな雰囲気をぶち壊してくれたのか空気読めないディストだった。お前なんかばらばらになっちまえばよかったのに…!本当に最悪なトカゲだな!
 
 
「お前、空気読め…」
 
 
「最悪…です…」
 
 
二人して息を合わせてため息をつき、息を合わせて冷たい視線を送るとディストは顔を引きつらせた。
 
 
「どういう意味だよ…?さっきの言葉」
 
 
呆れを含みながらそう言うと、ディストはズレたメガネを人差し指で戻しながら、その赤紫のような目で俺を見た。
 
 
「今までの嘘笑いじゃない本当の笑み。初めて見ましたよ」
 
 
その目は驚きでも喜びでもない別の感情を映していて、ゾッとして思わず立ち上がって構える。仄暗い欲望の渦。まるで俺が過去に出会ったあの最悪な大人たちのような気持ち悪い目で、俺の事を映していた。俺はその目で見続けられる事が嫌で、アリエッタに軽く別れを告げてからすぐにその場を立ち去った。
あの目は、嫌いだ。俺の事を観察対象か物のように見るあの目が…。
 
 
――赤い目。そしてあれは何かを追い求める獣のような目つき。またはあなたを人形として見ていた兵士のような蔑む目。それを足して割ったような目ね――
 
 
足して割る必要があるのか………?
 
 
――いえ、特に。けれど気は少し紛れたでしょう?――
 
 
…そういえば…。ありがとうな、リリー。
 
 
――私はあなたのために在るのだから。さぁ、行きましょう――
 
 
 
 
 

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