鏡合わせの危険性


 
 
 
 
 
「『神に仕えし正義の剣』、その正しき剣を振るい、聖なる焔の光を助け、あらゆる災いから遠ざけるであろう。其は輝かしい緑の髪と灰の瞳を持つ旅人なり…か」
 
 
タルタロスから狭い空を見上げながら謳うように言葉を奏でれば、背中にあるリリーから訝るような気配がした。
 
 
――まさかあなた、それ…預言じゃ…――
 
 
そのまさかだ。この預言はスパーダのものだ。
 
 
――何故!?あなたとスパーダはこの世界の人間ではないのに、何故預言が!?――
 
 
リリーは怒りのような困惑のような声を上げた。確かに異世界の人間である俺たちに預言が存在するのはありえない話だ。もしも本当にあったとしたらこの世界は異世界の人間が来ることすら予想出来た事になる。だが、現実はそんなんじゃない。
 
 
「安心しろ、リリー。この預言はスパーダがルークたちについていく事が出来るようにするために用意したんだよ」
 
 
背負っていたリリーを外して、抱きしめるように抱える。外は曇り空だ。これから一雨来そうだな…。
 
 
――用意した…?一体どうやって…?まさか…!――
 
 
お、理解が早くて助かるぜ。そう、スパーダはもうルークを探す必要はない。つまりルークについていく必要もなくなってしまう。そうなると俺たちが困るんだ。だからスパーダには預言という名目でついて行ってもらうしかなかった。だから頼んだんだ。俺たちをこの世界へと連れてきた奴に、さ。
 
 
――あなたはあの人の話だけでそこまで予想していたというの…?スパーダがついて行けないような状況が起こるかもしれないと…――
 
 
…まあ保険だな…。その譜石を上手い具合に発掘出来るようにしてくれたのは奴の匙加減だろうよ…。だが、ここまで予想通りになるって事は危ないかもしれないな…。
 
 
――危ない?――
 
 
つまりこの先も予想通りになる確率が高いだろう。
 
 
――……そうね……――
 
 
リリーの寂しそうな声を聞きながら、充てられた自分の部屋から出て廊下をゆっくりと歩き出す。嗚呼、ついに雨が降ってきちまったようだな…。雨って嫌いなんだよなぁ…。こう憂鬱になるから…。
 
 
――………でも、スパーダ怒るわね。預言に詠まれてる事を知ったら。今度こそ内蔵的な物を出さないといけないわね――
 
 
少しばかり蔑みを含んだリリーの言葉に、思わず足が止まってしまう。じっとりとした冷や汗が頬を伝った気がする。ま、まさかぁ?スパーダ君はそこまで気ィ短くないでしょ…?大体俺との約束は裏切らないって事だよな…?
 
 
――あら、それはどうかしら?さすがに怒るんじゃない?だって預言よ?それにルークについていくための預言なんだから、バチカルの王に命令されるワケでしょう?内蔵的な物だけじゃなくて、色々と出て来ちゃうんじゃない?――
 
 
例えば脳とか…。と語るリリーの口調が楽しそうで、冷や汗が大量に流れ出る。お、おかしいなぁ!今は暖かい方なんだけどなんか凄く寒いなあ…!やばいよ、俺確実に殺されるかも…。意外とスパーダってバイオレンスなんだよ…。なあ、リリー!助けてくれ!
 
 
――自業自得ね。最初から言っとけばいいものを――
 
 
リリー!俺を裏切るつもりか!?俺はお前の来世だぞ!むしろお前そのものと言ってもいいんだぞ!?見捨てるのか!?
 
 
――見捨てる?寝言でも言っているのかしら?私は初めからあなたを拾った記憶はないわね。それに私があなたそのものですって?鳥肌が立つわ――
 
 
思いっ切り辛辣な言葉を吐き捨てたリリー。俺のデリケートな心に見事に突き刺さったぜ…。リリーの棘のような言葉に項垂れて廊下に座り込んでいると、視界に誰かの靴が入った。
 
 
「何をしてるんだ、こんな所で」
 
 
上から降ってきたのは聞き慣れた低い声だった。みんなのまとめ役でお父さんのラルゴの声だった。
 
 
「いんや、ちょっと内蔵的な物が飛び出る予感がしてな…」
 
 
多分青ざめているだろう顔でそう言うと、ラルゴはよく分からないが困った表情でそうか、と唸っていた。何故だ?
 
 
「ところでアッ君たちは?」
 
 
もうスパーダに殺される事を覚悟して、ため息を吐きながら立ち上がりラルゴお父さんを見ると、外に視線をやっていて。俺も釣られるように外を見たが、雨しか見えなかった。後は静かな雨音だけ。
 
 
「アッシュは導師と一緒に外だ」
 
 
その時のラルゴの顔は、何やら重たいものを抱えているようだった。決して昇華される事の無い、悲しい出来事を眺めているかのようで…。俺と、似てる感じがした。それに、少し嫌気が差した。
 
 
「んじゃ、俺は外の様子でも見に行くわ」
 
 
出来るだけいつも通りのトーンでそう言って、タルタロスの階段を降りていく。ぽつぽつと降る雨は俺の髪を濡らしていく。ああ、何だか嫌だな。まるで泣いてるみたいだ。だから雨とか雪とか嫌いなんだよ…。いつだって俺の感傷を引き出しやがる…。
 
 
――でも、感傷に浸っている暇は無いようよ――
 
 
そのようだな…。そんな事より、あれはルークたちじゃないか?まさかアッシュはあいつらがここに来ると知っていてここにいたのか?
 
 
――…分からない。来た、ルークよ――
 
 
リリーがそう囁くように言うと、ルークは腰に携えてあった剣を引き抜いてアッシュへと切りかかる。アッシュのオールバックは雨のせいで崩れて、しっとりと落ちていた。ルークと剣を合わせるそれはまるで…。
 
 
――鏡ね。顔つきも似てると言えば似てる。髪の色素は違うけれど、長さや形は酷似してると言っても良いわ――
 
 
そう、あの二人は切っても切れない縁がある。会わずして繋がる縁。とても特殊なパターンだ。こんな不思議な絵はそうそう見れない。
俺がそれを見ている内にアッシュとルークは打ち合い、そしてルークはアッシュの顔を見て驚愕しその手を止めた。後ろでその様子を見ていた仲間たちも。もちろんスパーダも。
 
 
「アッシュ!今はイオンが優先だ!」
 
 
タルタロスからシンクの鋭い声が聞こえてきて、アッシュはルークを力強く押す。ルークはバランスを崩しそうになっていたが寸前で耐えた。アッシュはそれを見ると忌々しげに顔を歪めて吐き捨てるように叫んだ。
 
 
「良いご身分だな。ちゃらちゃら女を引き連れやがって」
 
 
アッシュはそう言うとくるりと振り返ってタルタロスの中へと乗り込む。それに倣うように兵士もイオンを連れてタルタロスの中へと入っていった。俺はすぐに階段を駆け上がって中に入ると、甲板へ続く道へと走り出す。そして甲板に辿り着いた時には、タルタロスは発進しようとしていた。俺は残されたルークたちの姿を見て、眉間にしわを寄せた。ルークの様子が気になったのだ。そして仲間たちの反応も。
 
 
「………」
 
 
――ラスティ。あなたの心配は分かっているわ。彼は異質。だから、あなたは彼を心配しているのよね。分かるわ。私たちも同じですもの。でも、平気よ。あの中にはスパーダがいるわ――
 
 
分かってる。スパーダはしっかりとした目を持ってる。そして仲間を裏切らない。決してだ。正しき道を正しく歩め。それがあいつの信念だからな。俺が案じているのは…。
 
 
――ええ、ええ。分かってる。ルークが耐えられないかも知れない事が心配なのよね。分かるわ。あなたの考えている事は分かるわ。だって私はあなただから。でもね、ラスティ。無理はいけないわ。あなたは一人ではないの。無理してはダメ。あなたという人間は一人しかいないの。だから、あなたは自分も大切にしなければ――
 
 
まるで子供をなだめる母親のようなリリーに、思わず微笑みが漏れる。ああ、そうだな。俺は一人しかいない。そして一人じゃない。お前やスパーダがいるからな…。うん、とりあえず今は目の前の事を頑張ろう。
 
 
――そうね、それがいいわ――
 
 
雨を吸って重くなってしまった服を引き摺りながらタルタロスの中へと入っていく。嗚呼、もうすぐ雨は上がりそうだ…。
 
 
 
 
 

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