不安定な約束


 
 
 
 
 
さあ、もう物語は動き始めた。物語が幸か不幸かは登場人物の働きによる。放置するもしないもそいつらの勝手。俺はその物語を裏側から操る魔導師。ただ、それだけだ。
 
 
「うーん、壮観な景色だなぁ」
 
 
ダアトで任務をもらった次の日に、俺たちはバチカルへとやって来ていた。城がある街の高台から見下ろす街並みは素晴らしいくらい壮観な景色だった。楽しそうに街を見下ろす俺を見て、隣に立っているシンクが呆れたようにため息をついた。おいおい、ため息をつくと幸せが逃げるんだぜ?
 
 
「あんたといるだけで幸せも裸足で逃げ出すよ」
 
 
「俺は疫病神かっ!?つうか俺はツッコミじゃねぇ!」
 
 
それはお前の役目だろうが!と叫んでみたもののシンクは俺の事を無視した。ああ、全くこいつは本当にツンデレ野郎だぜ…!
まあ、そんな事は置いておいて。今重要なのは城の中に忍び込む事だ。シンクは隠れるのとかが得意だから簡単だよ、とか言ってた。確かにシンクは身軽だし問題無いだろ。そう、問題は俺の方さ。シンクはいかにも俺が隠密活動が苦手な派手野郎というレッテルを貼ってくれやがった。こいつはさ、俺の本当の力を知らないからそんな事が言えるんだよ!
 
 
「シン君、よく見とけ!」
 
 
背負っていたリリーを勢い良く手にして、くるりと手の中で一回転させる。行くぜ、リリー。化けるのはこの城の兵士だ!
 
 
――了解――
 
 
「幻神!」
 
 
ぱしりとリリーを掴んだ瞬間、幻神が発動しまわりの景色が一瞬歪む。そして歪みが消えた瞬間、隣に立っていたシンクが驚いていた。仮面の下からでも分かるほど息を呑んでいるようだ。ふふん、驚いただろう幻神の力は!
 
 
「どうだ、シン君?」
 
 
「あんた、サーカスに向いてるよ…」
 
 
「それ、褒めてんのか…?」
 
 
「凄く褒めてるよ」
 
 
幻神に驚いたもののすぐに冷静になったシンクは冷たく突き放した。酷ぇよ…。俺、一生懸命頑張ったのに…。
 
 
「じゃあ行きますか…」
 
 
ゆっくりと城の扉を開き、中へと入る。俺は堂々と表から。シンクは隠れながら。目的は導師イオンの連行。堂々と歩いていても咎められる事もないし不審がられる事もない。幻神の力により、警備している兵士と同じ姿をしているからだ。すれ違う兵士たちは全く気づく様子も無く通り過ぎて行く。あまりにも簡単すぎて思わず高笑いしたいくらいだよ!そして目的の部屋に近づき、その部屋の扉を控えめにノックする。すると中から穏やかだが困惑している声が聞こえて、扉が開かれた。ああ、全く警戒心がないなぁ!
 
 
「どうかなさいましたか?」
 
 
眉を下げてこちらを伺うイオン。確かにこんな夜中に突然尋ねてくるのは失礼だろうし、困惑するだろう。しかしそれでも導師イオンは開けた。危険だと疑いもしないで簡単に、易々と。
 
 
「実は、イオン様へ言伝を預かっておりまして…。至急だと仰られたので…」
 
 
「はぁ…。それで、言伝とは何ですか?」
 
 
「あなたを攫いに行きますって」
 
 
にやりと笑ってそう言うと同時に幻神を解いた。そしてそれと同時にイオンの腕を掴んだ。
 
 
「あなたはっ!?」
 
 
「覚えていらっしゃいますよね、導師イオン。魔導師ですよ」
 
 
グイッと引っ張って部屋の外に引きずり出すとイオンはその口を開いて大きな声を出そうとしたが、俺は出来るだけ危害を加えないように手で口を塞いだ。その瞬間を狙ってかシンクは天井裏から導師イオンの部屋に侵入し、ベッドで眠っている導師守護役の隣に降り立った。
 
 
「こちらも目立ちたくはないし、危害を加えたくはない。分かるな?」
 
 
耳元で囁くように言うと、イオンは悲しそうに目を伏せてから頷いた。俺はそれを確認してからシンクに目配せする。撤退だ。俺はゆっくりとイオンの腕を引いて城の中を歩いていく。
 
 
「見張りをどうやって潜るつもりですか…?」
 
 
見上げてくる目には不安と恐怖が窺えた。大方俺が見張りを殺してでも通るのでも思ってるのだろうか?まあ目的のためなら手段は選ばない方だけど…。別に殺生を進んで行うような事はしない…と思う。
 
 
「安心しろ、殺しはしない」
 
 
殺しはしないさ。ここでヘタに殺してキムラスカと仲が悪くなるのはいただけないからな。そう思って城の角を曲がった瞬間、鎧の音が聞こえて兵士がこちらへとやって来た。
 
 
「何者!?」
 
 
兵士は俺と後ろにいる導師イオンを見た瞬間に状況を理解したのか、すぐに手に持っている武器を突きつけてきた。俺はそれを冷静に見つめてから、突きつけられた武器の刃じゃない所にそっと触れた。
 
 
「氷楼」
 
 
ふう、と息を吐き出すと同時に周りの気温が一気に下がり、目の前で先程まで俺に武器を突きつけていた兵士は一瞬にして凍り付いていた。まるでカイツール港で起こったのと同じように。
 
 
「っ!?」
 
 
「はははっ、生身でこんな事をやる奴がいて驚いたかい?安心しな、こいつは殺すための技じゃない。導師イオンが黙って俺について来てくれるなら解いてやるよ」
 
 
この力は神の力を持つ俺だからこそ出来る技。術では人を殺す事なく凍らせる事なんて完璧に出来ないだろうよ。だからこそ俺は誰も殺さずにここまでくる事が出来るんだ。
導師イオンは俺の言葉に嘘がないと理解したのか、黙ってついて来てくれた。どっちみちイオンを救うためにあいつらが行動を起こすだろうからそこまで心配する必要はない。それから俺は城の中で出会う兵士たちを全て氷楼で足止めしながら進み、城の外へと出る事に成功した。シンクとは外で合流し、イオンを渡してからバチカルの街を見渡した。今ここにはスパーダがいる。ルークの屋敷に邪魔になっているらしいが…。ふん…、こんなに近くにいて誰にも邪魔されないのに会えないっつうのは…。
 
 
――私が呼びましょうか?――
 
 
いや、リリーに気を遣わせるまでもねぇよ。さっさと撤退しよう。心の中でスパーダに微笑みかけて踵を返そうとした瞬間、背中に衝撃が走った。いや、別に誰かに刺されたわけじゃなくて。
 
 
「ラスティ」
 
 
お、俺の背中からさっきまで考えていた人物の声が聞こえるんですけど…?てか抱きつかれてますよね…?これってあれか?俺が会いたいと思ったのがスパーダに通じたって奴?以心伝心?わぉ、恥ずかしい!なんて一人悶々と考えていると、背中から腕が回ってきて…。
 
 
「ちょ、ちょっと待てぇ!な、内蔵的な何かが出て来ちゃうっ!」
 
 
油断した隙に一気に力を込められ、腹が色んな意味でヤバイ状態になる。や、マジでやばいって!吐く!吐いちゃう!!
 
 
「てめぇ、何でバチカルにいんだよ?」
 
 
背後の気配はめっちゃ殺気立ってます…。ちょ、俺ピンチ?あれか!いつか女に後ろから刺されるタイプか!?いや、スパーダは男だけどっ!
 
 
「愛しのスパーダの顔を見に……、うっ、すみません!内蔵的な何かが出そうだから止めろー!放送出来なくなるぞー!!」
 
 
台詞の途中でめちゃくちゃ力を込められたから急いで謝罪する。じゃないと放送出来ないくらいグロテスクな状態になりそうだ…。
 
 
――これが俗に言う愛の鞭ね――
 
 
リリーは変な事を言うんじゃねぇ!!
 
 
「なぁ…、本当にこのままで良いのか?お前が何をしたいかわからねェんだよ…」
 
 
不意に腹に回されていた腕の力が抜けて、抱きつくような感じになる。スパーダは俺の背中に顔を埋めて小さくそう言う。…確かに、無条件にそれを信頼する事は出来ないだろう。いくら長い付き合いでも、俺の考えが分からなければ不安になるだろうけど…。
 
 
「俺はまだお前の存在が奴にバレたく無いんだ。お前と俺が繋がっていると奴にバレると、確実にあいつはお前を利用しようとしてくるに違いない。それだけは避けたい。それに、お前に辛い思いはさせたくないからな……」
 
 
俺だけの為じゃない。スパーダの為でもあるし…。世界のためでもある…。だから、俺は失敗してはいけない。許されない。
 
 
「悪ぃな…心配かけちまうみたいで…。でも、俺を信じてくれないか?俺はお前を裏切らない」
 
 
「破るんじゃねェぞ…。破ったら今度は内蔵的な物を出させてやる」
 
 
腹に回された腕にまた少し力が込めれて冷や汗が頬を伝うが、俺はその腕を解いてスパーダの体を正面に向ける。闇夜でもはっきりと分かるエメラルドの髪。意志の強い灰色の目。それが今俺だけに向けられている。
 
 
「内蔵的な物は勘弁してもらいたいが、破らねぇよ。約束だ」
 
 
そっと肩に手を置いてもう片方の手で額の髪を掻き上げる。露になった額に優しくキスをすると、スパーダは恥ずかしかったのかすぐに振り払った。俺はそんな行動に苦笑しながらスパーダから距離を取った。
 
 
「じゃあ、な…。大丈夫。すぐに会えるさ」
 
 
俺はスパーダに背を向けて奴に向かって手を振る。名残惜しいがいつまでもここにいるわけには行かないからな。それにしたって、いつになったらスパーダと公式でいちゃつけるんだろうなぁ…。
 
 
――まだまだ先じゃないかしら?――
 
 
嫌味のような言い方をするリリーに俺の肩はがっくりと下がる。冗談にしてもらいたいぜ…。
 
 
 
 
 

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