不思議なまでの違和感


 
 
 
 
 
ケセドニアでラスティと分かれた後、シンクに襲撃されて急いで船に乗り込む羽目になっちまったが、何とか無事に着く事が出来た。船の上ではトカゲみたいな気持ち悪い顔の奴に襲撃されたり、そいつが実は嫌味大佐の幼なじみだという事が分かったり…。散々な目にあったけど、漸くバチカルへと帰ってくる事が出来た。そんな俺たちを出迎えたのは王国軍の禿頭…げふんげふん…ゴールドバーグという奴だった。かなり割腹が良い感じと窺える。
 
 
「アルマンダイン伯爵より鳩が届きました。マルクト帝国から和平の使者が同行しておられるとか」
 
 
ゴールドバーグはそう言うとイオンを品定めするような目つきで見下す。あまり良い感じはしねぇが、軍人っつうのはそういうもんなんだろうと諦めとく。
 
 
「ローレライ教団導師、イオンです。マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下に請われ、親書をお持ちしました。国王、インゴベルト六世陛下にお取り次ぎ願えますか?」
 
 
イオンはその視線をもろともせずに前に進み出る。すげぇな…、俺だったらぜってェキレてそう…。いや、俺とイオンじゃ違いすぎるけどよ。あ、でもラスティでもキレないでいけそうな気がする。あいつは何だかんだで目的のためなら自分の表情を作るような奴だからな。
それからゴールドバーグのおっさんがそれを了承して、隣に立っていた軍人が挨拶をするために一歩を進み出た。
 
 
「セシル少将であります。よろしくお願い致します」
 
 
セシル?確かガイのファミリーネームはセシルだったはず…。そう思って横目でガイを見るとその顔は少し強張っていた。そしてセシル少将の顔を見ていた。それに気づいたセシル少将が首を傾げてどうかしましたか?と尋ねると、ガイは首を振って強張ったままの顔で軽く会釈をした。
 
 
「私は…ガイと言います。ルーク様の使用人です」
 
 
妙にたどたどしい挨拶だったが、その事について誰も気にかけていないようだった。俺は少しばかりその事が気になりながらも、ガイの隣に立って会釈した。
 
 
「同じくルーク様の使用人のスパーダ・ベルフォルマと言います」
 
 
堅苦しい言葉は使った事はあるが、敬語っつうのはやっぱり慣れねぇな…。あいつらといる時は敬語なんて使わねぇからな…。
そして俺の後に続くようにティア、アニス、そして我らの嫌味大佐が挨拶するわけだ。嫌味大佐が名乗った瞬間に、ゴールドバーグのおっさんとセシル少将の顔色が変わる。そしてまた嫌味を少し言ってから真面目な顔をして話をする。俺はそんな会話を小耳に挟みながらルークの様子を見た。何か不思議な感じがしたからだ。ルークらしくねぇっつうか…。
 
 
「では、ルーク様は私どもバチカル守備隊とご自宅へ…」
 
 
「待ってくれ!俺は、イオンから伯父上への取り次ぎを頼まれたんだ。俺が城へ連れて行く」
 
 
何か焦っているようにそう叫ぶルークからは違和感しか感じない。何故焦る必要がある?取り次ぎを頼まれたからといってここの地形をまるで分かっていないルークが案内できるはずが無い。それに、ルークは何かに怯えているようにも見える。不自然だ。今のルークは凄く不自然だ…。
 
 
「ありがとうございます、心強いです」


イオンはただ穏やかに微笑んで例を述べている。気づいてないのか?ルークから感じる違和感に。ガイに視線を向けても特に表情に変化はない。何故だ?これほどまでに違和感、不自然なのに、何で誰も気づかねぇんだよ…。ガイは長い間ルークを見てたんだろ?何でこの違和感に気づかねぇんだよ…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やはりルークはバチカルの街を案内する事が出来ず、結局ガイがバチカルについて語る事となった。その事についてルークは苦々しく顔を歪めていたが、何も口にしなかった。
そして城の中へと入り、謁見室と思われる場所の一歩前で兵士に止められた。
 
 
「お待ちを。ただいま、大詠師モースが陛下に謁見中です」
 
 
兵士が言ったモースと言う名前にルークの目が開かれる。確かタルタロスに乗ってた頃にイオンが戦争を起こそうとしてる人物だとか言っていたような…。ルークはそれをすぐさま思い出したのか、兵士を押しのけて謁見の間に入ろうとする。しかしそう簡単には行かないもので、兵士が慌ててルークを止めようとする。だがここで妥協するような我が儘坊ちゃんじゃない。兵士が邪魔だと判断すると、すぐにクビにするぞ、と脅して無理矢理兵士を退かせた。そのあまりにも強引で我が儘なやり口に、思わずガイの方へと視線を向けると、苦笑いで返された。いや、苦笑いでは済まされないだろ…。てか何でこんな苛つくぐらい爽やかな奴が育てたのにルークはあんなひねくれ者なんだ…?
 
 
「陛下。マルクト帝国は首都グランコクマの防衛を強化しております。エンゲーブを補給拠点として、セントビナーまで…」
 
 
謁見の間に入った瞬間に飛び込んできたのは、年取ったおっさんの声だった。これが噂のモースの声か…。何か俺の耳には有りもしない情報が聞こえてくる。ルークはそんなモースの言葉が聞こえたのか、眉を吊り上げて大きな声で嘘だ、と叫んだ。そして自分が不本意ながら体験してしまったマルクトの情勢を伝えた。…つーかルークタメ口…。
 
 
「御前を失礼致します、陛下」
 
 
ルークの言葉に何も言えないモースを見て好機と取ったのか、すぐさまジェイドが陛下に近づき、傅いた。
 
 
「我が君主、ピオニー九世陛下より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました。詳しい事はこれに」
 
 
ジェイドがアニスに目配せするとアニスはすっと親書を取り出し、両手に乗せてそれを陛下の近くにいた偉そうな奴に渡した。それを見たモースは顔を歪めたが、陛下は目を細めて考える素振りを見せた。どうやら俺たちの言葉が嘘ではないと感じ取っているらしい。
 
 
「答えはすぐには出せぬ。まずはゆっくりと旅の疲れを癒されよ」
 
 
陛下はそう言って近くにいた偉そうな奴に指示を出していた。どうやら使者のための部屋を用意するように命令してたらしい。まあ、俺やガイは元からルークの屋敷に住んでるから関係ねーんだけどよ…。
とりあえず現在、ルークの屋敷に全員で向かう事となった。何故かって?イオンが行きたがったんだよ。
 
 
「そういえば、スパーダはルーク様の使用人なんだよねぇ?やっぱりお屋敷に住んでるの?」
 
 
ルークの屋敷に行く道の途中で、アニスが唐突に問いかけてきた。ああ、そういえばさっきは使用人だなんて言っちまったな…。
 
 
「ん?あぁ、まぁな…。正確には俺は使用人じゃなくて居候なんだけどよ」
 
 
「居候?だってあなたさっき…」
 
 
「ああしねぇと不自然だろ。まさかただの居候が大事なルーク様を探しに行ったなんて知れたら大騒ぎだぜ?」
 
 
そう言ってニヤニヤしながらルークの肩を叩くと、不機嫌そうに顔をしかめてルーク様って呼ぶんじゃねぇ!と怒鳴られてしまった。そのルークの反応が楽しくて笑ったまま肩を竦めていると、目の前に屋敷が見えてきた。
 
 
「ここだよ」
 
 
ルークは自分の屋敷を自慢するように胸を張ってから、その扉を勢い良く開けた。
 
 
「父上!ただいま帰りました!」
 
 
勢い良く扉を開けて入った屋敷の中には、ルークの父親に当たるファブレ公爵がいた。しかし公爵はルークを見ても喜びもせず、ただ冷たい表情でルークを見ているだけだった。親のくせに…。自分の息子のくせに…。
 
 
「セシル少将から報告は受けた。無事で何よりだ」
 
 
感情が微塵もこもらない淡々とした態度。これじゃあまるで親子じゃなくて完全な他人だ。こんな奴、俺でも苛々してくるぜ…。
 
 
「スパーダ、客人でありながら息子を探しに行ってもらってすまないな。ゆっくりと休んでくれ」
 
 
「いや、別に構わねぇさ…。お言葉に甘えて休ませてもらうぜ」
 
 
正直このままこの空間にいる事が耐えられねぇんだよ。親子にも関わらず冷たい関係。まるで自分の家の両親や兄貴を見てるようで吐き気がする。ルークは必死に認められようとしてるのに、それを見ない振りをするファブレにも苛々する。一人になりたい。これ以上苛つかないためによ。
ファブレ公爵の横を通り過ぎて自分に当てられた部屋へと向かおうとする。
 
 
「スパーダ!」
 
 
ルークの心細そうな声が聞こえてきて、思わず苦笑してしまった。まるで捨てられそうになっている子犬みたいだ。親に認められない自分を見て、俺まで離れていってしまうんじゃないかと怖がっている子供のような感情。
 
 
「後でな」
 
 
後ろを振り返って軽く手を振ってやると、後ろから嬉しそうな返事が返ってきた。それにまた苦笑しながらその場から離れ、自分の部屋へと戻った。
 
 
「はぁ…」
 
 
疲れた。少しの間なんだろうけど、凄く疲れた。嫌味大佐の警戒の目に晒されるし、預言預言煩い奴らに巻き込まれるし、ドロドロしたメンバーに呆れるし…。
 
 
――お疲れ様、ここまで良く頑張ったわね――
 
 
…あー、リリー。いつの間に…。何か分かりやすい目印とかないのかよ…。
 
 
――それに関しては慣れてもらわないと困るわね。ラスティも同じようなものだから。ああ、ラスティと言えばね、彼があなたの事が心配だから見てきてくれって頼まれたの――
 
 
不意に言われたリリーの言葉に、カッと頬が熱くなる。あ、あの馬鹿は本当に馬鹿だ…。だから高い所に上るんだ…。
 
 
――…本当にお疲れ様、そしてこれからも頼むわ。息苦しくて仕方が無いでしょうけど…――
 
 
リリーは重たいため息と冷たい声で言う。リリーも気づいているからこそ特に何も言わないのだろう。俺としては、やはりルークが可哀想で仕方無い。あんなに一生懸命なのに。
認められようと必死に自分を主張しようとしているのに…。
 
 
――努力が必ず報われるとは限らないのよ。それだから人生は時に虚しい――
 
 
どうしたんだ、リリー?普段のお前ならそんな事言わないだろ?
 
 
――ごめんなさい、らしくない事を言って…。預言のせいかも知れないわね…――
 
 
向こうじゃそんなの無かったしな…。俺たちからしたら異様な光景だしな…。未来が全て決まっているなんて…。
 
 
――そうね…、未来は決まっているものじゃないもの…。…そういえば、あなた知ってる?この世界でのあなたの名前の意味――
 
 
名前の意味?俺の名前に意味なんかあるのか?全然気にしたこと無かったけど…、ってこの世界?
 
 
――何も知らなかったの?この世界には古代イスパニア語と言うものが存在していて、それは単語に意味が付いているの――
 
 
それは知らなかったな。俺はほら、学がねぇからよぉ。それで俺の名前の意味は?
 
 
――びっくりするわよ、きっと。あなたの名前の意味は『神に仕えし正義の剣』――
 
 
そりゃあ驚きだ。そのまんま俺じゃねぇか。
 
 
――あら、意外と冷静ね。ラスティの影響を受けすぎちゃったんじゃないかしら?――
 
 
まあ、それもあるだろうなぁ。俺にあるんだったらあいつにはねぇのかよ?
 
 
――あるわ。『神の讃美歌』って言う大層な意味が――
 
 
神。やっぱり俺たちが元神だったからなのか?その前部分に神って付くの。てかあいつに讃美歌なんて似合わねぇな!神を讃える事なんて一番しなさそうな奴なのによ!
 
 
――まあ彼が神を讃える事なんて天地が返っても無いかも知れないわね。それじゃあ私はとりあえずあなたの様子見とそれを伝える為だけに来たから、帰るわ――
 
 
分かった。あいつによろしく。
 
 
――はいはい――
 
 
リリーのクスクスと笑う事が聞こえたと思ったら、その声が急に聞こえなくなった。どうやら意識を繋ぐのを止めたらしい。本当に唐突だから分かりづらいな…。まああいつも同じような感じだって言ってたから諦めるとしよう。とりあえず今日の俺は寝る。疲れた。けど、これから起こる何かに備えて体力を回復しておかなければならないので、やってくる睡魔に身を委ねる事にした。
 
 
 
 
 

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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