信用ゆえの命令
スパーダは上手く単独行動を取る事が出来たようだ。リリーの話によると嫌味大佐から離れるために苦労するのではないかと言っていたらしい。しかし、いくらスパーダと話をするためと言っても、このままの姿ではまずい。スパーダがもしも俺と会っている姿を見られたらスパイだとか裏切り者だとか言われてしまう。だからここはリリーの姿を借りる事にした。この姿は誰にも見られていないし、リリーの姿はスパーダも知っている。
「しかしお前がリリーになるとは…」
スパーダが感心したように言うが、俺は何も言わずに黙っていた。リリーの姿でもあるし、何かムカついた所もある。何故かって?馬鹿にされたような気がしたんだよ、うん。
「……この姿の事についてはこの際どうでもいいわ。船の上で話を聞いたでしょう?直接話したい重要な事があるの」
店の中に入り、近くにあったカウンターに腰掛けてノンアルコールのカクテルを二つ頼んだ。一応この姿はまだ幼いからアルコール類は飲めないだろう。
「んで?重要な話って何だ?」
俺と同じようにカウンターに腰掛けて真面目な顔で問いかけてくる。その声は少しばかり強張っていた。確かに俺が自ら危機を犯してまで直接話をしたいと言ったんだ。かなり重要な話だと感じたのだろう。俺はそんなスパーダの表情を見ながら運ばれてきたカクテルを喉へと流し込んだ。
「前に状況を説明すると約束していたでしょう?その事について話したいの」
カウンターに肘を突いてスパーダと視線を合わせる。スパーダの灰色の目は見開かれていた。おや、どうやら俺は絶対に話さないと思われていたのか?
「珍しいな、お前がそう言うなんて」
「………仕方がないから…。これから起こるであろう事を考えると、一番当事者の近くにいるあなたに情報を与えた方がいいの」
これから起こる事はきっと完全に回避は出来ない事。このままの状態であり続けるのならおそらく起こって欲しくない出来事は起こるだろう。だが、スパーダに情報を与えれば被害を抑える事は出来る。いくら俺に力があろうとも、一人では限度がある。だからこそ俺の仲間であるスパーダに協力を仰ぐ必要がある。
「この先、あなたたちはバチカルに戻る。そしてルークはアクゼリュスと言う街に行かなければならなくなる。その時、あなたは決してルークから離れないで。良い?決して、よ?」
念を押すように強く言うと、スパーダは息を呑んで目を大きく見開いた。それはそうだろう。俺がこの先起こる事を知っている。スパーダも知らない事を知っているんだ、驚かれて当然だろうな…。
「お前…」
「……これをお願いとして受け取らないで。むしろ命令だわ。あなたは決してルークから離れてはならない。分かった?」
スパーダは俺の真剣な様子に未だに驚いているようだが、それでもこれが嘘でも悪戯でもないと分かっているのか、真剣な顔して頷いている。正面に見える綺麗な灰色の目には強い決意が見えた。俺はそれを確認すると、クスリと笑ってまだ手をつけてないスパーダのカクテルを奪い取って一気に飲み干す。
「それじゃあね、スパーダ。お仲間が来てるわよ?」
席から立ち上がって入り口を見ると、ルークたちが酒場を覗き込んでいた。そしてその翡翠色の瞳は俺の姿を捉えると驚きで見開かれた。この驚きが一体何なのか俺には分からないが、まあ色々な事が予測出来る。
「また会いましょう」
体を翻して、ルークの横を通り過ぎるように店を出る。ルークは視線で俺を追うが、それ以上は何もしなかった。俺的には声をかけてくるんじゃねーかと思っていたがな…。
――…あれだけで良かったの?スパーダにはまだ十分な説明が出来ていないわよ?あれだけでスパーダがあの命令を守れるかどうか…――
リリー、お前だって分かってんだろ?この以上の事をあの場で言うと誰かに盗み聞きされるかも知れないだろ。情報が漏れないとも限らないんだ。ここは慎重にならなければならないんだ。今ははとりあえずあいつがルークから目を離さなければいいだけだ。スパーダは賢い子だ。俺の言葉をきちんと実現してくれるだろう。例え俺の言葉が足りなかろうが、俺の話が真剣だって事は分かってくれるはずだ。今はそれだけで十分なんだよ。
――それで?これからどうする?――
とりあえず俺と一緒に来たシンクがディスクを奪い返すだろう。そしてシンクから逃げるためにルークたちは船へと逃げるだろう。
――予測出来てるの?――
問題ないよ。シンクはちゃんと仕事はこなす派だからディスクを取り逃す事はないだろう。だから、俺の作戦に狂いはない!
「危ないっ!」
そう思った瞬間に、ルークたちの仲間の声が聞こえた。どうやらもうシンクは動き出したらしいな。さすがシン君。仕事が優秀で結構だ。んで、俺はこの騒ぎが収まった後に港に行ってシンクと合流する。バタバタと複数の足音が聞こえて、やがて小さくなっていく。そして最後には聞こえなくなり、船の汽笛が鳴り響いた。どうやら船は出たらしい。
「どうやら上手く行ったようだな」
――そうかしら?もしかしたら失敗してるかも知れないわよ?――
はは、リリーは相変わらず厳しいな。あいつが失敗するわけねぇだろ。俺の大切な奴なんだからさ。あはは、と笑いながらケセドニアに背を向けてダアトへと向かう。その後ろでリリーが別にスパーダの事じゃないのだけどと呆れたようにため息をついていた。が、俺はあえて無視する道を選んでおいた。
ダアトに戻ると、相変わらずの預言人気だった。毎日のように巡礼者が訪れては預言を聞いて帰っていく。俺はそれを見ながら顔を歪める。ホント、悪いかも知れないが気持ち悪い光景だ。未来を知らなければ生きていけないなんて、恐ろしい。それは人を腐敗させていくだけでしかいないと言うのに、誰もそれに気づかない。蔓延している。この腐敗がゆったりとした足取りで。
――ラスティ、暗い思考に取り付かれては駄目よ。この世界では預言は無くてはならないもの。あなたのように嫌悪を示す者はいないわ――
……分かってるよリリー。けどさ、俺は信じられねーんだよ、この世界が。だって、まるで赤子のようじゃねーか。誰かに手を引かれないと自分で歩くことさえ出来ないなんて。
――けれど、それも仕方のない事。私たちの世界だって、こちらの世界の人たちから見たら変なのよ。天上があって、前世がいて、あなたのような転生者がいるなんて――
子供を言い聞かせるようなリリーの口調に、俺は思わず遠き日の事を思い出した。俺は、あいつらの愛を受け取れていたのだろうか、と。
――ラスティ。今はただ目の前の事を考えればいい。あなたがすべき事は何?――
そうだな、俺がすべき事をすればいいんだよな…。預言なんて俺には関係ない。俺はラスティ。異世界から来た預言に縛られない人間だ。
――そう、それでいいわ…――
リリーが穏やかに微笑む声が聞こえて、俺も釣られるように微笑んでいた。しかしそんな和やかな俺たちの間にはトラブルはつき物で、リグレットが近づいてきた。その足取りは早足だった。
「ラスティ、任務だ」
「任務?帰ってきたばかりの俺に?つか俺ってモテモテ?」
「下らない事を言うな。任務は明日の夜だ。バチカルに導師イオンがいるはずだ。奴をタルタロスに連行しろ。そこから先は同行者に聞けば分かるはずだ」
明日の夜にバチカル…。つまりもう明日にはルークたちはバチカルについているって事だ…。漸くここまで来ちまったか…。ここからが俺と、スパーダ勝負だ。
「同行者って誰だ?」
「シンク、ラルゴ、それにアッシュだ」
「ふぅん、個性豊かというかなんと言うか…。まあいいや。イオン様を連れてくればいいんだな。簡単だ、任せろ!」
にやりと笑ってそう言ってやると、リグレットが腑に落ちない表情をしていた。
「どうかしたか?」
「何故閣下はお前みたいに不真面目で軽くて鬱陶しい奴を重宝しているのかが分からない」
……あれ、これって貶されてる…?頭脳優秀で運動神経最高な俺が貶されてる…?いくら何でも傷つくぜ?俺ってばデリケートだからね…?
――へぇ?あなたって傷つくんだ?――
リリー!イジメか!?イジメなのか!?マジでへこむぞ!?めちゃめちゃへこむぞ!!俺はブロークンハートだって前にも言ったよな!?
「いくら剣や術の力が強いからと言って、言うことを聞かないし、閣下の役に立つのだろうか」
「おい、人が黙ってりゃ勝手に…。そもそもなぁ、俺はあいつに言ったんだぜ?束縛されるのは大嫌いだって。だから俺は自由に移動できる許可ももらってる。任務だって、余程じゃなければ断って構わないと言われてる。それを許したのも全部ヴァンだぜ?」
「それはそうだが…」
「本当ならこの地位だっていらねーよ。けど俺はここにいる。分かるか?俺には目的があるんだよ。大切な目的がな」
そう、俺にはやるべき事と叶えないといけない目的がある。そのためにここにいるしか過ぎない。それ以上でも以下でもないんだよ。やるべき事が終わったのなら、俺はあるべき場所に戻らなければならない。スパーダがいるあの場所へ。ここにいるのは目的を達成させるため。
「さあ、次はどうしようかな?」
時間は刻一刻と迫っていた。崩壊へと時間がな。