表面と中身
全く面白くない世界だ。導師イオンがここに来るのは正義感の為だけではないという事を知っているからこそ胸糞悪い。あの導師は預言は道標に過ぎないといいながらも、やはり預言に流されている所がある。だが、まだマシだ。もっと胸糞悪いのは預言預言預言言っている奴らだ。まるで麻薬だ。それが無くなってしまえば生きていけないと叫ぶ者がいるだろう。
「ラスティ、機嫌悪いの?」
俺の隣で腕を組んでいたシンクが俺の表情を見ながら声をかけてきた。機嫌が悪い…か。いや、これは機嫌が悪いんじゃない。気分が悪いんだ。こんな気持ち悪い世界にいるって事に対する、な…。
「いや、埃っぽいなぁ…と思ってさ」
「確かに埃っぽいけどさ、あんたのその顔はそんな事を考えてる顔じゃないよ」
さすがシンクだ。俺の表情を見ただけでそこまで理解できるなんて。
「気味が悪ぃと思ってさ」
誤魔化すことは止めて正直にそう言うと、シンクの肩が微かに揺れた気がした。俺はそれに気づきながらも、気づかない振りをして言葉を続けた。
「この世界は気味が悪い。預言が無ければ生きていけないだなんて」
「そんなの今更じゃない」
「……何だ、シンクは知らなかったのか。俺は別の世界から来たんだぜ?」
俺がそう言った瞬間に、シンクの視線が俺の顔へと向けられる。まるであんた頭大丈夫?と言う様な視線を感じる。……確かに信じられないのは分かるけど、それは酷いじゃないか?
「…信じろって…。俺は預言が大嫌いだ。オールドランドの人間は預言大好きなんだろ?ほら、俺は嫌いだ、こんな君の悪い預言なんざ!」
この世界の人間で預言が嫌いだって言うのはヴァンが率いるこの六神将か、俺やスパーダのような他所の人間だけだろう。それにシン君、常識に捕らわれる奴は終わりなんだぜ?
「信じられないね…。いくらあんたが非常識でその刀に向かって話しかけている寂しい奴だとしても」
ひ、非常識で寂しい奴だとっ!?そ、それは俺の事なのか!?俺がリリーに話しかけるのは意思疎通だろうが!!それに俺は寂しくない!俺にはスパーダという大切な奴がいるんだぞ!!寂しくなんかないんだから!!くっ!このツンデレ金ぴか仮面め!!俺とリリーの事を馬鹿にしやがって!!
――馬鹿にされたのはあなただけだと思うけど…――
ぐ、グレてやる!!
「シン君なんてもう知らねー!!俺は一人で進んでやる!」
シン君を置き去りにして走り出す。もう、あんな金ぴか仮面なんか知らない!!俺のデリケートなハートを傷つけやがって!!俺は非常識な奴でも寂しい奴でもない!!
――あっさりバラしたけどいいの?――
まあね。これから楽しくなりそうじゃねーか。だいたいヴァンにバレてんだ。六神将にバレたぐらいじゃ何ともないさ。それより問題とすべきは…。
――預言の事?確かにこの世界の全ては預言に左右されている。天気も食事も、人の人生も、全て。気持ち悪いほどに…――
そうだ。残念な事に俺に預言を詠む力はない。読めるのは素質がある奴だけだ。俺はもともとこの世界の住人じゃねーし…。
――でもあなたには力がある。預言を詠めなくても、あなたには止める力と変える力がある。私は信じてるわ――
…なんかくすぐったいな、リリー。まあいいや、ありがと…。
「んで?これは何だ?」
コーラル城の奥へと進んだ俺の目の前に佇んでいた驚くほど馬鹿でかい機械。しかもでかいだけじゃなくて構造も難しそうだ。思わず口が開きっぱなしになってしまったよ…。
「これはレプリカを作る譜業ですよ」
嬉々とした表情で機械を弄るディストの顔は心底気持ち悪いものだった。うん、この顔は本当に犯罪者の顔だよ。だから変態なんて言われるんだよ。うん…。
「シンクはそのうち来るんでしょう?なら行ってきますよ」
どこへ?と聞かないのは俺がその場所を知っているからだ。屋上にはアリエッタが待機している。タルタロスで休んでいたアリエッタにこちらに来てもらった。俺たちだけじゃ手が足りなくてな。アリエッタは快く俺たちに力を貸してくれた。だからとりあえず屋上に整備士を連れて行って、ルークたちを誘き寄せるように頼んだのだ。
「行ってらっしゃーい」
ひらひらと手を振って不思議な椅子で飛び去っていたディストの後姿を眺めた。本当に、あいつは奇人と言うか変人と言うか…。あんなんでもこんな機械を操る事が出来るんだ、一応凄い奴なんだろうな…。見た目は全く凄そうに見えないし、自身で戦闘が出来ないけど…。
「ディストは行ったんだね」
声が聞こえたと思ったらさっき置いていったシン君が追いついたのか部屋に入ってきていた。俺はそちらに視線を向けて軽く頷く。シンクは、特に何も聞かなかった。俺としては別世界の事について聞かれると思っていたんだがな…。
そんな事を考えていたら、ディストが勢い良く部屋に飛び込んできた。しかしそこにはルークしかいなかった。どうやら導師イオンは攫えなかったようだな。
「ラスティ、そいつをそこに寝かせて」
シンクが指差したのはこの部屋の大半を占める大きな機械。確かに機械にはスペースがあって、寝かせるには問題ないだろう。俺はシンクの支持に従ってディストからルークを受け取り、そこに寝かせた。するとディストは下の方にあるパネルに向かい、機械を弄り始めた。
「何をしてるんだ?」
「こいつのデータを取ってるんだ。あと同調フォンスロットを開けばいいのさ」
「同調フォンスロット?」
分からない言葉が飛び出してきたので、シンクに意味を聞こうとした瞬間、下で作業していたディストが勢い良く飛び出してきた。
「うわっ!?」
「…な〜るほど。音素振動数まで同じとはねぇ。これは完璧な存在ですよ」
いやらしい目でルークを見下ろすディスト。その顔は確かに科学者の目でもあるが、同時に変態の目でもあった。ああ、何で俺はこいつと一緒に仕事をしているのだろうか…。気持ち悪い…。
「そんな事どうでもいいよ。奴らがここに戻って来る前に、情報を消さなきゃいけないんだからね。早くしてほしいね」
「そんなにここの情報が大事なら、アッシュにこのコーラル城を使わせなければ良かったんですよ」
「あの馬鹿が無断で使ったんだ。あとで閣下にお仕置きしてもらわないとね。…ほら、こっちの馬鹿もお目覚めみたいだよ」
ああ、もう。シンクは何でこの変態ディストの言っている事が理解出来るんだ…!
なんて頭を抱えていたら、今まで寝ていたルークが目を覚ましているようだった。まだ完全に覚醒していないのか目は虚ろだったが、周りの情報を得ようと必死に目を動かしていた。
「いいんですよ。もうこいつの同調フォンスロットは開きましたから。それでは私は失礼します。早くこの情報を解析したいのでね。ふふふふ」
再び不気味な笑みを浮かべたディストは、そのままどこかへと飛び去ってしまった。何とも言えない胸のむかむかを抱えたまま俺はシンクとルークを見ていた。シンクはディストから何かディスクを受け取っていたのか、それを懐へとしまって、踵を返した。どうやらここから立ち去るらしい。俺が慌ててそれについて行こうとした時、ルークの呻くような声が聞こえた。
「…お前ら一体……俺に何を……」
「答える義理はないね」
冷たく放たれる言葉。俺はそんなシンクを見ながら黙ってついて行った。しかし、その時複数の足音と誰かの強い気配。
「ルーク!」
素早くこちらに駆け寄って来たのは、タルタロスで見かけたガイ様だ。手に持っていた剣で俺へと斬りかかる。俺はリリーを抜かずにその場を飛び退く事でその攻撃を避け、シンクの隣へと着地する。だがガイ様は攻撃の手を休めずに追い討ちをかけるために鋭く剣を振るった。
「うおっ!?」
しゃがんで避けた俺と飛び退いて避けたシンク。しかし、その時乾いた音が部屋に響いた。それは先ほどシンクが懐にしまったはずのディスクだった。
「マズい!!」
シンクがそれを落とした事に気づくと、急いでディスクを拾おうと手を伸ばす。だが、そんな事を許されるはずもなく、ガイ様がシンクを斬ろうと剣を振るう。辛うじてガイ様の攻撃をかわしたが、完全に避けられなかったのか、シンクの顔についていたはずの仮面が地面へと落ちる。俺は気がついたら背中からリリーを引き抜き、飛び掛るようにガイ様に斬りかかっていた。ガイ様がその攻撃に一瞬怯んだ隙に仮面を拾って、シンクに向かって投げた。すぐに仮面をつけたようだが、ガイ様の表情からしてどうやらシンクの顔を見てしまったようだ。
「とんだ番狂わせだっ!」
未だに斬りかかってこようと剣を構えているガイ様に思いっ切り蹴りをかましてやった。このガイ様は剣を振り回しすぎだ!俺の髪が切れるだろうが…!
「ちっ…。今回の件は正規の任務じゃないんでね。この手でお前らを殺せないのは残念だけど、アリエッタに任せるよ。奴は人質と一緒に屋上にいる。振り回されてご苦労様。ラスティ!!」
「了解!」
窓を突き破っていく出て行くシンクに続いて飛び出そうとした俺の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。思わずそちらの方を見ると、エメラルドの髪に灰色の瞳のスパーダがいた。
「港の氷を解け!」
港の氷。おっとこれは俺のミスか…。すっかりその事を忘れるところだった。
俺はスパーダに向かってにやりとした笑みを浮かべてから指を鳴らした。パチンという音が静かに響く。その音に全員の動きが止まった瞬間、俺は勢い良く窓を突き破り、外へと飛び出して待機していたアリエッタの友達へと掴まる。
「魔導師!!」
「氷楼は解いたぜ!約束は守った!」
突き破った窓の向こう側に見えるスパーダに向かってそう言うと、さっさとその場から離れた。少し離れた所にはシンクが魔物に掴まって飛んでいた。
「シンク。ディスクを持っていかれたがいいのか?」
「……ケセドニアで取り返すさ」
「船の停泊地点か…」
シンとした静寂が俺とシンクの間に落ちる。仮面の中を見たのか、とか下らない事を考えているんじゃないかと俺は思う。俺としては顔なんてどうでもいいと思うがな。だって顔なんて所詮はそいつの本質が現れるわけではない。そいつの本質は、そいつの心にあるんだ。
「シンク」
「分かってるよ、見たんでしょ…この顔…」
「違ぇよ。俺はお前が何者であろうと、気にしねぇよ。お前はお前、俺は俺だ」
少しばかり恥ずかしい台詞を言っているような気がして、視線を逸らして友達をケセドニア方向に向かせた。そんな俺をシンクは黙ったまま見ていたが、やがてため息のようなものが聞こえてきた。
「らしいような、らしくないような言葉だね」
皮肉るような笑みを浮かべたシンクを、俺は見ることなく空高く魔物を飛ばした。べ、別に照れたわけじゃないんだからな!!俺はただ、あれだ、照れてなんかないんだからなー!!
――それを照れてると言うのよ、ラスティ…。でも、あなたは優しい人だわ。相手を思いやる事の出来る人――
………何なんだよ、お前たちは…。俺を照れさせたいのか…?くっそ、何かむずむずするぞ畜生…。ケセドニアに行くぞ、リリー!
――ふふふ…、了解…――