仕事と氷楼


 
 
 
 
 
「間違うな…か…」
 
 
随分と大それた事を言ってしまったかも知れない。なんて言ったって人は間違える生き物だ。必ずしも間違えない事なんてないだろう。しかし、俺はあれだけは間違えて欲しくない。ヴァンが起こそうとしているとてもなく恐ろしい事を。あいつなら、分かってくれるはずだ。何が正しくて何が正しくないのか、分かってくれるはずだ。だから、あいつは絶対に奴を見捨てはしない。
 
 
「もう一人は…」
 
 
導師イオン。彼は何が悪で何が善かは理解しているはずだ。しかし、あの形振り構わない行動は、時として災いをもたらすかもしれない…。
 
 
「…ん…」
 
 
フーブラス川から少しばかり離れた頃、背負っていたアリエッタがもぞもぞと動き始めた。俺は首を少しばかり後ろに回してアリエッタの様子を伺った。眉間にしわが寄せられて、それからゆっくりと目が開かれた。
 
 
「…ラスティ…?」
 
 
まだ虚ろな目をしているアリエッタをゆっくりと地面に立たせてから、しゃがみこんで様子を見た。まだ完全に覚醒していないみたいで、ぼんやりとしたように辺りを見回していた。その様子に安心して、アリエッタの手をゆっくりと引いて歩き出した。
 
 
「…ラスティ…?…ここ…どこ、ですか…?」
 
 
たどたどしい口調でそう言ったアリエッタに、優しく、フーブラス川から少し離れた所、と答えた。するとアリエッタは少しずつ意識ははっきりし始めたのか、目を見開いて叫んだ。
 
 
「…イオン様…!ラスティ!イオン様は!?」
 
 
「もう行っちゃったよ…。でもアリエッタ、イオン様に感謝しろよ?アリエッタを助けてくれたんだぜ?」
 
 
あの陰険鬼畜眼鏡大佐から、というのはあえて言わないでおこうと思う。別に言っても構わないだろうけど。
とりあえず未だにどこか具合の悪そうなアリエッタの手を引いて、タルタロスへの道を歩き出す。
 
 
「少し休んだ方がいいよ。一度タルタロスに戻ろう」
 
 
寂しそうに小さく頷いたアリエッタに苦笑しながらタルタロスへ近づくと、タルタロスの前には嫌な奴が立っていた。チッ!何でいんだよ。
 
 
「ラスティ」
 
 
「よお、馬鹿」
 
 
アッ君。通称ハゲ頭。前頭部がそろそろご臨終しようとしている可哀想なアッ君だ。いっその事六神将も引退したほうがいいんじゃないかと思われるアッ君だ。絶対そのうち単なるハゲになる運命を背負ったアッ君だ。そしてヅラにしてまで活躍しようとするに違いないアッ君だ。俺が色々と弄っているからストレスが溜まってまたしても頭の危機にあるアッ君だ。
 
 
「うるせー!誰がハゲだ!?」
 
 
「別にハゲなんて言ってねぇよ!ただそろそろ髪がヤバいアッ君だと思っただけだ!さっさとハゲろ、ハゲ!」
 
 
「今言いやがったな、このクソ野郎!そこ動くんじゃねぇぞ!」
 
 
短気なアッ君はすぐに剣を抜くと俺に向かって突き出してくる。俺はそれを華麗に避けて話を勝手に進める。
 
 
「んで?そこのハゲ頭君は何でこんな所でストーカーしてくれてんのかな?ぶっちゃけお前が邪魔でアリエッタを休ませられないんだけど?」
 
 
「誰がハゲ頭だ!!しかもストーカーなんてするか、屑が!!お前らに頼みたい仕事があんだよ!」
 
 
「仕事ぉ?しかもお前らって事はアリーも?お前はこのいたいけなアリーが疲れているのが目に入らないのか?お前の目は節穴か?むしろお前は鬼畜か?ああ?」
 
 
「てめぇ機嫌が悪いのかよ…。チッ、めんどくせぇ。別にてめぇだけでも構わねぇよ。カイツールにある船を全部破壊して整備士あたりを人質に取って来い」
 
 
「…めんどくせぇ事押し付けやがったな、ハゲ頭君。アリー。お友達を借りていいか?」
 
 
めんどくせぇ話だが、ここで俺が駄々をこねるとアリエッタに仕事を回されそうだから俺が受けることにした。それに、破壊とあれば少しはストレスを発散できるだろ。別に殺しじゃないし。とりあえず移動手段としてアリエッタの友達を貸してほしいと頼むと、アリエッタは素直にこくんと頷いてくれた。
 
 
「よっし、行って来てやるか、仕方ないからな!…全く人使いの荒いハゲだ…」
 
 
最後の方だけ小さな声で言ったにも関わらず、地獄耳のアッ君には聞こえていたようで、剣を投げられてしまった。もちろんそんな剣に当たるような俺ではないのですぐに避けたけれど。全く、こんな風に武器を乱雑に扱うから俺に弄られるんだよ。なあ、リリー?
 
 
――まああなたにとってそんな事は関係ないのでしょうけど…。武器を大事にしないのはいただけないわね。だからハゲるのよ、ふふふ…――
 
 
「おい…」
 
 
どうやらリリーの反応を笑っていたのが面に出ていたらしく、アッ君が低い声で俺を呼ぶ。俺はそんなアッ君を再び笑いながらも、二人から離れてアリエッタの友達の方へと近寄る。
 
 
「しょうがないなぁ、坊ちゃん!お前のために特別に行ってやるよ!言っとくけど、連れてくるだけだからな!」
 
 
友達の背に乗ると、大きな翼を広げて飛び上がろうとしていた。地面からふわりと浮き上がる瞬間、俺は詠唱破棄のスプラッシュをアッ君に向けて放った。
 
 
「な…何しやがる!」
 
 
びしょびしょに濡れたアッ君が震えながら声を上げるが、俺はそれを笑いながら無視した。そして友達は空高く舞い上がり、カイツールへと羽ばたきだした。下から聞こえてくるアッ君の怒鳴り声をBGMにしながら、俺は空を見上げたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
目的地カイツール到着っ!といっても誰にもバレないように上空待機だけどな。今の所スパーダたちの気配はしないし、手っ取り早く済ませてしまった法がいいかもな…。
 
 
――どうするの?――
 
 
「どうするって…。そりゃあまず人を殺さないように船を破壊して、それから整備士を誘拐して…、だろ?まず第一の目標は誰も殺さないことだな!」
 
 
――大丈夫よ。あなたほどの力を持っているのなら誰も殺さずに壊せるわ――
 
 
「それって普通違うんじゃないか?力を持ってるから壊せるものであって…」
 
 
――グダグダ煩い!さっさと行く!――
 
 
「リリーが反抗期っ!分かったよ、行けばいいんだろ!!」
 
 
――それで?何で攻撃するつもり?破壊なら手っ取り早く爆発でもさせる?――
 
 
この場合、一番リリーが危険な思考だと思うのは俺だけだろうか?確かに破壊だけなら灰神の方がいいかも知れないが、それだと死人を出すだろ。だから、この場合は…。
 
 
「翠神か霧神だろう!!」
 
 
友達の背中でリリーを抜き放ち、煌くリリーを誰もいない船に向けて振り下ろす。すると剣先から見えない攻撃が船に向かって飛んでいく。そしてその攻撃が船を切り裂き、次の瞬間には一気に爆発を起こした。
 
 
「ははっ、ストレス発散出来るな!」
 
 
――キャラ崩壊を教えた方がいいのかしら?物凄く良い顔してる…。いや、でもこれはラスティの鬼畜顔って事ね…。キャラ崩壊ではなくてこう、表の顔と裏の顔みたいな…――
 
 
なにやら独り言を呟いているリリーを無視して友達から飛び降り、地面へと着地した。爆発によっててんやわんやしていた整備士たちは、いきなり現れた俺に驚いた後、俺の手に握られていた刀を見て一気に目の色を変えた。ほほう?一瞬にして俺を敵だと判断したか?
 
 
「いい線いってるぜぇ?でもよ、俺は人間じゃないんだわ」
 
 
整備士の一人が手に持っていた工具で対抗しようと俺に向かって走り出してきた。俺はそれを見てにやりと笑みを浮かべた。殺さずにこいつら全員を止める方法。俺にとっては難しくはないだろう。
 
 
「後で怒られる事覚悟だな…。ま、我慢してくれや」
 
 
リリーを構え、振り下ろされた工具を受け止める。それと同時にリリーが煌く。全ての視線が俺に向けられている今がチャンス。さあ、リリー。行くぜ?
 
 
――スパーダが怖いわね…――
 
 
「氷楼…」
 
 
リリーが一気に煌いて瞬間、俺に工具を振り下ろした整備士と、周りにいた他の整備士たちが一瞬にして氷付けになった。吐き出した息が白くなるほど下がりきった気温の中で、俺はまだ壊れていない船へと向かって翠神を放った。真っ二つになる船。そして数秒遅れて爆発する全て。
 
 
――船は全て終了って所かしら?それにしてもいつ氷楼を解くつもり?――
 
 
「知るかよ…。そのうち気まぐれで解くさ。問題ないだろ?氷楼殺すための技じゃない。全てを凍らすための技だ」
 
 
ふう、とため息をつくと、氷楼で下がった気温がまだ続いているため息は白い。さっさと退散しなきゃな、と思ってリリーを鞘に収めようとした瞬間、鋭い殺気が飛んできた。
 
 
「!!」
 
 
咄嗟にリリーでその方向に突き出すと、そこには厳しい顔をしたヴァンが立っていた。手には剣が握られていて、いつもとは違う残酷そうな顔を引っ込めていた。訝しげにそれを見ていると、遠くから別の気配を感じた。
ああ、まずった!
 
 
「これは一体どういう事だ、ラスティ!!何故全ての人間が凍り付いている!?」
 
 
おっと…。そういえばヴァンには俺の能力をあまり多く見せていないんだっけ…?俺がこんな芸当出来ると知って、何か企もうとしてんのか…?いやいや、無理だって。俺を従えることなんてこいつには無理だって。
 
 
「悪いな総長。これも仕事なんでね」
 
 
にやりと笑ってから視線を少しばかり逸らすと、スパーダたちがカイツールに来た所だった。周りにいる凍りついた整備士たちを見て、スパーダ以外の人間が目を見開いていた。まあ、こんな状態になることはないだろうな。その逆があっても、な。
 
 
「魔導師!!」
 
 
スパーダたちがヴァンの近くに寄り、俺とヴァンの事を見比べている。そして大半の奴が俺に鋭い視線を送ってくる。整備士たちを殺したと勘違いしてんだろうか?
俺はそんな奴らを見て、にやりと笑みを浮かべた。ああ、こんなにまずい状況なのに俺が笑っていられるのは、こいつらと俺の実力がかけ離れているからなんだろうな!俺はヴァンがルークたちと会話して隙が出来ている瞬間に、リリーをヴァンに向かって投げた。しかしさすがヴァン。すぐにリリーを剣で防ぎ、リリーは上空へと弾き飛ばされた。
 
 
「何のつもりだ!」
 
 
ヴァンが良い人の面を被っている最中だから、こんな悪戯をするんだぜ?
 
 
「馬鹿めっ!!行け、リリー!」
 
 
弾き飛ばされたリリーに向かってそう叫ぶと、刀は一瞬にして俺の姿へと変わった。そしてそのままヴァンの背中へライダーキックをかましてくれた。油断しまくったヴァンはそれを思いっきり受け、地面へ両手をついた。チッ、顔面から行けばいいものを…!
 
 
「言っとくが総長!俺は何者にも縛られないとこが自慢でね!俺を掴む事が出来る人間なんざたった一人しかいないんだよ!とりあえず、この場は退かせてもらうぜ?仕事はまだ残ってるんでね!」
 
 
ライダーキックをかましたリリーは再び刀に戻り、俺はその場からバックステップする。下は海だが、氷楼で凍らせてあるから落ちる事はない。そして一回だけ指を鳴らすと、一人の整備士の氷が解けた。俺はそれを見た後に指笛で友達を呼び寄せてその整備士を捕まえた。
 
 
「船は全部破壊した。船を直せる整備士は預かるぜ。返して欲しければコーラル城に来い!文句はアッ君に言ってくれたまえ!じゃ!」
 
 
空へと羽ばたいた友達の方に向かって飛び上がる。それと同時に疾風で体を浮かし、友達の背中へと着地した。とりあえず、俺のここでの仕事は終わり。後はこの整備士をコーラル城へ連れて行って、それで終わりだ。
 
 
――そういえば、スパーダの言ってない事をやったけど良かったの?私がヴァンを蹴った瞬間…――
 
 
あ、それはまずったかも…。まあ後で説明すればいいだろ?俺たちの力は徐々に強くなってるんだからな。
 
 
「あ…、何か背中がぞくぞくする…」
 
 
背筋が冷えたのは勘違いだと思いたい。スパーダの殺気がこっちまで届いたとか、有り得ないし…。あー、でも怖いなぁ…。次に会ったとき殺されないといいなぁ…。
 
 
 
 
 

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