嵐の前触れ


 
 
 
 
 
「どうやら無事に行けたようだな…」
 
 
馬車に隠れながら検問を抜けたスパーダたちを見守った後、俺は何とも言えない気持ちのまま門の前に立って髪をぐしゃぐしゃにしていた。問題なのはここから先だ。むしろここまでは簡単に予想出来るし、心配するような場所ではない。そう、問題なのはこっから。ルークが家に帰って、それから先。そこからが俺とスパーダの力の見せ所。そして運命の分岐へと近づく地点。
 
 
「あー…、本当にめんどくさい世界だよ…」
 
 
――それでも私たちは選んでしまった。この世界で、すべき事を――
 
 
「分かってる。分かってるからこそ嫌なんだ。いっその事何も知らなかった方が楽だったのかもな…。あの頃みたいに、ただみんなと無邪気に旅を出来たら…」
 
 
――この世界から帰ったらスパーダとでもしたら?ほら、あなたたちはヘタレなコンビなんだから――
 
 
ヘ、ヘタレって言うな!俺は、俺はなぁ!純情すぎるくらい純情な青年なんだよ!いわゆるピュアボーイって奴なんだぞ!?俺ってばデリケートなんだぞ!?
 
 
――ウザイ、キモイ、どうでもいい。さっさと軍に顔に出しに行きなさい。検問を解除するんでしょう――
 
 
せっかく人が真面目な話をしていたというのに、この女神様は何とも言えない角度で話を逸らしてきやがった。それがこいつなりの気遣いなんだろうけど、その気の回し方はおかしいと思う…。もう少し普通の逸らし方はチョイス出来ないものだろうか…。
リリーが段々おかしくなってきていることに頭を悩ませながらもセントビナーの美しい花々を見ていく。そして、軍がある近くに差し掛かった時、俺の目に見知った色が目に留まった。あれは…。
 
 
「スパーダ…?」
 
 
あの陰険鬼畜眼鏡大佐と共に軍に入って行ったと思っていたスパーダは、以外にも軍には入らずに外で暇そうに辺りを見回していた。巨大な樹を眺めているその瞳はどこか懐かしい光景を思い出しているようだった。そして、俺が声をかけた瞬間、こちらを向いてその灰色の瞳を瞬かせた。
 
 
「ラスティ…」
 
 
樹から視線を外して俺の方へとゆっくりと近づいてくるスパーダ。俺はこの時大事な事を失念していた。俺たちはここに来て漸く他人の邪魔が入る事無く会話が出来るわけだ。そして凄く急いでいるわけでもない。最後に一番大事な事。俺とスパーダの気持ちが必ずしも一致しているとは限らない事だ。つまりは、顔を綻ばせてスパーダに近づいた瞬間、俺はまるで無防備だったわけだ。
 
 
「死にさらせーっ!!」
 
 
見事に俺の死角を狙って放たれた鋭いキレのあるアッパー。咄嗟の事で避け切れなかった俺は見事にその拳を顎に喰らう事になってしまった。顎の骨が悲鳴を上げたけれど、きっと目の前で激怒しているスパーダには関係ないんだろうなぁ…。
 
 
「ぐはぁっ!?」
 
 
威力抜群、角度最高のアッパーはスパーダより身長の高い俺を見事にひっくり返してくれた。しかもあまりにも綺麗に入ってしまったためか、俺の意識が一瞬だけどこかへと飛んでいってしまったいたらしい。気がついた時には目の前には青い空が広がっていた。
 
 
「キレのある…アッパーだった…ぜ……ガクリ…」
 
 
最早立ち上がる力のない俺が最後の力を振り絞ってそう言うと、未だに立っているスパーダに思いっきり胸倉を掴まれて揺すられた。すみませんスパーダさん。私はあなたの攻撃で既に死にそうなんです。勘弁したってください…。
 
 
「てめぇ、覚悟は出来てんだろうなァ?タルタロスでの事…」
 
 
タルタロスでの事ぉ…?色んな事があったから正確な事は覚えてないかも知れないけど、確か俺はあの時スパーダと初めて再会し、そんでもってスパーダに隠し事をした。それを後で話すとも約束してしまった。そして…。アリーを目の前で思いっきり抱き締めてしまった、かな?それってさ、つまり…。
 
 
「嫉妬してくれたんだよな?」
 
 
「!?」
 
 
「げふっ!?」
 
 
俺がにやにやとした表情でそう言った瞬間、スパーダは顔を真っ赤にさせて俺の胸倉を掴んでいた手を放し、すぐに俺の腹を思いっきり踏みつけてきた。しかも止めとばかりに脇腹を蹴られました…。…………DVじゃないか…?あ、家庭内ではないから単なるバイオレンスなのかな…。
 
 
「げほ…、お前殺す気…?」
 
 
「お前なら死なないと言う信頼を持って蹴った」
 
 
真顔で俺の事を見下ろすスパーダの目を直視してはいけない。直視した瞬間に俺の心臓は確実に止まってしまうだろう。それぐらい今のスパーダは恐ろしい!メデューサも真っ青に決まっている!!
 
 
「理由を五字で答えろ」
 
 
「作戦だから」
 
 
「チッ…」
 
 
……最近スパーダが腹黒くなってきた気がする…。俺が出会った当初の純粋で扱いやすいツッコミ少年はどこに行ってしまったのだろうか…。ああ、懐かしい…。全く誰の影響を受けたんだが…。
 
 
「――お前だよ――」
 
 
何でリリーも混ざりに言ってるんだよ。てかなんでリリーはともかくスパーダは俺の思考が読めてるんだよ。俺は今絶対口に出してないぞ…?
 
 
「お前の思考は基本的に単純だから」
 
 
「嘘だろ!?俺は難解な思考だと有名なのだぞ!?特にシン君とかアッ君とか!……まあ、いいや。お前はここで何をしているわけ?軍に行ったんじゃなかったのか?」
 
 
そうそう、問題なのはここなのよ。俺が軍に向かおうとしていたのはまあ八割くらいスパーダに会えると踏んだから。残りの二割は何かって?ここは真剣に話し合いって奴だな。え?八割がそっちに向いてていいのかって?もちろん良いに決まってるだろ。俺の思考の八割はスパーダよ。きゃ、言っちゃった!
 
 
「今度は顎を砕いて欲しいか?」
 
 
「すみません。真面目にしますので拳をしまってください…」
 

「はぁ…。軍に行かなかったのはあそこには良い思い出とかないし、お前が軍とかを嫌ってそうだと思ったからだよ」
 
 
そっと拳を下ろしたスパーダに安心して話を聞くと、どうやらめんどくさいのと、俺が軍を嫌いだと勘違いしているらしい。おいおい、いつの間にそんな事になってやがる?もしかして前回の旅のせいなのか?あれは別に俺がいたあの軍が嫌いなだけであって、別にこの世界の軍は嫌いじゃねーぞ?
 
 
「ふうん?俺はてっきり嫌いなのかと思ってたぜ。まあ、どうでもいいけど」
 
 
「ああ、なんつーか聞いておきながらその態度ってお前……。まあこの際気にしないで流さないと…。とりあえず俺は基地に入るけどお前はどうする?」
 
 
「俺?お前が入るなら入るしかないだろ。それとも一人で残れと?」
 
 
そう言って俺を睨むスパーダはどこか怖かったので、黙って首を振っといた。
とりあえず基地の前にいる兵士に事情を話すと、意外とあっさり通してくれた。警戒心に足りないのか、俺がとても良い印象を与えているからなのか…。それはさておき、俺とスパーダは一つの部屋の前で背筋を伸ばした。この先にいるのがこの基地のお偉いさんだ。
 
 
「失礼します」
 
 
扉をノックしてからノブを回して中に入ると、部屋の中にいた人物の視線が一斉に俺の方へと向けられた。そして二つの目以外が俺の登場に少なからず動揺しているようだった。この中で動揺していないのは老マクガヴァンとその息子だけだ。
 
 
「な、何故魔導師が!?」
 
 
マロンベースのさらさらストレートな少女が焦ったように武器を構えようとしたので、両手をあげて降参のポーズをした。そうしないといつまでも武器を構えられそうだし、ここで争われたらたまったもんじゃない。リグレットに起こられちまう。
 
 
「おっと、ここで争うつもりはない。俺は老マクガヴァンに撤退する事を伝えに来たのさ」
 
 
武器をしまいながらも俺に疑わしげな視線を向ける少女。それに陰険鬼畜眼鏡大佐。後は、まあ微妙なのは爽やか気障野郎の害様だ。ま、そんな奴らの視線の受けながらも全部を無視して老マクガヴァンの前へと歩いて挨拶をする。
 
 
「久しぶりじゃな、ラスティ坊や。どういう理由か分からんが撤退してくれるのは助かるわ」
 
 
柔らかな口調と言葉とは裏腹に目の奥には何か探るような気配が窺えた。しかし、それをあっさり漏らしてしまうほど俺は馬鹿じゃない。なんてったって俺たちは今目の前にいるイオン様を狙ってるんだ。ここでそんな事を口にしたら、老マクガヴァンに何をされるか…。マルクト軍に捕まるのはご勘弁なんでね。
 
 
「残念ながら補佐官である俺には知らされていない任務でしてね…。詳しい内容は六神将しか知らないんですよ…。すみませんね…。それと…」
 
 
老マクガヴァンに向けていた視線を外し、今まで俺たちの会話の内容を聞いていたルークたちへと視線を向ける。何人かが武器を構えようとしたが、俺は特に反応を示さずに口を開いた。
 
 
「お前らに関しては俺は何も言わん。バチカルに行こうとどこに行こうと今は邪魔しない。妨害される前に行くんだな」
 
 
では、失礼します。
そう言い残してから基地から出て、集合場所であるセントビナーの門の前へと足を運んだ。その場では既にほとんどのメンバーが揃っており、俺はまあ遅刻って事だな。
 
 
「遅いっ!何をしていた!一字で答えろ!」
 
 
「もはや真面目なのかギャグなのかわからない領域だよ…」
 
 
リグレットの強烈なボケを流しきれなかった俺は、それを放棄して撤退するという事だけを簡潔に伝えることにした。するとリグレットは顔を歪め、微妙な顔をしながらもそれしかないと思っていたのか渋々頷いた。
 
 
「導師イオンは見つかったか?」
 
 
「いや、見つかってないな。来てない、と考える方が良いだろう」
 
 
本当は見つけたけど、それはここで言う事でもないし、まだ時は来ていないから不必要な事だ。だから俺はひたすら奴らについての情報に嘘をつき続ける。
 
 
「で?導師守護役がうろついていたって言うのはどうなのさ?」
 
 
「やぁシン君。首尾は順調かい?」
 
 
突然聞こえてきた声は俺たちと愉快な仲間たちの一人、ツンデレキングのシン君だ。もちろんデレの割合はほとんどないがな…。特徴は金ぴかの仮面と、逆立っている髪だ。なんとも重力を無視した髪だよな!
 
 
「どこが順調なのさ。見てわかんない?最悪だよ。で?」
 
 
「来てたには来てたらしいけどさー。なんかさ、俺たちって評判悪いのか教えてくれないんだよね…。こんな風に勝手に町を検問したりしちゃったからじゃない?もう、大変なんだよ〜」
 
 
「あんたは何のための補佐官なのさ!」
 
 
「少なくとも真面目に仕事をするためではないと思っている!衣食住を確保し、優雅な暮らしをするために、と答えてもいいかも知れない!」
 
 
「あんたは仕事を舐めてんのか!!」
 
 
いかにも舐めているというような表情を浮かべながらシンクの肩を軽く叩くと、突然右ストレートが飛んできた。もちろん俺はちゃんと避けたよ。
 
 
「俺が不覚を取ったばかりに…」
 
 
そう言って悔しそうに拳を握り締めるラルゴから、微かに血の臭いがしてきた。場所は脇腹。タルタロスでの傷が少し開いているらしい。俺はそれを服の上から目だけで確認すると、ラルゴに動かないように静止をかけてからキュアをかけた。
 
 
「まだ治ってないのに無理すんな。血生臭いねぇ…」
 
 
「すまない」
 
 
ラルゴが再び謝罪の言葉を述べた瞬間、俺の優秀な探査機は余計な気配を見つけてしまったようだ。俺は仕方なく譜術を準備し、その嫌な気配が飛んでくる方へとスパイラルフレアを飛ばしておいた。リグレットたちには呆れられたけど、俺は止める気はない。
 
 
「ラスティ!!いきなり何をするんですか!?私の美しい顔に傷でもついたらどうするのです!」
 
 
襟が派手に広がっている派手な服を着ている派手男。通称トカゲのディスト。
 
 
「美しい?よぉく鏡を見てから言えよ」
 
 
「キィーッ!!この美しい私を馬鹿にしましたね!!」
 
 
空中に浮いている痛々しい椅子に座りながら地団駄を踏んでいるディストを視界から外し、シンクに撤退するように伝えた、と報告すると、シンクも俺と同じ事を考えていたのか頷いていた。
 
 
「撤退した方がいいと思ってたよ。さっさと帰ろう」
 
 
シンクが検問していた兵に号令をかけ、リグレットたちもぞろぞろと撤退を始める。そんな時、またしてもディストが視界の端で騒いでいた。
 
 
「キィーッ!!よくも私を無視しましたね!?復讐日記に書いときますから!」
 
 
「その日記見つけた瞬間に俺が塵も残さず消してやるよ」
 
 
下から睨みつけるように見上げると、ディストは俺の視線が余程怖かったのか。口元を引きつらせ、負け犬のようにさっさと逃げていった。俺はそんな情けないディストの姿を見ながら、重たい溜息をついた。全くあの手の人間はめんどくさいなぁ…。
 
 
――気づいてる?――
 
 
もちろん。俺があの程度の稚拙な気配の隠し方で気付かないとでも思ったか?最初から気付いているさ。あの陰険大佐の気配もな。それに、あいつらにはある程度の知識を身に着けてもらわないといけないし…。
 
 
――スパーダは不服そうね――
 
 
隠し事しちゃってるしーしょうがないんじゃない?
 
 
「ラスティ…」
 
 
不意に服の裾が引っ張られ、目を瞬かせて下を見ると、そこには顔を俯かせたまま俺の服を掴んでいるアリエッタがいた。あれ?アリエッタってさっきリグレットと一緒に歩いていなかったか…?
 
 
「どうした?」
 
 
「お願いが…あります…」
 
 
不安になってきたなぁ…。…どうやらまだまだ波乱万丈になりそうだ…。
 
 
 
 
 

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -