思惑


 
 
 
 
 
スパーダたちがいなくなったのを確認した後に、幻神を解いて俺の下で死んでいるラルゴを見下ろす。残念な事に俺は死体処理というものが苦手だ。
 
 
――まだ死んでない――
 
 
ん?生きてるのか?
リリーの言葉を信じてラルゴの口元に手を持っていくと、確かに微かだが呼吸していた。まあ刺されたのがど真ん中じゃなかったからもあるだろうし、ラルゴの体格のお陰でもあるだろう。急いでやれば死なないか…。
コートのせいで隠れていたリリーを背中から抜き取ってくるりと一回転させ、術を発動させる。ここでいう譜術って奴だ。
 
 
「レイズデット!」
 
 
そう唱えた瞬間にラルゴの下に譜陣が現れ、光の羽が舞い降りてきてラルゴの怪我を癒していった。しかし、怪我が予想以上に深かったのか完全には治らなかったみたいだ。少し経つと呻き声が聞こえて、ラルゴが目を覚ました。ラルゴの回復力に恐れ入りながらもその場にしゃがみ込んで顔色を窺う。顔の前で手を振ると、ラルゴの視線が俺へと向いた。
 
 
「大丈夫か?」
 
 
「ラスティ…か…。助かった…」
 
 
俺の事を認めたラルゴが両腕に力を入れて立ち上がろうとしたもんだから、俺は慌ててその肩を押して立ち上がることを阻止した。いくらなんでもこの状態で動こうとするとか無茶すぎでしょ!
 
 
「いくら治癒術かけたからった早すぎ!まだ動かない方がいいぞ」
 
 
すっと立ち上がって腰に手を当てて見下ろすと、ラルゴは自覚はあったのか苦笑してきた。そんなラルゴの様子に溜息をついてから甲板への階段へ視線を向ける。おそらく奴らはこのタルタロスを奪還するためにブリッジに向かうはず…。しかしあそこには他の六神将がいる。もちろん、アッ君も…。
 
 
「んじゃ、俺はアッ君を止めに行かないと。何するかわかんない危ない子だから」
 
 
暴走する事を前提で話すと、ラルゴは首を動かして頷いてくれた。そんな様子にホッとしながらもう一度軽い治癒術をかけてから一気に階段を駆け上がった。甲板から出た俺を待ち受けていたのは思わず深呼吸したくなるような青い空だった。
 
 
――ラスティ、譜術の気配よ――
 
 
リリーの鋭い声が聞こえてきて、俺もそれに倣うように意識をそちらへと向けてみる。確かにリリーのように譜術が展開されようとしている。属性は氷。術者はおそらくアッ君だからアイシクルレインで間違いないだろう。本気で当てる気は無いんだろうけどさ、あんまりいい行動ではないよねぇ…。
そして、ガンガンと氷が固い鉄の床に降り注ぐ音が響いた後に、アッ君の憎しみのこもった声が聞こえてきた。うーん、本当にあの子は一人で行動させたら危険な奴だなぁ…。ここからアッ君がいるブリッジまで結構距離あるけど、俺とリリーの力を持ってすれば問題ないか!
 
 
「行っきまーす!疾風!」
 
 
ぐっと足に力を込めて地面を蹴りだすと同時に、発動させた疾風が風を蹴り、まるで大砲のように早く移動する事が出来た。アッ君たちの姿はすぐに確認することが出来たけど、やっぱり何か不穏な空気…。ルークとさっき一緒にいた女の子は気絶してるけど、スパーダと死霊使い殿は避けたみたいだし…。
 
 
「どうしたますか?隊長」
 
 
「全員殺せ」
 
 
ああ、ほら。この子はこういう子だから面倒なのよ。俺に面倒かけるし、ツンデレだから素直じゃないし…。じゃなくて!全員殺すなんて命令、俺が許可するはずねぇ!だってあそこにはスパーダだっているんだからな!
 
 
「止めんかっ!」
 
 
疾風で上げたスピードのままアッ君の元へと突っ込んでいく。アッ君がこちらを向く前に、その振り返りかけている背中に向けて、華麗なる飛び蹴りをお見舞いしてやった。疾風のスピードのせいでかなりの力が入ったキックを喰らったアッ君は少しばかり遠くに飛ばされていた。まるで漫画のような滑り方だった…。素敵だぜ、アッ君!
 
 
「何しやがる!?」
 
 
倒れこんでいたアッ君は勢い良く起き上がると、俺の事をギロリと睨みつけてきたが、俺にその程度の睨みじゃ勝てないぜ?
 
 
「本当にアホの子だなぁ、アッ君は。今回の任務は導師イオンの奪還であって、殺しじゃないの。それに、キムラスカの大事な子供、殺しちゃっていいわけぇ?」
 
 
不敵な笑みとわざとらしい言葉を添えてやると、アッ君は俺の言葉の意味を理解したのか押し黙った。それに満足げに笑っていると、リグレットがどこからともなくやってきた。
 
 
「そうだぞ、アッシュ。閣下の命令を忘れたか?」
 
 
「チッ!どこかに閉じ込めておけ!」
 
 
リグレットの言葉に苦々しそうに顔を歪めると、すぐさま部下に命令してスパーダたちをどこかへと連行して行った。スパーダは連れられる前に一瞬こちらを見たが、俺は目線を合わせるだけで何もしなかった。ここで下手に行動するよりは、誰の目も届かないところで話した方がいいからな。
 
 
「ラスティ、ラルゴはどうした?」
 
 
「死霊使いにやられた。でも死んでなかったから治癒術かけて安静にしてろって言っといた」
 
 
「そうか、わかった。お前はブリッジに戻るか?」
 
 
「いや…、このタルタロスの中を見回ってるよ」
 
 
リグレットにそう伝えながら踵を返してタルタロスの中へと入っていく。リリーはしっかりとコートの中に隠すように背負う。さて、見回りなんて嘘をついちまったが、行く場所なんて始めから決まってる。もちろんスパーダたちがいるあの部屋だ。
 
 
――やっぱり心配?――
 
 
ああ、そりゃあそうさ!スパーダ君は俺の大切な恋人だぞ?大切じゃない方がおかしい!
 
 
――熱々ね…。いっそのこと北極でも行ってくれればいいのに…――
 
 
妬くなよリリー♪
 
 
――妬いてない。ただ暑苦しいと思っただけ…――
 
 
凄く重いため息を吐いたリリーは無視して、カツカツと靴音を鳴らしながらその部屋へと近づいていく。中から小さな声が聞こえてきた。どうやら何かを話し合っているらしい。まあどうせここから脱出する方法とか考えてるんだろうな。
この場合、紳士的にノックした方がいいのだろうか…?いやしかし、仮にも敵である俺がそんな紳士的な態度を捕虜的位置にいるこいつらにする必要はあるのだろうか…。うん、ノックしないでいいや!
ガチャリと音を立てて入ると、部屋の中に入る人物たちの目が一斉に俺に向けられた。ふむ、全員目が覚めたらしいな。ルークの顔色がよろしくないところを見ると、人を殺すところが相当堪えたらしい。
 
 
「お目覚めのようで?」
 
 
にこりと貼り付けた笑みを浮かべると、死霊使いから鋭い視線を受けた。俺に対してかなり警戒しているようだ。さっき会ったって事もあるだろうし、自分たちの力じゃ俺を倒せないと分かっているからなんだろうな。目を細めて部屋を見回していると、死霊使いの手に何かが握られているのが見えた。おそらくこの状況下での脱出アイテムととってもいいものだろう。まあ、こいつ程の人物だったら音も立てずにここから脱出するのは容易いだろうな。
 
 
「脱出する方法は見出したか?」
 
 
今度はにんまりとした笑みを向けると、死霊使いは自分の手の中にあるの物が俺にばれている事に気づき、すぐに隠して俺に強い警戒を示した。それを真正面から受け取りながら、他の面々も見てみる。ルークや女の子は緊張した様子でこちらを見ているが、スパーダは俺の事を知っているからかそこまで警戒はしていなかった。賢いスパーダ君のことだ。俺がこんな行動に出るには何かわけがあると思ってくれているからなのだろう。
 
 
「脱出なら好きにするといいさ。出来るものならな。……導師イオンならタルタロスの外にいるぞ」
 
 
俺としてはこいつらがいつまでもここにいるのはよろしくない。とっととタルタロスから出て行ってもらいたい。かと言ってこのままだとちゃんと出られるか心配になる。まあぶっちゃけ優しい俺が手伝ってやろうじゃないかというわけだ。
死霊使いから送られる視線を無視して、近くにあった鍵を解除してやった。これで大した労力も苦労も入らずにこの部屋からは脱出できるだろう。
 
 
「何のつもりですか…?」
 
 
あなたは本当に六神将補佐官ですか?そう問いかけてくる深紅の瞳に、笑みを浮かべてやる。俺の笑みに対して訝しい視線を向けてくる死霊使いに向かって俺は言ってやった。
 
 
「ああそうさ!俺は六神将補佐官ラスティ。正真正銘六神将側さ!」
 
 
ちょっとばかし嫌味な笑みを浮かべて、大げさに腕を広げてそう言うと、死霊使いから厳しい視線をもらった。何だかなぁ、俺一人だけノリノリな気がしてきた…。泣いていい?
 
 
――誰もいないところでなら――
 
 
リリー、冷たいぞ…。
 
 
「どうするもお前たちの自由だ」
 
 
鍵は既に解除してあるので、踵を返して部屋を出て行く。鍵を解除したんだ、奴らは必ず部屋から出てイオン様を奪還する。そしてタルタロスから出てこの近隣の町に逃げ込むだろうな。
なんて考え事をしていたら、突然死霊使いの声が聞こえたと思ったらタルタロスの動きが止まった。機械音も全く聞こえなくなっている。
 
 
「エネルギーの全停止ってやつか?」 
 
 
上についていた音素灯も消えている。まさか、「骸狩り」なんて合図で止まるとは…。さすが死霊使いってところか?
 
 
――スパーダたちは左舷ハッチに向かってるみたい――
 
 
今左舷ハッチに行ったってしょうがないだろ。せっかく逃がしたのに意味がなくなっちまう。俺は別の場所から外に出るよ。タルタロスもそんなに高度があるわけじゃないから、簡単に斬れるだろうし。
 
 
――でもいいの?今のうちはあんまり動かないって言ってたのに、スパーダたちを逃がしたりして…――
 
 
さあて?一体何の事かな?俺はスパーダたちに手を貸したんじゃない。必要のない者たちを追い出したに過ぎないんだよ?それに、俺が逃がしたって言う証拠を残すと思うか?俺を誰だと思ってる?お前の生まれ変わりであるラスティ様だぜ?
 
 
――最後の部分が不要ね。訂正を求めるわ――
 
 
んなもん求めるなよ!全く、リリーのツッコミは鋭さに欠けるな!スパーダのように切れのあるツッコミが欲しいよ…。まあいいや。とにかく今はここから外へと出ましょうか!
背負っていたリリーをするりと抜いて、鞘からその刀身を露わにする。
 
 
「第一神、翠神!」
 
 
翠神は全てを切り裂く神。どんな硬度を持つものでも一瞬にして切り裂く事の出来る技。翠神のお陰で切れた壁から外へと出ると、まだ空は穏やかな青を保ったままだった。とりあえずアリエッタたちの様子を見に行こうと足を踏み出した瞬間に、上の方から気配を感じた。上手く気配を消しているけど、まだまだ未熟ってところだ。本来なら排除すべきなんだろうけど…。
 
 
「ま、様子見ってことで」
 
 
息を潜めて気配を絶っている存在に背を向け、俺は甲板の方へと歩き出した。
 
 
 
 
 

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