補佐官の憂鬱


 
 
 
 
 
あのクソヴァンに会ってから約二週間たった。
俺はあの後ヴァンに着いて行ってダアトという街に案内された。そしてそこでこの世界の事についてある程度教えてもらった。この世界には預言というものが存在し、その預言と言うのはこのダアトが司っているもので未来を示すものだという。人々は皆預言に頼り、その通りに生きれば不幸など訪れないと思っているらしい。ヴァンはダアトの街に存在する神託の盾騎士団とやらに所属しているらしい。そしてヴァンはそこで預言を無くすために色々計画しているらしい…。
そこまでは普通に許せたんだよ。なんせ俺はこの世界に直接関係しているわけじゃない。だからこの世界の預言とかそういうのに興味は無い。なら、何が許せないのか…。それはあのクソ髭ヴァンが俺の事をその神託の盾騎士団に無理矢理入団させた事だ!言っとくがな、俺は組織とか軍に入るのは好きじゃない。何でかというと束縛されるのが大嫌いだからだ!しかも上司はあのヴァン!あいつからの命令を聞かなければならないとかありえないだろ!!あの髭毟ったろうか!?
さて、ここに至るまでの経緯はこれでいいだろうか?問題はここからだ。ヴァンの部下である六神将の奴と顔を合わせ、ある程度仲良くはなったと思っている。そんな俺は現在騒がしくなっているローレライ教団の中にいる。
 
 
「シン君、これは一体何の騒ぎ何だい?」
 
 
ざわざわと明らかに尋常じゃないくらい騒がしい教団内に顔をしかめると、隣を歩いていたシンク、通称金ぴか仮面がこちらも不機嫌そうに低い声で返事してくれた。
 
 
「導師がいなくなったんだよ」
 
 
こちらも物凄く機嫌が悪い。なんていうかいつも機嫌が良い方ではないけれど、いつもより機嫌が悪いような気がする。
それで、シンクが言った導師って言うのはこのローレライ教団の中で一番地位のあるお方で、預言を詠む力を持っているそれはそれは偉い方だ。そんな導師様がいなくなったとあればこんなに混乱するのも頷ける。
 
 
「んで?主席総長であるヴァンはどうしたのさ?」
 
 
「バチカルのファブレ公爵家にいるよ。お坊ちゃんの相手だってさ」
 
 
ファブレ…。バチカルにいる公爵でインゴベルト陛下と血縁関係にある家…。そこにはインゴベルト陛下の甥に当たるルーク・フォン・ファブレがいると聞いている。確か昔誘拐に合い、そのときのショックで記憶喪失になっていると言われている…。
 
 
「ああ、そう言えば思い出したぞ」
 
 
今更だが大変な事を思い出したかも知れない。怒られる事を覚悟でシンクに言わなければ…。
 
 
「リグに呼ばれてたんだった」
 
 
「はぁっ!?何で早く言わないのさ!今頃すごい怒ってるよ!」
 
 
こちらをバッと向いたシンクの驚いた声に笑い声を漏らすと、華麗なる右ストレートが飛んできたので、最小限の動きでそれを避けながら会議室へと走り出す。
いやぁ、ここまで来て思い出さないとは俺も歳かも知れないなぁ〜。
 
 
「そんな歳とってないでしょ!」
 
 
一緒に走りながらも先程避けられた事が余程気に食わないのか、足を出して蹴りを当てようとしてくるシンク。しかし俺は同じく走りながらそれを華麗に避ける。つうかシン君、俺の心の声が聞こえたか…。さすがだシン君。お前になら最高のツッコミリストの称号を与える事が出来そうだ!!
 
 
「いらんわぁ!!」
 
 
いやぁ本当にシンクのツッコミには切れが合っていいな!リリーもこんなツッコミをお手ほんとすればいいのに!
なんて下らない事を考えていたら目の前に会議室の扉。もちろん俺がこのままご丁寧にノックして「失礼します」なんて言うわけない。助走よろしく跳び蹴りで扉を蹴破る。
 
 
「金出せやー!!」
 
 
「強盗ですかっ!?」
 
 
会議室に飛び込むようにして入った俺の台詞に、椅子に座っていたディストがわざわざ立ち上がってツッコミを入れてくれた。このツッコミのなかなかのものだ。確実に弄れ役として重宝するだろう。
 
 
「お前たち、遅れた理由を六字以内で答えろ!」
 
 
拳銃片手に凄んでくるのは金髪美人のリグ改めてリグレット。こんなにも美人なのにあのクソ髭ヴァンの右腕らしい。しかもその拳銃はかなりのものでヴァンも信頼を寄せているらしい。
 
 
「こいつのせい」
 
 
「言い忘れてた」
 
 
「ちっ!」
 
 
ちなみにリグレットはどこか天然な節がある。今の流れも普通はおかしいだろ?これがリグレットの天然な所なんだよな!しかもきっちり答えられたら何もしないって言うのも笑える話だ!苛々しながら銃をしまったリグレットを見て、にやにやしながら自分の席へと着席する。
 
 
「ラスティ遅刻…です」
 
 
隣の席にちょこんと座っているのはアリエッタ。ピンクの長い髪に少しばかり可愛くない人形を抱き締めているのが特徴で、口調もどこかたどたどしい。見た目はとても可愛らしい少女ではあるが、その力は六神将に選ばれるだけあって強い。アリエッタは昔魔物に育てられたらしく、その時に魔物と会話する能力を身に着けた。そしてその能力を買われてこのローレライ教団に来たらしい。
 
 
「んで?六神将を呼び出して一体どうした?まあ俺は補佐なんだがな」
 
 
机に肘をついて気だるげにリグレットを見上げると、リグレットは眉を吊り上げて俺の事を睨み付けた。リグレットは昔教官だった時があり、その時かなり厳しい指導をしていたらしい。そのせいかリグレットはだらしない事が嫌いらしい。だがしかし、俺は俺の好きにさせてもらいたい。束縛されるのは好きじゃないんだよ…。
 
 
「ラスティ六神将補佐官!!真面目にしろ!」
 
 
リグレットの額に青筋が浮かんでいるが、それでも俺はやる気が起きない。例え周りが(と言ってもシン君とアッ君は興味なさそうだけど)オロオロしてようとも!俺はそれだけ束縛されるのが嫌いだ。俺のマイスイートハニーなスパーダ君はそんな俺の性格を知っているからかギルドが忙しくてなかなか会えなくても文句を言わないでくれる。本当に良い奴だよ、スパーダ君!
 
 
「前にも話したけどさぁ、俺ってば束縛とか拘束とかされんの嫌いなんだよねぇー…。まあいいや。今回は我慢してやるよ。それで?どうやって導師イオンをマルクトから奪還するのさ?」
 
 
にやりと悪戯が成功したような笑みを浮かべて全員を見渡すと、全員が驚いたように目を見開いて俺の事を凝視していた。まあ、さっきまでこの場にいなかったはずの俺が導師イオンがマルクトに行った事を知っているのはおかしな話だから驚いて当然かも知れないけどな。
 
 
「あなた、盗み聞きでもしたんですか?」
 
 
「失礼な!導師イオンの性格を考えた結果そうなっただけだ。実際今二国間の対立は未だに続いてる。こんな状況をマルクトは良いとは思っていない…。それで導師イオンに和平でも頼んだ。そんな所じゃないか?」
 
 
マルクトの王には会った事ないけど、かなり優秀な人物だとヴァンから教えられた。長年戦争を続けてきた対立国と和平をしようなんて凄い考えだが、争いは何も生まない。俺個人としてはマルクト王は好感の持てる人物だな。
 
 
「……恐ろしいほど鋭い観察眼だな…」
 
 
「ふふん、褒めたってなぁんにも出ないぜ?それで一体どういう作戦なんだ?やってやろうじゃん」
 
 
機嫌が最悪だった俺にとっては良い話だ!この鬱憤を思いっきり晴らさせてもらおうじゃないか!!こんな狭苦しいところに閉じ込められてから二週間…。そろそろ訓練じゃなくて実戦の空気も吸っとかないと鈍っちまう!
 
 
「さぁて、いっちょやりますか!」
 
 
背負っているリリーにそっと触れて感触を確かめる。こいつもそろそろ運動不足で刃が鈍るだろうから、思いっきり使ってやらなきゃな!まあリリーは絶対に曇らない最高の刀なんだけどな。
 
 
――楽しそうね…――
 
 
ああ、そうだな。俺は今機嫌が良い!久しぶりに外に出られるし、戦いも出来る。別に戦闘狂じゃないけど体を動かすのは好きだ。だからあんだけギルドで働いてたのによ…。とにかく、この鬱憤はマルクト兵に晴らさせてもらう!!
 
 
――可哀想に…――
 
 
リリーが俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で喋っているが、とりあえず無視する事にした。リリーのことだからどうせマルクトの兵士を哀れんだろうな。しかし、俺は手加減しないぜ、マルクト兵!!
 
 
「ラスティ…不気味、です…」
 
 
アリエッタはさり気無く俺の事を苛めてきたよ…。不気味じゃないんだ、士気が上がってるって言ってくれないか…。
 
 
 
 
 

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テーマ「人外ファンタジー」
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