人間の本能


 
 
 
 
 
誰だって、自分とは違うものが恐ろしいし、不気味だと思う。見たことのない存在、見たことのない力。この世にはまだまだ証明しきれない奇々怪々な事柄が沢山溢れている。けれど、人はそれらが自分の身近に迫った時、その存在を嫌悪し、拒否するだろう。もしくは、それを利用しようと企んだりするだろう。なんせ見たこともない恐ろしい力だ。利用すれば自分の利益になるかも知れない。
俺の知っている人間は大体、そう言う人間ばかりだった。
だが、俺の周りにいる人間はそういう奴らじゃなくて、人の中に存在する本質を見てくれるような人間たちだった。俺は俺であり、他の人間とは違うという事をちゃんと分かってくれる。しかし、その事が全ての人間に当てはまるとは限らない。何故なら、俺たち人間には、生まれ持った本能というものが存在しているからだ。
 
 
「俺はそう思うんだ」
 
 
ちょっとお洒落なオープンカフェで紅茶を啜りながら、目の前に座っているスパーダにそう語りかける。手に持っている紅茶はそれなりに良い物で、味も最高だ。そんな紅茶を飲みながらチラリとスパーダを見ると、その整った顔は見事に歪められていた。手に持っている紅茶には手をつけていないようだ。俺の話のせいで途中で止めたように思える。
 
 
「お前はいっつもそんな暗いことばっか考えてんのか?」
 
 
飲んでもいないカップをテーブルに置きながら、スパーダは重たい溜息をついてから、呆れたような溜息をついた。俺はそんなスパーダを見ながらも、視線を空へと映した。スパーダの視線は何とも言えないもので、正直目線を逸らしたかったんだよ。この話の内容は、我ながら哲学かなぁ、と思ったんだが、どうやらスパーダにはそれが伝わらなかったようだ。非常に残念である。
 
 
「それは置いといて、いきなりどうしたんだよ?」
 
 
呆れていた視線がいつの間にかなくなっていて、何事かと視線を戻してみると、何とも勘の良い坊ちゃんだ。灰色の目で俺の事をじっと見ていた。本当に、この坊ちゃんは察しが良くて助かる。俺が突然尋ねてきた事に疑問を感じてくれたようだ。
 
 
「実はさ、ここ最近不思議な夢を見るんだわ」
 
 
「ああ?夢?」
 
 
「そう、夢だ」
 
 
手に持っていた紅茶の入ったカップをテーブルの端の方に追いやってから、肘をついてスパーダを見上げるように視線を向ける。スパーダはというと、灰色の目を訝しげに歪め、俺が喋るのを待っている。その目は真剣で、俺の話そうとしている事が単なる夢ではないと感じ取っているらしい。そんなスパーダに対して、俺は少しばかりからかいを含んだ声で語りだした。
 
 
「始まりは五日前だ」
 
 
五日前、俺はいつものようにギルドに来て、依頼をこなしていた。元々根無し草だった俺は、あちこちのギルドを転々としながら、剣を極め、金を稼いでいた。そんな時、偶々学校建設のための資金を集めていたイリアと、これまた偶々暇そうだったエルを連れて、ギルドダンジョンに行く事になった。その依頼自体はとても簡単なもので、長い間旅してきた俺たちにとってはすぐに終わるものだった。
 
 
「そしてその時聞こえたんだよ、誰かの声が」
 
 
良く分からないが、必死に助けを求め、足掻こうともがいているような声。その声は確かに俺に耳に届いた。そしてその声が誰だか判別しようとした時にはもう聞こえなくなっていた。
からかいの声を引っ込めて、真剣な目をスパーダに向けると、スパーダは顔をしかめていた。そんなホラーじゃねぇんだから、と肩を竦めるが、俺としてはチョー真面目。
 
 
「それは置いといて、その声を聞いた日から夢を見るんだよ」
 
 
「ちなみにどんな?」
 
 
「よーわからん。曖昧な夢でな…。どこか知らない場所なんだが、その場所の空の色が紫色をしているんだ。まるで、この世の終わりみたいでさ…」
 
 
天高く聳える塔。その塔の頂上は地上からじゃ見えなくて、雲を突き抜けるように、人を拒むように立っていた。俺は一人でその塔の前に立ち、塔を見上げていた。見上げた先には、気味の悪い紫色の空。淀んでいて、気持ち悪い。
 
 
「…ずっとそれだけなのか?」
 
 
「いんやぁ?他にも見るぜ?どこか知らない町が崩れていく様とか、またまた紫色の海に沈んでいく人々とかな」
 
 
「…………悪夢か?それは…」
 
 
少しばかり顔色の優れないスパーダ。どうやら俺の見た夢の内容を想像したら、気持ち悪くなったみたいだな…。確かに、あの夢は常人が見れば、機が狂うほどの悪夢かも知れない…。だが、何だかんだで様々なものになれた俺は、ある程度の事じゃ具合悪くなったりしない。それに、俺はあれが悪夢とは思えない。どうしても、何か、別の何かがそこにあるんじゃないかと思う。それを知る事が出来れば、あの時聞こえた声が俺に何を求めているのか分かる気がする。
 
 
「でも、何で俺に相談したんだよ?こういうのだったらもっと適任がいるだろうが」
 
 
先程まで察しの良かった坊ちゃんは果たしてどこに消え失せたんだか…。このスパーダ君は鋭いけれど、鈍い。本当に、困ったもんだよ。この俺様のガラスのようなハートを分かってくれないなんてさ。
 
 
キィン。
 
 
頭の中に響き渡った金属音。俺は剣同士を合わせたような、けれどそれとはまた違うような、説明の出来ない複雑な金属音だった。俺はすぐさま椅子から立ち上がり、周りを見回す。外からじゃ、ない…?
 
 
「リリー!!」
 
 
――私ではないわ!分からない…!何なの、この感じ…!――
 
 
スパーダも、頭の中に響く金属音を聞いているのか、立ち上がって俺に視線を向けていた。先程まで緩んでいた顔を引き締めて、腰に下がっている双剣へと手を伸ばしている。スパーダが双剣の柄を掴んだ瞬間、あの金属音が、爆発音のように頭の中に鳴り響き、意識が飛びそうになる。その金属音と共に感じたのは、空間の歪み…。一体、何がどうなっていやがる…!?頭の中に響く金属音と戦いながら、必死に地面に膝をついているスパーダへと手を伸ばした。金属音のせいで意識を失いかけているようだ。
 
 
「スパーダ…!」
 
 
限界地を突破し、意識が沈む前に、俺は確かにスパーダの手を握った。その手は確かに温もりがあった。
 
 
 
 
 

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